ⅤーⅡ
父さんは笑顔が素敵な人だ。だから夏海も自然と笑顔になったんだろう。
それでも俺は笑顔を授からなかった。代わりに、作り笑顔を授かった。
外では適当に作り笑顔を浮かべて、それに疲れて。だから家では笑わなくて、そんな俺にも二人は温かく接してくれて。
もしかしたら、二人だって作り笑顔なのかもしれない。
ただ俺とは違って、家でも気を抜かないと言うだけ。一人のときに気を休めて、他はずっと気を遣っているのかもしれない。
外では勿論。家の中でも、俺が暗い顔をするから俺に気を遣っているのかもしれない。
「お兄ちゃん、頑張りましょうね」
そんなことを考えていたせいか、俺は笑顔が消えて行っていたらしい。
それを指摘するように、夏海はそう言って笑ってくれる。
本当にいい子だよな。羨ましくなるほどに、夏海は優秀でいい子で。
努力で手にした妹の信頼や力を羨んで、それでも自分は頑張らなくて。ただ、妹に上まで連れて来て貰うだけ。そんな兄、ありえないよな……。
「そうだな。夏海、しっかりやるんだぞ」
いくら大人ぶったって、本当は夏海の方が大人と言えるだろう。
だから俺はそれを認めたくないと、いつまでも兄ぶっているのだろう。夏海の優しさに甘え続けているのだろう。
「冬樹さんじゃないですか! お久しぶりです」
挨拶して回っていると、いきなりそう声を掛けられた。
聞き覚えのある爽やかボイス。振り向くとそこに立っていたのは、やはり千博さんであった。
今回の共演者だ。俺の初現場で会って以来、久しぶりと言えば久しぶりだろう。
「お久しぶりです。宜しくお願い致します」
どうしていいか分からず、俺はとりあえず他の人と同様挨拶をした。
しかしどうして俺の名前を? その理由が分からなかった。
夏海さんじゃないですか! それなら分かるが、彼は冬樹さんと言った。
複数人でいる場合、一人だけの名前を出したりしないのが普通。そしてこのメンバーだったら、出すとしても夏海だろう。
それなのにどうして俺を。
「初めて会ったあの日から、貴方のことが頭から離れないのです。気が付くといつも、貴方のことばかり考えてしまっていました」
何を仰っておられるのだろうか。
これはもしかして、夏海に告白をしているのだろうか。それなら、夏海も兄離れが出来るな。俺も妹離れが出来るし。
そう思ったが、千博さんから地獄の言葉が聞こえて来た。
「結婚して下さい、冬樹さん」
冗談だろう。面白い人、夏海だってそう紹介していたし。




