ⅣーⅨ
「お兄ちゃん、何を作ってくれるのですか? ねえねえ、お兄ちゃん」
台所に行くまで一言も話さなかった。しかし料理を始めると、夏海は異常に話し掛けてきた。
「大人しくしていなさい。大したものは作れないよ」
期待されても困る。今日の夕飯を豪華にする意味などない訳だし。適当なものを適当に作ろう、そんな感じだ。
「分かっていません。お兄ちゃん! お兄ちゃんは園田冬樹の素晴らしさを理解し切っていないようです。よろしければ、夏海がお教えしますけど」
まだ言っていたの? 園田冬樹の素晴らしさ、意味が分からない。
理解してはいないだろう。しかし、別に理解したいとも思わない。だから、教えて貰いたいとも思わない。
「結構です。遠慮しておきます」
むしろやめて戴きたい。
勘弁して下さい。また語られるのはキツイ。
「夏海がお教えします、どうですか? いえ、聞いて下さい。この国の民ならば、皆が知らなければいけないことです。お兄ちゃんも、ちゃんと理解して下さい」
知らなければいけないことって、この国でそんなの言っているのは夏海だけだろ。
そうだな。夏海の中の国では知らなければいけないのだろう。
「必要最低限には理解していると思うよ。心配しないで、大丈夫だから」
俺がそう言っているのに、夏海は大きく首を横に振った。
「夏海? 自分の常識を他の人に押し付けたりしたらダメでしょ。それに、だったら夏海は理解しているの? 園田夏海の素晴らしさを」
言われっぱなしと言う訳にはいかない。俺は兄なのだから。
一生懸命諭すように、優しく優しく夏海に言う。それでも夏海は首を横に振っていた。
「夏海だけの常識ではありません。学校でも習うことです、日本人に何よりも必要なものです。それがお兄ちゃんにはありません」
どうゆうことなのだろう。
確かに夏海が熱弁することはよくある。しかし、ここまで言うことは珍しいかも。だったら、聞く価値のあるものなのかも。
「安心して下さい、夏海は持っていますから。何の話だか分かりますか? 分からないのなら、夏海による講習が必要です」
分からない。考えろ、しっかり考えるんだ。
日本人に何より大切な、学校で習うような常識。夏海にあって、俺にない常識。分からない。やっぱり分からない。
「お兄ちゃん、分かりましたか? 分かりませんでしたよね? つまり、お兄ちゃんはないということです」
ここまではっきりと夏海に否定的な言葉を言われることは中々ない。
だとすれば、本当に講習が必要なのかもしれない。いやまあ、内容にもよるんだけどさ。




