ⅡーⅦ
初めて聞いた。夏海の口から、こんなにはっきりと”嫌い”だなんてさ。
いつも笑ってて、皆大好きの夏海だから。だから、そう言う言葉を口にすることはなかった。
「なーちゃん……」
仕事場でも夏海は変わらないので、唯織さんも夏海のそんな言葉を聞いたことはないのだろう。
表情に出すほど唯織さんが驚くなんて、それこそ驚くことだよね。
でもまあ、夏海を知っている人なら驚いて当然だと思う。だって夏海は、本当にいい子だから。
「命は大切にして下さいよ? まだ死んだりしちゃいけませんから」
横島さんだって、本気で死ぬつもりはないだろう。
しかし、夏海は素直だった。泣きそうになりながら、横島さんを説得しようと必死だった。
本当に中学校で大丈夫なのか? そう疑うほどに、夏海は素直なのだった。
「申し訳ございません。唯織さんを困らせるだけでなく、夏海様を怒らせてしまうなんて……。そうですよね、嫌われて当然ですよね」
ただ思った以上に、横島さんのダメージも大きいようだった。
まあ多分、俺も夏海に嫌いって言われたら結構凹むな。いつも好きだって言われてる分だけ、夏海の嫌いはきついよ。
「もっとポジティブに行きましょう。そうすればきっと、なーちゃんだって好きだって言ってくれますよ。だって、なーちゃんを信じる夏海教の信者なのでしょう。だったら、なーちゃんを手本として見てはどうなんですか」
凹んでいる横島さんに、唯織さんはそう優しく声を掛けてあげていた。
その姿は本当に素敵で、優しさを感じた。多分俺が唯織さんにああされたら、一瞬で惚れちゃうような気がする。
でもなんかそれって、夏海が可哀想な気がする。唯織さん、いいとこだけ持ってった感あるよね。
「なーちゃん、夏海教の教えを改めて説いてあげて下さい」
横島さんの背中を叩き微笑むと、唯織さんは夏海にそんなお願いをした。
「はい、分かりました。では夏海教信者として、この教えを守っているか考えながら聞いて下さいね」
温かく冷たい声で、夏海はそう言うのだった。
「一つ、人には優しくしないといけません」
夏海教の聖書と言っていた本を手に取り、夏海は淡々と読み始めた。
それはとても夏海らしく、優しいものだった。易しいものだったが、難しいものだった。
夏海は気にせず行っているが、普通の人間には難しいものばかりだった。
なんだかこれを聞いていると、自分が悪い奴な気がしてくる。だって夏海が、あまりにもいい子だったから……。
全部で九つ、夏海らしい優しさを読み上げてくれた。




