Ⅳ
あの電話。本当に、唯織さんに対する恐怖のものが変わった気がするよ。
「悪いよ。だって、唯織さんは忙しいじゃん? 付き合って貰う訳にはいかないな」
さすがに怖いとか嫌だとかは言えないので、なんとかそう言った。それだったらまだ褒めているように聞こえるでしょ。
それに俺がこう言えば、夏海は無理に呼ぼうとはしないだろうし。
「そうですか。それはつまり、いおは呼ばずに二人きりでレッスンをして欲しい。そんな意味と取っていいのですね? 了解です」
意味解釈はちょっと違ったけれど、訂正するのも面倒だったのでいいだろう。
言葉の中にも要所要所ツッコみたいところがあったのだけれど。まあ仕方が無い、仕方が無い。
だって、絶対にもっとめんどくさくなるじゃないか。スルーしておいた方が、夏海は大人しくなってくれるからいいし。
「夏海、本当に頼むぜ? お前も忙しいとは思うけどさ」
微笑み掛けると、夏海は嬉しそうに微笑み返してくれる。
その後、急にピシッと真面目な表情になる。
「お兄ちゃんは練習の練習が必要となります。まずは、喋れるようにならないといけませんから」
厳しい夏海の言葉に、俺はその通りだと思った。
ろくに喋れなければ、イベントも何もないもんな。練習の練習、練習すらできないと言うこと。
それはそうなんだけど、分かっているんだけど。やっぱりこうして言われてしまうと凹んでしまうと言うか、なんというか。
夏海みたいな人に教えて貰えるのは俺くらいなんだ。
折角そんな特典があるんだから、ちゃんとやらないといけないよな。
「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない。大丈夫、人間なんて怖くない。お兄ちゃんお兄ちゃん、園田冬樹は大丈夫」
洗脳するかのような、恐ろしい感じの歌を夏海は歌っていた。
ちょっと待って? ちょっと、ちょっとじゃなく怖いかな。怖くないを連呼されて、そんな夏海が怖いかな。
俺はどうすればいいの? この洗脳、どうすればいいのさ。全然掛からないんだけど。
「やめてやめて。怖いから、もうその歌をやめてくれるかな」
夏海は不思議そうに首を傾げていた。
彼女は本当に、何が可笑しいのか分からないと言うような表情をしている。
嘘だよね? 演技は本業とは言え、彼女は声優の筈なんだよね。ここまで表情を巧みに作れるのならば、女優だって行けるんじゃないかって思うよ。
声での演技はプロだ凄いと思うところもある。
まるでそれは演技じゃないようで、本当に分からないと言うようで。分かるよね? この恐ろしい歌、分かるよね。わざとじゃなかったら多分夏海は危ない人。




