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love it  作者: 滝沢美月
6便
39/78

恋を忘れる方法はありますか? 1



「だから初恋は実らないって言ったのに……」


 呆れたような困ったような社長の言葉に反射的に何か言おうと口を開き、背後でギシっと非常扉の開く音が聞こえて、咄嗟に俯いて顔を隠した。

 ふわっと俯いた頬に風を感じて、工場長がすぐそばを横切っていく。

 俯いた視線の先に、工場長の足元が見えて、あっという間に視界から消えていった。

 ふぅっと軽くため息をはいた社長がもらす。


「この恋は諦めた方がいいよ、瑠璃ちゃんが傷つくだけだ」


 自分でもそう思う。

 今の状況を客観的に見たら、この恋が実ることはない。諦めた方がいいに決まっている。でも。


「そんなこと言われても諦め方なんて分かりません……、こんな気持ちを知ったのは初めてなんです……」


 私は何とも言えない表情で顔を上げて社長をみやる。

 社長は私を見ると、苛立たしげに眉根を寄せて斜めに視線を落とした。

 いつも穏やかな社長がこんな不愉快そうにするのは初めてだったから、胸がじくじくと痛む。

 社長は私にはっきりと工場長を諦めてほしいって言ったんだもの。

 諦め方がわからないなんて言われたら、社長が嫌な気分になるのは当たり前だ。だから私は言葉を続ける。


「でも……」


 そこで一度言葉を切った私は、決意を強くするようにぎゅっと奥歯を強くかみしめる。


「工場長に迷惑はかけたくないので、私の気持ちには気づかれないようにします……」


 これがいまの私にできる精一杯だから。

 忘れ方なんて分からない。でも、工場長に私の気持ちを伝えたりしない。気づかれないようにすることしかできない。

 精一杯の決意をこめて宣言した私の言葉に、社長は苦々しく顔をしかめる。


「自分の気持ちに嘘をつくのは辛いよ……?」

「それでも、工場長を困らせたくないので……。工場長の迷惑にならないようにするって、社長に約束します」


 言いながら、涙が込み上げてきそうになって私はそれを必死に我慢する。

 工場長のために――……

 心の中でそうつぶやきながら、私は社長に一礼して事務所を出た。

 階段を一気に駆け下り、フロアに入る扉の前でずずっと勢いよく鼻をすすり、目元をぐいっと手の甲で拭う。

 こんなことくらいじゃ、ついさっきまで泣いていたことを隠せるとは思っていないけど、いかにも泣きましたって顔でフロアには入りたくなくて、フロアに入る前に深呼吸してから扉を引き開けて一歩を踏み入れた。

 すでに他の従業員はそれぞれ自分の持ち場について仕事をはじめていて、私も自分のやるべき仕事にとりかかる。

 黙々と手を動かすけど、頭の中はついさっきの出来事を考えてしまいそうになって、必死に頭を振って目の前の作業だけに集中した。

 それから数日。私は平静を装って仕事に励んだ。

 意識的に工場長のことを考えないようにしようと頑張って、結局工場長のことばかりを考えながら、すっかり手に馴染んだ作業を上の空でこなしていく。

 工場長には婚約者がいて、社長には工場長を諦めるように言われて。

 この気持ちは諦めなきゃいけないんだって頭では分かっているけど、初めて人を好きになった私には諦め方がわからなくて。

 大学四年、どんなに頑張ってもぜんぜん就職活動が上手くいかなくて、何十社もの書類選考に落ちて、やっと通った面接でもことごとく落とされて。学科の中で特別自分が優れているとは思わない。でも、四年間被服について必死に学んだし、何よりも服を作るのが好きで、ずっと子供服のデザインをするのが小さい頃からの夢で、情熱だけは誰にも負けないと思ってた。でも、一社も最終面接にさえたどりつけなくて、大きくて真っ暗な穴の中に一人で落とされてしまったようなどん底の気分だった。

 そんな真っ暗闇の中にいた私を見つけてくれたのが――工場長だった。

 初めて会った時はただただあまりに整った端正な美貌に見とれて、一緒に仕事をするようになってからは仕事中の真剣な眼差しに惹かれて。

 そして、中須賀さんに不当に怒鳴られて落ち込みそうになった私に手を差し伸べて、光の中に引き上げてくれたのが工場長だった。

 自分が悪くないことで詰られて泣きそうになっても、周りの人には気づかれないように必死で我慢していた。そんな私に気づいてくれたのは工場長だけだった。

 きっと、あの日、工場長が私を四階から三階に連れ出してくれなかったら、ここでの仕事は続けられていなかっただろう。

 正式に四階から三階に移動になった時は、中須賀さんが私に嫌気がさして移動を希望したのかと思ってたけど、もしかしたら工場長が指示を出してくれたのかもしれない。

 工場長はなにも言わないけど、そんな気がしてならない。

 どんなに大量に仕事を押しつけてきても、ちゃんと私がその時間内でこなせる量しか渡さないのは、しっかりと私のことを見ていてくれるから。

 それが同僚としてでも、からかう対象でも、恋愛対象外としてでも。

 私はずっと工場長に支えられてきたから。

 だから。

 工場長には迷惑をかけたくない。

 そのために工場長に私の気持ちに気づかれないようにすると決意して、社長とも約束した。

 とにかく、私の気持ちに気づかれないようにすればいいんだよねっ!

 そう決意しながら、私の視線は無意識に工場長を見つめてしまう。

 工場長はてきぱきと乾燥から上がってきた衣装にアイロンをかけてて。

 ちょうど窓際に置かれたアイロン台の前に立つ工場長のくるくると癖の強いアッシュカラーの髪は窓から差し込む日差しを受けて透けるようにキラキラ輝き、艶めいている。

 わずかに見える横顔は彫像のように整った美貌で、星空を切り取ったような黒い瞳は真剣な光を帯びて手元の衣装に注がれてて、思わず見とれてしまう。

 やっぱり、私……

 一瞬、自分の思考にとっぷりと浸かりそうになって。

 ふいに振り返った工場長と視線がばっちりぶつかってしまって、慌てて視線をそらす。

 だめだめっ!!!

 私の気持ちには気づかれちゃいけないって決意したばかりなのに、こんなじろじろ見てたらばれちゃうかもっ……!!??

 内心挙動不審で視線をそらして、だけど、工場長の事が気になって、すぐに視線だけをあげて工場長をみると、工場長はもうこっちを見てはいなかった。

 仕事をしてて当然なのに、なんだか胸が切なくなる。

 ってか、社長はなにかの拍子に工場長が私に対しての気持ちを恋愛感情と勘違いしてしまったら困るって言ってたけど、恋愛対象外に対して万が一にも勘違いなんかしないんじゃないかな……?

 その証拠に、暁ちゃんに付き合おうって言われたのを聞いていたのに工場長は「俺には関係ない」って言ってたし。

 思い出しただけで、ズキっと胸が痛む。

 うん、まあね。暁ちゃんの「付き合う?」発言は、友達として落ち込んでいる私を励ましてくれただけで本気なんかじゃないって分かっているけど。

 分かっているけど、万が一にも工場長が私のことを恋愛対象として思っていたなら「お似合い」だとか「俺には関係ない」なんて言わないでしょう……?

 うん、なんだか自分で考えてて泣きそうになってくる……

 工場長にとって私が恋愛対象外だって、そんなことずっと前から分かっていたことだけど、さっきのことでとことん思い知らされてしまった。

 そんなことを考えながらアイロンをし、手の空いた隙に包装済みの衣装を入れたケースを運んでいたら。


「宇佐美さん、気を付けて」


 ふいに耳に響く甘いバリトンボイスが聞こえた次の瞬間。

 ガラガラッ……!!

 前方不注意で通路に積まれていたケースに突っ込んで、倒れてきたケースの下敷きになってしまった。




更新遅くなってしまいすみません。

とりあえず3話分かけたので連日投稿する予定です。


待っていて下さる方がいるというのを励みに頑張ります!

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