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大遅刻

「あ~、店長、怒ってるだろうな~」


牧場の出口から通りへ出たラネリーが呟いた。


今日は、速い時間に店へ来るように言われている。色々な偶然が重なり、仕入れた商品がまとめて送られてくるからだ。ゆうに普段の三倍はある。開店前に、それらをとりあえず倉庫に運び込まねばならない。それゆえラネリーは早めの出勤を命じられていたのである。


通常なら歩いて20分くらいで到着するのだが、今はノンビリしている余裕はない。ラネリーは覚悟を決め、遙か彼方にある店舗を目指し駆けだした。


今頃、店長、一人で荷下ろしをやっているだろうなぁ。おまけに店の方で在庫が乏しくなっている商品は、その場で選り分けておかなきゃいけないから、尚更手間がかかっちゃう。こりゃ、大目玉まちがいなしだよ、トホホ……。何でこう色々と重なっちゃうんだろう。遅くまでの物語執筆に、ザウリーのお産。運命の神は私に恨みでもあるのかな。ラネリーは神様に八つ当たりした。


「はぁ、はぁ……。もう限界、ちょっと休もう」


牧場の前の道を突き当たった所で、早くもラネリーのスーパーダッシュ計画は頓挫した。目の前には広大な農場が開けており、いつもならその雄大さにしばし見とれるラネリーであったが、今日はそんな余裕は微塵も存在しない。両膝に手の平を乗せて激しく呼吸していたラネリーは、気を取り直し、再び走り始める。ただし、かなりのスローペースで……。


やっとこさ神社の前を通り過ぎると、ちょうど石段から降りてきた神主が声をかけてきた。


「やぁ、おはようラネリー。マラソンの練習かい?」


去年、結婚したばかりの若い神主だ。神社は子供の時からラネリーの最も身近なテリトリーである。彼がまだ神主見習いの頃からの付き合いであるし、ドンゴルに叱られた時の避難場所としても馴染みの場所であった。


「あ、ノリオンさん、じゃなかった神主さん。今ちょっと急いでるの。大遅刻スンゼンなのよ~」


その場で足踏みをしながら、ラネリーが言った。


「ノリでいいよ。ラネリーに神主さんなんて言われると背中がムズムズしちまう」


「じゃ、ノリさん。私の代わりに柏手うっといて。店長に怒られませんようにって」


おいおい、柏手の代理かよ。ノリオンはそう思いながら、T字路の左に消えていく童魔士を見送った。


ラネリーが住むゾンテリオ聖国。一応、国教はあるのだが、それを国民に押しつけるような事はしていない。そもそも人間の他にもエルフ、ドワーフ、ノームなど、様々な種族が混在している中、単一宗教での統治はまず不可能だ。


一部の国ではそうしている所もあるにはあるが、それ故の反発も多く、安定した国づくりが成されていない。ゾンテリオ聖国の始祖もその辺は良く心得ていたようで、かなり自由な宗教政策が現在まで続いている。


「さてと……」


勤め先の魔道具ショップへと急ぐラネリーに、最大の試練が立ちはだかった。彼女は今、100メートルは続くであろう坂道の麓にいる。ここを越えなければ店に至る事は不可能であり、ラネリーにとって地獄の難関であった。ラネリーは坂道を睨みつけた。そうでもしないと、この試練に打ち勝つのは事は出来ないと考えたのであろう。意を決した童魔士が地面を蹴る。


「うぉーーーーー!」


勇ましい掛け声と共に走り始めるラネリー。しかしその雄志は十数メートル先で挫折した。


「だ、だめだ……。ちかれた」


坂道の両側に設置された柵に寄りかかり、ラネリーは敗者の屈辱を味わった。


ものは考えようよ。仮にこのまま店まで全力で走ったら、とてもじゃないけど体力が持たないわ。そしたら結局、荷下ろしの手伝いが出来ないじゃない。つまり元も子もなくっちゃうのよね。だったら、無理せず早歩き程度で行くのが正解よ。その方が、結局、店長の為にもなるし、私も楽だし……。


「よし、決定ーっ」


何とも都合の良い理屈を考え出し、ラネリーは悠々と歩き出す。早歩きとは言えない、とてもゆっくりとしたペースで。


ラネリーが坂道を登り切りひと息つくと、そこには壮大とはいかないまでも、かなり気持ちの良い風景が広がっていた。東の方には彼女が一年前まで通っていた学舎が見える。


同期の卒業生の中で、彼女はたった一人の童魔士であった。いや、同期どころの騒ぎではない。そもそも「女」が魔法を使う職業に就く事は相当な変事である。別に法的な制限があるわけではないのだが「社会の常識」として、魔法は男のモノという概念が悠久の歴史と共に育まれてきたのである。


それゆえラネリーが童魔士を目指す事になった時、学校は勿論、家族の間でもひと悶着あった。そればかりか自治会長までもが牧場へ乗り込んできて、女が童魔士を目指すという「非常識」な行為をやめさせようとする騒ぎまであったのである。


「卒業してから、もう一年が経つんだなぁ……」


坂の頂上から感慨深げに母校を臨むラネリー。なんだかんだで疲れを癒したがる童魔士であった。


さて、ここからは下り。下りの方が辛いというのは年寄りの言い分だ、とばかりに意気揚々と歩いて下るラネリー。下りだからこそ、少しでも走ろうという気持ちはサラサラない。


坂道を下り終え暫らく行くと、そこには送水所があった。ラネリーは苦々しくその施設を見る。五ヶ月前の事、地域に水を供給するこの施設でちょっとした事件があった。断水である。原因は、水道管を介し、各戸に水を送り出す仕事をする童魔士たちが、大量に欠勤するというものだった。


中央の水道局から送り出されてきた水をそれぞれの家に流すには、童魔士たちが「水を流す魔法」を追加でかけなければならない。しかしそれが滞ってしまったのだ。


表向きには、童魔士たちが流行り風邪にやられてしまったのが原因とされていたが、実際は労働条件に不満を持った彼らがストライキを敢行したという噂もある。


急場しのぎとして、彼らの代わりとなる童魔士が中央から派遣されてきたものの、何しろ突然の出来事だったので十分な人数がそろわない事態に陥ってしまった。そこで急遽、地元の童魔士たちが集められ、どうやら事なきを得たのであった。


その中にはラネリーや、彼女の勤め先のオーナー店長も含まれていた。しかし送水所に勤める役人の横柄さには目を覆うものがあった。好意で駆けつけた童魔士たちを、まるで元からの部下のような態度でこき使ったのである。店長が止めなければ、ラネリーは確実に役人たちを二、三人ブン殴っていただろう。


彼女は嫌な気分を振りはらうように再び走り出す。


「少しは走って汗をかいとかなきゃね。いかにも”急いで来ましたーっ”っていう臨場感を出さないと」


ラネリーが本当にそう思っていたのかはわからない。たぶん、彼女自身にもわからなかっただろう。ラネリーのダッシュはことのほか速く、忌まわしい施設はすぐに彼女の視界から消えた。


送水所を過ぎて四つ角を曲がると、そこには彼女が努める魔道具屋が見えてくる。


「あっちゃー、やっぱり来てるよ。ファザーさんの荷馬車」


店のすぐ脇にある空き巣ペースには、いつも商品やそれに関わる備品を運んでくれる運送屋の荷馬車が見えた。


よし、汗オッケー。笑顔オッケー。言い訳オッケー。ラネリーは万全の準備をして店に近づいた。そこには案の定、魔道具ショップ「マゴリトン」の店長、マゴリト・マドワスの姿があった。


「ハーイ、店長。おはようございまーっす。いやー、今日は荷物、多いですねー。お疲れサマっす!」


つとめて明るい声で、しかし可能な限り急いで来たという汗をフキフキのアピールも忘れない。


「あぁ、やっと来た。今日は早く来るように言ってましたよね。いま何時だと思ってるんですか? ファザーさんが手伝ってくれたから良いようなものの、僕一人だったら、どうにもならないところでしたよ!」


オーナー店長のマゴリトが小言をいう。


マゴリト・マドワス、27歳。「魔法使用許可者・一種」の資格を持つ、いわゆる「魔法使い」だ。痩身で細面の美形。ラネリーに言わせると、正に「色男、金と力は無かりけり」にピッタリの、どちらかというと「やさおとこ」と評した方が良い青年だ。腰まで伸びた銀髪が非常に印象的である。


「い、いや、それが店長。実は今朝、擬竜が出産しまして、それで色々ありまして……」


用意した言い訳を計画通りに話し始めるラネリー。しかしそれを制するように美形店長が叫ぶ。


「擬竜の出産?あなた擬竜士じゃないでしょう。何で出産が関係あるんです。言い訳はダメですよ」


「ウソじゃないですよー。話せばちょっと長くなるんですけど」


ラネリーが必死に食い下がる。


「だったら、今は口より手!早く手伝ってください。開店に間に合いませんよ。さっさとやらないと、給料カットしますからね」


「えーっ!それは困りますー!勘弁してくださいー!」


完璧な言い訳計画を、いとも簡単に放棄したラネリーは、急いで荷馬車の物品を運び始めたのであった。


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