ⅡーⅡ
「夏海、この詩はどういう意味なんだ?」
イベントから五時間。早速、最初の練習をした。
と言っても、実際に練習として仕事に呼ばれている訳ではない。自室で行う夏海とのトレーニング程度だ。
練習の前にも練習をしておかないと、完璧を目指したいからさ。
その気持ちが分かってくれたようで、夏海もふざけたりしなかった。
以前の彼女ならば、きっとふざけてきただろう。そしてそれが分かっているから、夜に夏海を部屋に招くことなど絶対になかっただろう。
しかし今の夏海は、先輩であり教師であるからさ。
「ご質問、ありがとうございます。歌詞に込めた夏海の想いを、まず説明させて頂きたいと思います」
歌を練習する前に、夏海に問うてみた。
歌詞の意味が分からなければ、感情を込めて歌うことが出来ないと思ったからだ。
正直な話、夏海の作詞ならばもっと明るいと思った。もっとふざけてくれてもいい、そうとすら思える。意外だったんだ。
夏海ファンだって、明るい夏海が好きな筈だ。
仕事のときには真面目だとは言え、これは少し期待していたものとは違うのではないだろうか。
俺としては、明るい曲よりもこちらの方が歌い易そうでいいんだが。
「簡単に説明致します。可愛い可愛い夏海を求める、お兄ちゃんの素直な気持ちを描いた歌です」
真面目な表情をしていたので、真面目に説明してくれると思った。しかし真面目に聞いた俺が間違っていたと気付いたようで、俺はハエ叩きで叩いてしまっていた。
夏海を叩くではなく、自分自身の頭を。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。そこまででした? 夏海へのお仕置きはともかく、お兄ちゃんがお兄ちゃんの美しい頭を叩くほどまでに? 夏海は重い罪を犯してしまったのですね。申し訳ございません」
ペコリペコリと謝るけれど、それはそれで不思議であった。
俺が俺を叩いたら、そこまで不自然なのであろうか。いや、自分の頭をハエ叩きで叩いているんだから不自然だとは思うけどさ。
ただ何度も土下座して、頭を地面に強く押し付ける夏海を見ると、さすがの俺も戸惑ってしまう。
「ちゃんと説明をして貰えないかな。初めての曲な訳だし、本気で頑張りたいんだ」
この曲がどうなるかで、この先は大きく決まると思う。やはり、何にしても最初ってのが大切だ。
歌を歌うのは結構好きだし、普通に自信がある。自分の曲を歌い、ライブなんてのもやりたい。そんな夢も持ったりしている。
夢のまた夢。俺みたいなのがそんなの有り得ないし、遠過ぎる夢だとは思うけどさ。
「そうですよね。お兄ちゃんの本気、茶化すようなことをしてごめんなさい。夏海も勿論本気です」




