ⅡーⅣ
「はい、行きましたよ。覚えていらっしゃるんですか? 団長」
唯織さん、そんなのも覚えてるってか。
「あの時は握手会当たって、滅茶苦茶滅茶苦茶嬉しかったんです。もう幸せ過ぎて死ぬかと思ったくらいです。人生に一度きりの貴重な経験だと思いました」
ってことは、本当にそれでしか参加していないということ。
だったら唯織さんは、やっぱり握手会に来てた人を皆覚えているってことなのだろうか。それとも、横島さんがあまりにも目立ち過ぎたとかなのかな。
「覚えているに決まってるじゃありませんか。握手会に来て下さったファンの方ですよ? 忘れるだなんて最低だと思いますね」
いやいや、並の人間じゃ覚えられないから。
どうせ何万人とか何千人とかなんだろ? そんなの全て覚えてるんだったら、もうそれは人間の記憶力じゃないね。
だっていつとか、そんなことまで覚えているんだからさ。
「夏海、覚えている自信無いんですけど……。最低ですか? ごめんなさい」
残念そうに瞳を潤ませる夏海。でも別に、そこまでの最低じゃないと思うよ。
「いいえ、なーちゃんはそんなことありません。だってなーちゃんは、ファンサービスが素晴らしいんですから。それに、可愛いんだから何でも許されるんです」
可愛いから何でも許されるって、その理論はないんじゃないかな。
でも知らないけど、確かに夏海はファンサービスとか良さそうだね。喜んで一生懸命頑張っちゃいそう。
「そうですよ! 夏海様はあたしたち信者に優しいので、最低なんかじゃありません。団長が覚えていたのは、きっと団としてだと思うんです。団員を覚えるとしても、宗教の信者を覚えている人などいません。そうでしょう?」
二人で夏海を励ました。でも夏海ったら、それくらいで泣き目になるんだから困ったものよね。
素直で、子供っぽくて素敵な子。兄として、とっても誇らしいね。
「ほんとですか? じゃあ、夏海は最低じゃないんですね」
その問い掛けには、俺を含む三人が肯定の意を込めて頷いた。
すると夏海の表情はみるみる笑顔に変わっていった。そして手招きしながら二階へと駆け上がって行った。
夏海が走って行ってしまうので、俺達もそれに続いて階段を駆け上がった。
「夏海様だけじゃなく、唯織団長にまで会えるなんて。本当にあたしは運がいいですね」
舞い上がり踊り続ける横島さん。
でもまあ、その気持ちも分からなくもないよね。だってショコラティエファンとしては、二人が揃うだなんてレアなパターンなんだから。その場面に自分もいられるだなんて、夢のようなシチュエーションなんだろうね。




