ⅡーⅤ
「お兄ちゃん♡」
休憩時間、夏海が飛び付いてくる。
「凄かったです、超カッコ良かったですよ! お兄ちゃんも声優の才能あるんじゃないですか?」
カッコ良かったって……そんなに台詞読んでないし。あの程度じゃあ、才能も何もないだろ。
「俺も吃驚したよ。夏海さんの才能も凄いけど、お兄さんも素質あるんじゃない?」
おっさんまで言って来る。吃驚するレベルの、才能を感じれるようなこと言った? まあ褒められて、悪い気はしないけど……。
「うちの事務所に入らない? 本気で売り出してあげるからさ」
どうしてだろう。俺を入れて、どうしようって言うんだ?
「だってだって! お兄ちゃん、お願いしますよ☆」
夏海が俺の周りを、ちょこまか跳び回る。
「不思議そうな顔をしているね、君を入れたい理由を教えてあげようか?」
おっさんは俺の耳元で囁く。それを夏海は、不思議そうに見ていた。が、突然顔をはっとさせた。
「ちょっと、お兄ちゃんは夏海のものです! 誰にも横取りはさせません」
は? どこをどう考えたら、そう言う発想に至るのだろう。不思議だなあ……。
「アリス、夏海さんを頼む」
「了解よ」
おっさんが頼むとアリスちゃんがやって来て、夏海を足止めしてくれた。お菓子で釣れるなんて、夏海も子供だなあ。
ふふっ、そう言うところがあるからほっとけないんだよね。
「それで理由って?」
俺が訊くとおっさんは、少し間を開けたが答えてくれた。
「夏海さんだよ。君の話をさせた後だと、彼女の凄く調子が良くなるんだよ。君がいてあげれば、絶好調で出来るかと思って。今日みたいにね」
返事しかねている俺を見て、おっさんはニヤリと微笑んだ。
「それとも君は別に、何かなりたい職業があるのかい?」
「特にない、ですけど……」
長男として、収入が安定する職業に就きたいと思う。
「ちゃんとやってくれれば、給料はその分払うよ。夏海さんの出演数と変わらないくらい出来るんだよ? お金は心配しない方がいいよ。それに君は高校生だろう、この仕事が無くなったって大丈夫だ」
根拠なく大丈夫とか言われてもな、だって資格とか取ろうと思ってたし。いやそんなの、何歳でだって取れるか。
てかこの話、とても良い話じゃないか。名前も知られていない新人のくせに、夏海と同じくらい(どれくらいか分からないけど、多分いっぱい)出られるんだぞ?
もはやそんなの、妹の七光りじゃないか。
「分かりました、お願いします」
俺のその答えを聞くと、おっさんは満足そうに笑う。普通ならば、親が何とか言うはずだろ? 果たしてこのおっさんは、何を企んでいるのだろうか。




