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いざ出勤

リングに束ねられた髪の毛は、一斉に硬直しピンと斜め上に立った。そして青白い光に包まれしばらくすると、髪の毛があった部分には、細長い円錐型をした滑らかで硬質な物体が現れた。


厳密に言うならば、束ねた髪の付け根にあるリングからは、円錐を根本近くで切断した形の物体が逆さまに延びており、その上底面、すなわち広がった円状の平面に、先程述べた細長い円錐状の物体が乗っかっている様な面もちである。


パッと目には、右の頭頂部から斜め上に角が生えた様に見える。


その滑らかな表面の一部には魔法の文字が刻まれており、彼女が魔力を使う時には重要な役割りを果たす事を伺わせていた。


ラネリーは左側の髪にも同様の処置をほどこした。知らない人が遠くから見ると、まるでかわいい白鬼のように感じるだろう。


「よし、準備OK!いざ出陣!」


勇ましくドアを開け放ったラネリーが、慌てて部屋へと舞い戻る。


「杖、杖っと……」


ラネリーはチェストの上に置いてあった杖に手を伸ばした。さっきは杖がなかったせいであれほど苦労したのにこの体たらくである。プロの自覚が芽生えてきているとはいえ、まだまだ前途多難な少女童魔士であった。


彼女は杖を腰のベルトにある器具に装着し、階段をかけ降りる。杖というと非常に長いものを想像するかも知れないが、ラネリーの持っている杖は伸縮機能があり、縮めると40センチメートルくらいになった。持ち運びが非常に楽な代物である。その分、強度に問題が生じるのだが、ラネリーが現在使える魔法程度では支障が出る事はない。


この商品、実は結構値の張る品なのだ。しかし、彼女が勤めている魔道具ショップのオーナー店長の計らいで、少し傷の付いたワケあり品を半額で分けてもらっていた。とはいってもやはり新米童魔士にはいささか高額であり「20回の均等払い」支払い中なのではあるが……。


準備万端整ったラネリーは二階へ立ち寄り、母親へ挨拶をする。


「じゃ、母さん、行ってきます」


先ほど残したオレンジをつまみ、また、ハシタナイとミリューに小言を言われるラネリー。ふと父親の空いた食卓を見て、おもむろに台所のワゴンにあったメモ帳を手に取った。ラネリーはそれに何やら書き込んで、父親の卓上にさりげなく置いておく。


急いで一階へ降りるラネリーに、二階の出口からミリューが声をかける。


「ラネリー、忘れ物はない?ハンカチ持った?ティッシュは大丈夫?」


あぁー、もう。急いでいるのに!それに私、子供じゃないよ。本当にいつまでも……。そう思いながら、振り返り答えるラネリー。


「大丈夫、大丈夫。抜かりはありません、母上殿」


「そ、じゃあ、行ってらっしゃい。それから今度”暴力ママ”なんて言ったら食事抜きですからね」


相変わらずニコニコして娘を送り出すミリュー。


ヤバッ、聞こえてたんだ。あやうく階段を踏み外しそうになるラネリーだったが、持ち前の機敏さでどうにかそれを回避して、一目散に玄関ドアへ向かうのであった。


表へ出たラネリーは、竜舎の方をチラッと見てから放牧場と共通の門へとひた走る。もう完全に遅刻間違いなしだ。ラネリーはどうやって言い訳をするかを考えながら、勤務先の魔道具ショップへの道を急ぐ。




「ふっー、つかれた。朝からとんだ一仕事だよ」


竜舎での仕事を終え、ドンゴルが戻ってきた。彼は自分の食卓に置かれた麦茶を一気に飲むとドッカと席へ座る。


「ラネリーに聞きましたよ。大変だったらしいわね。一段落着いたんでしょ?じゃぁ、みんなにサンドイッチでも持って行こうかしら……」


ミリューが朝から忙しそうにしていたのはこのためだ。難産になりそうな擬竜につきっきりのスタッフたちは、食事もままならないだろう。そんな彼らのために、ミリューは早くからいそいそと準備をしていたのだった。


「あぁ、たのむよ。多分みんな腹ペコだ。それからギフレンには子供が喜びそうな甘いサンドイッチを頼む。ここへ来てまだ二週間だってのに、いきなり難産に当ってしまったからなぁ。まぁ、それにしては良くやったよ」


最初はオロオロしてたものの、その後の腰の据わった仕事ぶりに、ドンゴルはかなり満足していた。あれならペリザーのシゴキにも何とか耐えられるのではないか。ドンゴルはある種の確信を得たのであった。


ギフレンの入る少し前には、一年間つとめた擬竜士見習いが辞めてしまっている。当然、ヘリザーの厳しい指導が原因だった。ドンゴルとしてはヘリザーの育成方針に異を唱えるつもりはない。彼のそういう部分を承知の上で、共同経営者として今ままで共に歩んできたのである。


しかし擬竜士が次から次へと辞めてしまう事態も、経営者としては頭の痛いところだった。そんな時、面接にやって来たギフレン。一見、弱々しく見えたものの、その瞳には強い眼光が宿っていた。ヘリザーもそれを感じたらしく、両経営者とも異論なしの採用となったのである。


「そう、ギフレン君、がんばったのね。良かった。また辞めちゃうんじゃないかと心配してたのよ」


若い擬竜士たちには母親代わりのミリューである。先だって辞めていった擬竜士も、苦しい判断の末に牧場を去っていった事を彼女はよく知っていた。


「擬竜士と坊主に食いっぱぐれはない」と世間ではよく言われる。それゆえ人気の高い職業ではあるが、一人前になるのは並大抵のことではない。夢半ばで挫折する若者も多い。ドンゴル、ペリザーと共に牧場を運営して20年。ミリューは、そういう若人たちを数知れず見てきたのである。


「さてと、俺も腹ごしらえするか……」


ドンゴルが冷めてしまったトーストに手を伸ばそうとした瞬間……。


「あなたっ。ちゃんと手を洗って下さい。経営者がお腹を壊したなんていったら、牧場仲間の物笑いの種ですよ」


さすがに夫の手をはたかないまでも、ミリューの厳しい指摘が飛ぶ。


「そう堅いこと言わないでも……。な、少しくらい……」


横目で妻を見ながら懇願するドンゴル。


「だめです。きっちり洗って来て下さい」


ミリューはニコニコしながら洗面所の方向へ手をのばした。


仕方なく重い腰を上げ、洗面所へと向かう四十路の擬竜士。


「まったく、親子そろって困っちゃうわ」


ミリューがため息をつきながら苦笑した。


手を洗い終えたドンゴルは、ようやく食事にあり着いた。腹を空かした擬竜士達のために、一生懸命サンドイッチを作るミリューが話しかける。


「そういえばラネリーも結構役に立ったそうですね。もっともあの子の言うことは、話半分で聞かなければなりませんけど」


「まぁな。でもみんなにも言ったんだが、ラネリーをアンマリおだてるなよ。すぐ調子にのるからな、アイツは」


ミリューも調子に乗りやすい方であり、この話題でラネリーと母親が盛り上がったら、間違いなく娘は増長するだろう。魔法で身を立てる事を全面的に認めたわけではないが、その世界へ身を投じたからには、魔法の世界でしっかり成功してほしい。それには思い上がる事なく研鑽を積む事が絶対に必要なのだ。厳しい中にも娘を思う親心である。ちなみにラネリーの物語り書きになりたいという夢は、当然の如く歯牙にもかけていないドンゴルであった。


「まぁ、アイツもそこそこは役に立ったよ。いつまでも子供だ子供だと思っていたが……」


そこまで言かけて、ドンゴルはテーブルの上に置かれた紙片に気がついた。それにはこう書いてある。


《素晴らしい活躍をした愛しい娘に、ご褒美のおこづかいを!》


「やっぱり、子供だ」


そうつぶやいたドンゴルは、紙片をクシャクシャと丸め、隅にあるゴミ箱へと放り投げた。



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