Ⅲ
「おい! やめろって! 馬鹿っ、バカぁっ! こんなところで」
プロでも目指しているのではないだろか。邦朗はそんなしょうもない演技をし出した。
プロをアピールしているのではないだろうか。夏海もそのしょうもない演技に乗る。
結局水族館内では、二人にからかわれ続けてしまった。折角美しいものを見ていたのに、あんまりだとは思わないだろうか。
水族館だぜ? 水族館だぜ? 正直、もっと堪能したかった。それでも、二人との会話が楽しいと感じる俺がいて。それは本当に、俺の殆んどを占めていて。
「明日からは仕事が始まります。お兄ちゃん、大丈夫ですか? 夏海は完璧でないと気に入らないので、お兄ちゃんを殺す気で行かせて頂きます」
家に帰ると、ピシッとした表情で夏海は言う。
大丈夫と問うなんて、それは少し馬鹿にしている。俺だって、俺だってちゃんと出来る。それに、ろくな練習もせずに人前になんて出られないしさ。
「死んでもやってやる。夏海先輩、宜しくお願いします」
声優として考えれば、夏海の方が先輩なのである。だから後輩として、しっかり学ばせて貰わないといけない。
俺の為と言う設定で来てくれるのだ。だから俺が最高のパフォーマンスを見せないといけないんだ。評判も大事だし、練習がないと不安だし。だから、さ。
確かに夏海を期待してかもしれない。それだとしても、俺はちゃんとやらないといけないだろう。いつか、自立も出来るように。そして夏海の邪魔をしてしまわないように。だから、さ。
「全て覚えていくのが当然です。夏海は無理かもですが、優秀なお兄ちゃんならいけるでしょう」
それはないと思う。
少なくとも、それはないと思う。俺が夏海より優秀と言うことはありえない。夏海が無理なのならば、俺は出来る筈がない。
しかしこの点で行けば、素直に唯織さんが凄いと思う。
以前、ショコラティエの二人のライブ練習を見学しに行ったことがある。そのとき、夏海も凄いとは思ったけれど唯織さんはレベルが違った。
あれが天才と言われる所以。納得してしまったからな。
「いおに教わってみます? お忙しい方なので、時間を作って下さるかは分かりませんが」
唯織さんの凄さは、俺だけでなくやはり夏海も思ったらしい。
死ぬ気で頑張りたいとは思う。しかし、唯織さんに教わると言うのはやはり恐怖を感じる。怖いと言うか、恐ろしいと言うか。なんにしても、恐怖を感じてしまうんだ。
それまでもなんか怖いような感じはした。ビシビシ、過ぎるのかな? でも電話が掛かって来てからは、本当に恐怖で堪らなくて。




