ⅣーⅣ
『なーちゃんには何も言わないで下さいね? 何も言わずに、冬樹さんはなーちゃんを安心させてあげればいいのです。だから、余計なシスコンはやめて下さい』
唯織さんが言っている意味が分からなかった。
分からなかったが、本能的に逆らってはいけないと思った。分からなかったから、従うべきだと考えた。
『普通の方だと信じていましたのに。いくらシスコンとはいえ、……っ』
しかし、本当に従ってるだけでいいのだろうか。
俺はただ従っているだけじゃダメなんじゃないか? そんなんだから、俺はダメなんじゃないか?
でも口は動かない。頭も働かない。
唯織さんの恐怖で、全ていっぱいいっぱいだった。
『常識くらいは心得ていると思いました』
言われっぱなしじゃダメだ。
そんなんだから、俺はダメなんだ。恐怖に負けず言い返すんだ、頑張れ俺。
『なーちゃんはなぜあそこまでのブラコンでも許されるか分かりますか? 可愛いからですよ。つまりなーちゃん以外では許されないことなのです』
こんな言葉に、男が怖がっていてどうするんだ。
しかしどうしてだろう。どうしてなんだろう。
なんだか背筋がゾッとする。唯織さんの声に、一々体が反応してしまう。恐怖で無意識に怯えてしまう。
理由なんて分からない。
唯織さんの低い声くらい、普段も聞く機会はある筈だ。
だから、こんなに恐れる必要なんてないのだろう。
それに声が聞こえるのは電話越し。この場に唯織さん本人がいる訳でもない。
ならどうして。それならどうして、俺はこんなに怯えているのだろう。そもそも、俺は何に怯えているのだろう。
『喋らないで下さい』
勇気を出して俺が口を開くと、そのタイミングで唯織さんのその声が。
どうして分かるのだろうか。
喋ろうとした、それだけで喋った訳ではない。ならどうして、どうやって唯織さんは分かっているのだろうか。
まさか、俺が口を開いた。それが見えている訳でもあるまい?
『余計なことを考える必要はありません。なーちゃんはワタシのものであるという事実を、改めて確認してくれればいいのです。それでは』
冷たくそう言われると、電話はプツンと切れてしまった。
「お兄ちゃん、どうしたんですか? 怖い顔していましたけど」
心から心配そうな表情で、夏海は俺のことを見てくれる。
唯織さんの声が冷たかっただけに、その声は更に温かく感じた。
温かさが嬉しくて、その温かさに触れたくて。俺は夏海の右手を両手で握り締めていた。
携帯を床に落とし、夏海の手を必死に握る。
その温かい体温を感じる。




