ⅡーⅩ
「お兄ちゃん! お兄ちゃんお兄ちゃん!」
学校の勉強と共に、夏海に歌詞の意味を教わったり、歌い方の工夫などを勉強したりした。
そして数日の日が経った。
俺が帰宅すると、夏海がお兄ちゃんと連呼しながら俺に飛び付いてくる。
これくらいだったら夏海の機嫌がいいときにはよくあるから、今更戸惑ったりするほどではない。
ただそれと違っていたのは、夏海の表情である。
目を怪しく輝かせて、口を怪しくニヤリと笑わせて、怪しい笑みを浮かべていることが多い。基本的に上機嫌の夏海はそういうのだ。
それでも今日の夏海は違う。
目を輝かせているのは同じなのだが、怪しい輝きではなく素直に嬉しそうな表情をしている。
そこまで夏海にとって嬉しくて、怪しくないと言うことは俺にも嬉しいことがあったと言うことだよね? なんだろうか。
何があったのか気になったので、とりあえず荷物を置いて椅子に座ると、夏海に問い掛けてみることにする。
「どうしたの? 嬉しそうだね」
俺が問い掛けると、それが多少意外だったらしく驚いたような表情をしてから、ニコッと元気な笑顔を浮かべた。
跳び回っていて話せるような状態じゃないから、落ち着くまで待った方がいいんだろう。
どんなことを言われるのか、その間に俺も心の準備をしておかないといけないよね。
「お兄ちゃん、今日は妙に素直ですね。そんなお兄ちゃんに、素晴らしい報告ですよ」
そう言った夏海は、ニコッと屈託のない綺麗な笑顔を浮かべる。
いつも夏海の笑顔がこんな素直な笑顔だったらいいのに……。少しそう思いながらも、どんな素晴らしい報告なのかと先へ促す。
これだけ嬉しそうなんだから、余程嬉しいことに決まっている。
「曲、完成したんだそうですよ。もう出来ていますから、お兄ちゃんが歌を入れることも出来ます。レコーディングはすぐそこです」
きゃっきゃと嬉しそうにしていて何を言っているのか分からない部分があった。もう少し落ち着くまで待った方が良かっただろうが。
なんとかそれを聞きとると、俺も喜びで跳び上がる。
夏海の歌詞に、どんな曲が付いたんだろうか。
楽しみだ。早く聞きたい。
――でもそこだけじゃなくて、夏海がこれだけ喜んでくれているってことも嬉しいな。
確かに夏海はいつだって、人の幸せを自分のことのように喜んでくれる。それでもここまで跳ね上がり跳び回るほどに喜んでくれるんだから、さすがだよね。
そんな妹は、やっぱり兄として嬉しいんだよ。
兄妹じゃなくたって、そんな子って隣にいて嬉しく思われるに決まっているもん。




