ⅡーⅥ
「邦朗が可哀想だから、そんなには言わないであげて? ね」
苦笑いながらも、俺はなんとか横島さんを落ち着かせようとする。
しかしこの言葉は逆効果のようだった。何が正解で何が間違いなのかさっぱり分からない。
「冬樹様に名前をお呼び頂くとは、なんと生意気なーっ! 邦朗、殺す、邦朗、殺す、邦朗、殺す」
叫んでいるうちはまだ精気があったから良かった。
その後、物凄い形相で邦朗を睨み付けて、呪っているかのように何度も殺すと言い続けた。素直に、ファンって怖いんだなと思いました。
こうなってくると、俺ももう手に負えない。
出会った頃から横島さんは邦朗に対しての扱いが、俺としても可哀想になるくらい酷かった。
最近は更に悪化しているように思えて仕方がない。
「そろそろ、教室へ行こうか」
何をしても横島さんの怒りは募るばかりだと判断し、俺は教室へと逃げた。邦朗も後ろから着いて来る。
それさえも恨めしそうに見ていた彼女だが、時間を確認すると自分の教室へと走って行った。
「女をここまで怖いって思ったの、初めてかもしんない」
俺の机の上に上半身を預け、邦朗は脱力した様子でそう言った。
あれだけ追い掛け回されておいて、それでも懲りずに世界中の女性は俺のものとストーカーを続けていた邦朗。
そんな変態すらも、横島さんには敵わなかったようだ。
こうなって来ると、誰も横島さんに敵う人はいないんじゃないかと思えたが、俺にはもう一人心当たりがあった。
背筋が凍るどころか地球が氷河期に入ってしまいそうなほどに恐ろしい、一人の女性を。
夏海のことを本当に大好きで、夏海に対しては優しい。夏海を想ってくれているのは分かる、夏海を助けてくれているのは分かる。
夏海に近付く害を、すべて排除することで……。
「唯織さん」
ついその名前を零してしまう。
そして自分で言っておいて、その名前に恐ろしさを感じてしまった。
初めは夏海のことを想ってくれている、優しい先輩だと思っていた。それなのに、家に遊びに来た頃からだろうか。
今や恐怖の対象以外の何者でもない。
口封じをされているから、誰に言うことも出来ないし。邦朗にならいいかもとか思うけど、どこで見張っているか分からない。
考えれば考えるほどに恐ろしかった。
「双葉唯織さんのこと? どうして彼女の名前が今出て来たんだ、羨ましいな」
何が羨ましいものか。邦朗の言葉がに腹が立った。
それでも素直に唯織さんは素晴らしい方だと思うし、大人気であることも知っている。
普通に見たら、そりゃまあ羨ましいんだろうな。俺だって、逆の立場だったら羨ましいと感じていることだろう。
邦朗に腹を立てるのは、少し筋違いかな。




