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決着

辛うじて父の信頼を得、ザウリーに魔法をかけようとにじり寄る若き童魔士。だが、彼女は重大な事に気がついた。


しまった。杖がない!


こういう事態になるとは全くの予想外だった為、魔法を使う必需品である杖は部屋に置いてきたままだ。取りに戻っている時間なんてない。どうしよう。どうしよう。ラネリーの動きがピタリと止まった。


「おい、どうしたんだ。早くしろ!」


父、ドンゴルの声が響く。


「つ、杖が……」


ラネリーの口からつい漏れ出る本音。自分の行動に事態収拾の鍵がある事への重圧感。普段なら口にしないような弱音が思わず出てしまう。


「なに?杖がどうしたって?」


責め立てるようにドンゴルが詰め寄る。ラネリーに事態を託す決心をしたものの、娘の急変した態度に不安を隠せない。


「杖、そうか、杖か!」


ペリザーが膝を叩く。彼は気がついたのだ。ラネリーが魔法の練習をしている時には、いつも杖を持っていた事を。


「ラネ嬢、杖がないんだな。だから魔法が使えないんだな」


ペリザーは半ば諦めた顔でラネリーを見た。彼の言葉が聞こえているのかいないのか、ラネリーは反応しない。


「なんだと、魔法が使えない?それじゃあ、話にならないじゃないか。ええい、お前を少しでも信じた俺がバカだった。どけ!ザウリーの腹を割く」


ドンゴルはラネリーの肩をつかみ、擬竜を取り巻く人の輪から娘を弾き出そうとした。だがドンゴルの手に力が入る前、ラネリーがその手を強く握り返した。はっとするドンゴル。


「まだ、手はあります」


父の目を見るラネリーの目に迷いはなかった。その眼光の強さに、ドンゴルは些かひるんだ。ラネリーは無言のうちに『私はプロの童魔士です。一度信用したのなら最後まで任せて』と、目の前の擬竜士に強く訴える。


「どうするんだ、ラネ嬢」


ペリザーが心配そうに聞いた。


「杖を媒介させる事は出来ないから、私から直接ザウリーに魔力を流し込みます」


常套手段が使えないなら迂回手段を使うまで。杖が無いくらいで直ぐに諦めるようではプロの童魔士とはいえない。ラネリーの夢はあくまで物語書きだが、魔可二種の免許を取り、この一年間修行に励んできた彼女には、すでにプロとしての自覚が芽生えていた。


「いい加減なことを言うな。事態は一刻を争うんだぞ。早くあっちへいけ。邪魔だ!」


はからずも娘の目力にひるんだドンゴルだったが、直ぐに我を取り戻し、娘の肩に掛けた手に力を込める。


「ドンさん。ラネ嬢の目を見ろよ。いい加減なことを言っている目じゃないぞ。それはお前さんにもわかるだろう」


ペリザーがドンゴルの腕をつかみ、ラネリーの肩から引き離す。ラネリーは軽くペリザーに微笑み、それから目を閉じ呪文を唱え始めた。


次の瞬間、皆の目はラネリーに釘付けとなる。ラネリーの肩まで伸びた髪が白く輝き始めたのだ。サンアイガー世界の魔法使いは、まず詠唱し、体のどこかに魔力を蓄える。それは目であったり、手のひらであったり、胸であったり人それぞれだ。


しかるのち、その場所から媒介となるアイテムに魔力を移し、増幅や制御をした後、実際に発現させるのだ。稀に「魔法使用許可者・特種」の資格を得た所謂「魔導士」の中には、媒介具を使用せずに直に魔法を発現できる者もいる。しかしそれが可能なのは、全魔法使用者の0.01パーセント程度だとされる。


そしてラネリーは髪の毛に魔力を蓄積させるタイプだ。特にラネリーの髪の毛は「ホワイト・セルリアン」と呼ばれる白髪で、パッと見は白髪なのだが、髪の毛の陰になる部分は光の屈折率の関係でセルリアンブルーに見える特殊なものである。


このホワイト・セルリアンは、人間の髪の毛に現れる事はない。ごく稀に、エルフの血筋に出現するという。4分の1とはいえ、エルフの血を引くラネリーならではの特徴といえるだろう。またこの毛色を持つ者は、先天的に魔力が強いとも言われている。


さて、話を戻そう。


ラネリーの頭髪が白い光に包まれ終わって2~3秒後、彼女はおもむろに髪の毛を何本か抜いた。その一本一本も青白く光っている。白髪の童魔士はそれらをドンゴルとペリザーの前に差し出した。


「これをザウリーの手首や足の指に結んで下さい」


娘が魔法を使うのを見るのは初めてではないが、普段とは勝手の違う雰囲気にドンゴルは戸惑った。


「これを?どういうことだ」


必死に冷静さを保とうとする父に、16歳の娘が淡々と答える。


「杖がないので、私の髪の毛自身を媒介にします。今、私の頭髪と、このちぎった髪の毛は濃密にリンクしています。これをザウリーの体に密着させれば、長時間は無理ですが、私の髪にたまった治癒の魔力を直接ザウリーに送れるはずです。本当は髪を直に巻き付けたいのですが、一箇所からしか魔力を注入出来ないと、どうしてもムラが出てしまい効果が保証できません。」


ラネリーは必死に、しかし手早く説明をする。


「よっしゃ、ドンさん。早速、実行するぞ!」


差し出された髪の毛の半分を受け取り、ペリザーは瀕死の擬竜の手首に白光する髪の毛を結び始めた。一歩遅れてドンゴルもそれに続く。他の擬竜士たちは、二人が作業をしやすいよう、暴れる擬竜の体を必死に押さえつけた。


髪の毛が擬竜の体に巻き付けられるごとに、この妊産竜は次第に落ち着きを取り戻す。治癒の魔法が効いているのだ。皆は一縷の希望を見いだし、ザウリーの子供を引っ張り出そうとする。


「よし、ザウリーはかなり落ち着いてきたぞ。今のうちに強制的に産ませるんだ!ギフレン、そこの鏡を持って産道を照らせ」


最初あれだけ狼狽していたギフレンだが、ペリザーの指示に素早く反応し、鏡を携え、側の窓辺へ走った。擬竜士見習いはチェス盤ほどはある鏡を上下左右に動かして、反射した光がザウリーの産道付近を照らすよう調整する。


「その位置をキープしろ、ギフレン。……よし、赤ん坊の頭が見えてきたぞ。ペリさん、スハレンを取ってくれ」


擬竜医師の免許を持つドンゴルが、出産用具の一つを要求する。ペリザーからスハレンを受け取ったドンゴルは、それを産道に挿入し、器具の真ん中に赤子の頭を挟むように固定した。


擬竜はその目的上、頭や首が相当頑丈に出来ている。敵とのぶつかり合いに耐えるためだ。それゆえ赤ん坊とはいえ、ある程度その部分は丈夫に出来ており、難産の時は器具で頭を挟み込み、引っ張り出す事も珍しくない。


「よし、慎重に引いてくれ」


ドンゴルが擬竜士頭に指示を出す。スハレンから延びた紐をしっかり握ったペリザーが、ゆっくりとではあるが、確実に力強くたぐっていく。ザウリーを押さえている擬竜士たちも、固唾をのんでその様子を見守っていた。


「もう少し、もう少しだ」


産道に手をつっこみ、赤ん坊が適切な方向へ引っ張り出されるのを補佐するドンゴル。ようやっとこの難事業が果たされる兆しに希望の光を感じ始めたその時、産道を照らす光が急に逸れた。


「馬鹿!ギフレン、なにやってんだ!」


ドンゴルが見習いを叱責する。


「すいません!でもお嬢さんが……!」


ギフレンの一言で、全員がラネリーに視線を移した。


「ラネ嬢!どうした、大丈夫か!」


スハレンに続く紐をもったまま、ペリザーが叫ぶ。ラネリーは先ほどと同じ位置にかわらずいたが、明らかに苦しんでうずくまっていた。ホワイト・セルリアンの髪の毛は相変わらず光っているものの、不安定に明滅し始めている。


「どうしたラネリー、苦しいのか」


赤ん坊を取り出す体制を保ったまま、ドンゴルは首をひねって娘に呼びかけた。


「大丈夫、大丈夫だから……。でも急いで……」


消え入りそうな童魔士の声。その場の皆が言いしれない不安におそわれた。


実はラネリーが取ったこの方法、魔法学的には相当無茶なやり方である。人間、瞼を開きっぱなしではいられないし、長時間、逆立ちをし続けるのも難しい。魔法を体に蓄積させ続けるというのは、それらに等しい行為なのだ。通常、魔力を蓄積するのは1秒から、どれだけ長くても30秒程度である。それ以上になると急激な負担が身体にかかる。よって、魔法の力を媒介する杖などの道具に、溜めた魔力を移す必要性が出てくるわけだ。


しかし、杖のないラネリーにはそれが出来ない。かといって魔力の蓄積をやめてしまえば擬竜に巻いた髪の毛とのリンクが途切れてしまい、治癒の効果はなくなってしまう。一度、魔力を髪に蓄えた後で何本かの毛を抜いた為、双方に特別なリンクが形成されたに過ぎないのだ。一度切れたリンクは二度とは戻らない。かといって再び魔力を蓄えた後、新たに髪の毛を抜き、擬竜に巻き直す余裕などない。故にラネリーは蓄えた魔法を維持し続けなくてはならないのだ。


「親方、旦那、あきらめましょう。ザウリーは残念だけど、ラネ嬢がどうにかなっちゃ意味がない」


副頭のドッツルが言った。


ドンゴルは娘の顔を見据え、落ち着いた、それでいて重厚な声で尋ねる。


「ラネリー、続けられるのか。ここまでやったんだ。やめてもいいぞ」


うなだれた顔を持ち上げラネリーは、ドンゴルの顔を凝視する。


「できます。いえ、やります。必ずやりとげます。ザウリーと赤ん坊を助けてくだ……さい……」


強い意志を内包した娘の瞳を見て、ドンゴルは心を決めた。いま、目の前にいるのは確かに自分の娘だが、同時にプロの童魔士でもある。そのプロが出来ると言っているのだ。ならばそれを信じ、自分もプロの擬竜士として全力を尽くすのが筋ではないのか。


「よし、続行するぞ!」


ドンゴルが檄を飛ばす。


「ドンさんがそう言うなら問題ねぇ。みんな、きばるぞ!」


ドンゴルの決意を見て取ったペリザーも覚悟を決めたようだ。二人の様子に擬竜士たちも奮い立つ。


「ギフ……」


そう言いかけたドンゴルは言葉を止めた。再び産道を照らすよう、ギフレンに命令しようと口を開いたが、その必要はなかったのである。若き擬竜士見習いは、すでに反射光をザウリーの産道へと向けていた。


出産を再会する擬竜士たち。赤ん坊はすでに胸まで外へ出掛かっており、最後のふんばりを見せるだけとなった。ドンゴルは更に産道の奥へと手を伸ばし、子竜の尻をまさぐった。擬竜士の指先が尻尾を探り当てる。


ドンゴルは幼い尻尾の根本を鷲掴み、ペリザーに目で合図を送る。了解したとばかりに彼がうなずくと、ドンゴルは腕全体に力を込め、子竜を一気に母親から引きはす。盟友の動きにタイミング良く動作をあわせたペリザーも、握りしめた紐を思い切り手元にたぐり寄せた。


次の瞬間、形こそ小さいが、まさに竜の形をした生き物が草藁の上に飛び出した。母親の体液にまみれているが、五体満足、何一つ問題はない。すかさずザウリーを調べるペリザー。疲労してはいるものの、これまた何も問題はない。


ついにこの世に生まれ出た小さな命。ドンゴルは直ぐに赤ん坊の翼の付け根を持ち、胸を軽くたたいた。大きく産声を上げる擬竜の子供。その雄たけびに、皆、どっと歓声を上げた。



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