ⅤーⅧ
「これだけじゃないぞ? 今日は普通に父親として、連れて行きたい場所がある」
父さんのその言葉が、俺には遠く感じた。というより、もっと気になるものがあって耳に入って来なかった。
アニメイトから出てくる、見覚えのある影。
「邦朗? だよな」
俺の悪友にて、リア充を目指し日々悪戦苦闘する金持ちの少年。
なぜそいつが、こんなところにいるのであろうか。夏休みは長いのだし、偶々ということはあるまい。
「そこにいるのは、冬樹ではないか。どうしてお前がここに」
あちらも俺に気付いたようで、不思議そうに歩み寄って来る。そして話し掛けたことにより、やっと父さんと夏海も気付いたらしい。
しかし二人とも、かなりの警戒心。なぜだか邦朗を敵視している様子。
「何者ですか? お兄ちゃんは夏海のものですから、狙っていても無駄ですけど」
俺と邦夫の間にわざわざ入り込み、鋭い目つきで夏海はそう言う。
声も冷静で鋭くて冷たくて、夏海は声のプロであることを実感。そんな感じのカッコいいものであった。
「そ、園田夏海しゃん。え、夏海ちゃんですよね」
長年共にいた邦朗だけれど、ここまで戸惑う姿は中々見ない。
「冬樹、本当であったのか。お前が本当に、あのイケボ声優の園田冬樹だったのか」
信じていなかったのかよ。でもまあ、当然だよな。
そこまで珍しい名前じゃないし、偶然だとでも思ったかな。それも仕方ない。
だって夏海程の奴が友達の妹とか、信じられるか? それに、妹の存在すら俺は教えていなかった気がするし。
声優であることを知るまで、本当に俺は夏海を避けていた。
ただの痛いブラコンだと思って、近付かないようにしていた。恥を掻かせる嫌な妹、そう思っていたから。
「はい! お兄ちゃんはイケボですけど何か? てか、いきなり声を掛けて来て誰ですか。スカウトならお断りします」
夏海は邦朗の存在を認識していなかったらしい。一緒に映る写真とかあった筈だけどな。それに、夏海は俺の写真全て確認している筈だし。
それだったら、邦朗のことを知ってはいる筈だとは思うんだけど。
「俺の友達だよ。でもどうしてここに? 何も買っていない様子だけど」
それとも小さなものを買ったのだろうか。
しかし何も買っていないということで正しいんだと思う。項垂れているから、買えなかったということかな。
「妖精の森へのパスポートを買いたかった。お前と同姓同名なのが不満だったが、園田冬樹は聞けば聞くほどに虜にしていく不思議な魅力の持ち主で」




