恋が実るための秘密のレシピはあるのかな? 6
「恋が実るための秘密のレシピはないのかな……?」
お酒の入ったグラスを両手で包むように持った私がぼそっともらした言葉に、カウンター席の隣に座った暁ちゃんがきょとんっと瞳を見開いてから、くっといかにも可笑しそうに肩を震わせて笑った。
「なにっ、どしたの? うさちゃん」
今日は週末ということで定時後も残って社員の人達と残業して、十九時すぎになんとか当日分が終わって、みんなでそのままご飯食べに行こうって流れになって、工場の近くの居酒屋に行った。もちろん既婚者の人は家で奥さんや子供が待っているからとご飯に行かずに帰ってしまったけど。
みんなで今日の量もはんぱなかったねって愚痴りつつ、他愛もない会話を楽しみながらご飯を食べて二十一時すぎには解散したんだけど、飲み足りないという暁ちゃんに付き合わされて、二人で二軒目のカフェバーに来ていた。
難波 暁臣、暁ちゃんとは帰る方向が一緒なのもあるけど、なんといっても同期ということで職場の中では一番といっていいくらい仲がいい。
初めて会った時は同い年くらいかと思ったけど、実際は暁ちゃんの方が五つも年上だったんだけど、気さくな性格の暁ちゃんとはすぐに仲良くなった。
だからこうして時々、二人で飲みに行ったりもする。
私は手に持っていたグラスを一息にあおり、ぷはっと色気のない息を吐きだして愚痴っぽく唇を尖らせる。
「だって工場長ったらねぇ~」
「ああ、工場長ね……」
毎度、工場長の愚痴を聞かされている暁ちゃんは納得したようにくすくすと苦笑する。
お酒が入ると笑い上戸になる暁ちゃんはとても面白そうに肩を揺らして笑っている。
完全に、私が工場長にからかわれるのを面白がってるよ、この人……
「なんだよ、今度はなにされたわけ?」
でも、ちゃんと話を聞いてくれるんだから、暁ちゃんは優しい。
「聞いてよ、私が仕分けしてたら、横から来て次々に洗濯物を追加していくんだよ。もう作業が追いつかないし、でもでもっ、出来ないとかいったら、あの極上スマイルでにっこり笑われて「ふ~ん」とか言われそうだし、意地で全部仕分けて入るだけ洗濯機に入れたら、「終わったんだ?」とかちょっと驚いた顔するし。終わらないと思ってるならやらせないでよってカンジだしっ!」
一息に喋って、それからまた口を開く。
「その後は「じゃあこのアイロンがけ、俺とどっちが先に仕上げられるか競争ね」とか言いだすしっ!? そんなの、工場長の作業スピードに勝てるわけないじゃないって言ったら、「少しでも早く仕上げようっていう意識改革しなきゃ」とか笑顔で言うし? 「でもいつも以上に綺麗に仕上げてね」とかむちゃくちゃ言うかと思ったら、「俺に勝てたらご褒美あげる」って甘い笑顔で言われたらやるしかないじゃんっ! ってかやらないと帰れないしっ!!」
結局、予想通り工場長には勝てなかったけど、いつもよりも作業スピードがあがったのは確かで。なんだか工場長にうまく操縦されたっぽくてふくれてたら、「これ、ご褒美ね」ってあめ玉くれるしっっっ!
悔しいけどあの笑顔には逆らえないっていうか、完全にからかわれてる感が悔しすぎる。
「すっかり工場長に手懐けられちゃって」
「その言い方、ちょーびみょう……」
「ちょーとか言わない」
ぶーたれたら、ぺしってデコピンされてしまった。
「今週、ずっと残業してるんだろ?」
「うん、まあ……、ほら池田さんやめちゃって、もともとカツカツでやってたのがさらに人手不足になって、一応私はどこのフロアもヘルプにいけるし」
「完全に手懐けられてるな」
くつくつと肩を揺らして笑われて唇を尖らせたら、暁ちゃんにぷっと更に笑われてしまった。
「なんかわかるんだよねぇ~、工場長がつい、うさちゃんにちょっかい出したくなる気持ち」
「つい……って、こっちは結構毎回心臓バクバクもので、必死なんだけど……」
「あー、うさちゃんはからかいたくなるタイプだよね」
「それって恋愛対象外、ってことだよね……?」
私はがっくりと肩を落とす。
よく、小学生の男の子が気になっている女の子についちょっかいをかけてしまうっていうけど、そういうのではなくてただ単にからかわれているだけな気がひしひしとするのは――、なぜだろう。
まったく女子として見られてる気がしない。
「そうじゃないかなぁ~」
私の考えに被さるように、苦笑しながら頷く暁ちゃんにやっぱり……ってうなだれる。
「まあ、工場長の態度みてると微妙っぽいけど……」
「微妙ってなに?」
「俺もあの人のことはよくわからん。いつもにこにこしてて本心が読めないっていうか。時々、あれ、もしかして工場長ってうさちゃんに好意あるのかなって思わせるときもあるし」
「でもさ、工場長って自分からはかまってくるくせに私が近づこうとすると距離をとるっていうか、ここからは立ち入り禁止って一線引いてる感じなんだよね……」
「ああ、なんか分かるかも」
「だいたい、あめ玉とか完全子ども扱いだし……」
ぷうっとふてくされて頬を膨らます。
まあ、美味しくいただきましたけどね、あめ玉。
だってだって、工場長がくれたんだものっ!!
たかがあめ玉でも嬉しくないはずがない。
「なんにしても」
そこで言葉を切って吐息をもらした暁ちゃんは、なんともいえない苦笑を浮かべて体ごと私に向き直る。
「恋愛初心者のうさちゃんには難攻不落のレベルMaxを好きになっちゃったってカンジ?」




