ⅡーⅦ
それでもやっぱり、唯織さんが怖いと俺は思うんだ。怖いものは怖いんだから仕方ないし、全然羨ましくなんかない。
会ったばかりの頃は嬉しかったし、特別感はあった。
唯織さんのことを知らなかったにせよ、大勢のファンを持っている綺麗な女性なんだからさ。
「うぅ。唯織さんって美人なのにね」
家に帰ると、ただいまの前にそう言っていた。
それには驚いたようで、夏海は首を傾げた。しかしその後、怒っているような喜んでいるような、よく分からない複雑な表情を浮かべた。
とても分かり易い夏海だから、こういうことは却って珍しい。
「いおが美人なのは知っていますが、いきなりどうしたのです? まさか、またいおがお兄ちゃんを誘惑したのですか? それは許せませんね」
口ではそう言っているが、夏海の表情はどこか嬉しそうにも見える。
それはきっと、夏海が唯織さんを信頼しているからなのだろう。あまり余計なことを言わない方が良いな、と判断して俺は自室に籠もる。
ただ部屋に鍵が付いていないから、普通に夏海も部屋には言って来ちゃうんだけどね。
果たしてどこまでなら言ってもいいのだろうか。夏海に話したら殺すくらいの感じで唯織さんは言っていたが……。
これは、話を逸らすのが一番と見えたな。
「俺にとっては、夏海が世界一の美人さんだぜ」
普通に話を逸らせば、きっと夏海も不審に思うだろう。
だから俺は、夏海が絶対に喰い付くような話題を提供した。こういうところでは、単純な妹でいてくれて良かったと思う。
もうさっきのことは忘れてしまったように、夏海は嬉しそうにニコニコと笑っていた。
「ありがとうございます! やっとお兄ちゃんも夏海の魅力に気が付いてくれたんですね? でもいきなり、きゃー、恥ずかしいです。どうしましょう、どうしましょう」
いつもわざと棒読みに言うからだろうか。でもいくらちゃんと言ったからって、まさか本気で言っているとは思うまい。
本当に嬉しそうに戸惑っているから、夏海がどう思ったのか分からない。
演技でこれくらい出来そうでもあるが、俺に対して夏海が演技をするとも思えない。
それはつまり、本気で言ったんだと思ってしまったんだろうな。結婚、なんて言う恐怖の言葉も聞こえてきたりする。
最も簡単な話の逸らし方はこれだったんだけど、ここからずらしていくのもそれはそれで面倒だ。
こんな告白のようなことを言ってしまって、これがばれたとしても唯織さんに殺されてしまいそうだし。
序でに、邦朗にも呪われそうだな。あいつも夏海が妹だと知ってるくせに、女の子に言い寄られて憎き冬樹とか言っていたから。




