キーボードと戦う?
パソコンを使う以上、永遠の命題?かもしれません。
「タイピングがうまくなる方法、ねぇ?」
二限目の講義が終わった後、解放されている情報処理室のパソコンでレポートを書いている時のことだ。
隣の席で同じくレポートを書こうとしていたはずの友人が私の手元を見て、唐突にそんな事を言い出した。
「なんでまた? 別にレポート書くのには困ってなさそうじゃない」
そう。彼女は別にすごくタイピングが苦手、という訳じゃない。高校で少しは習ったらしい。横から見ているとどうやらかな入力でタイピングしているみたいだけど、別にそんなのは本人がやりやすい方で構わないだろう。
逆に彼女がもう少し下手だったら教えたかもしれないけれど、この大学では手書きレポートを受け付けずにワープロ・パソコンでのみ提出、などと言うのは選択科目の情報処理の変わり者だけである。もっとも、あの講師の場合、教務課と四六時中喧嘩をしてばかりいるので、手書きだと回収が大変なだけだろう。
ともかく、そんな訳でこのレポートさえ終わってしまえば少々タイプが遅くても別に困ることはないだろう、と思って首を傾げてしまう。
「そうだけどさ。隣でその速度で打ってるのみるともう少しうまくなりたいなぁ、とか思うわけ」
「……その速度って……。別に私だってはやい訳じゃないと思うけど。うまい人はもっとうまいよ」
身近にいる数人の顔を思い浮かべながらそう言うと、友人は「いいじゃん、就職にだって有利そうだし、もう少し練習しようかと思ってさ」と応じた。
まぁ、本人がやってみたいというなら別に教えるのは簡単だから構わないのだけど。
「でも教えるって言っても、私に言えるのは二つだけだよ?」
「うん?」
「まず、かな入力をやめてローマ字入力にする。後はひたすら数をこなす」
言ってから十秒講座みたいになったな、と思った。もう少し時間をかけようにも他に言いようがないし、私自身、相棒にタイピングがうまくなる方法を聞いたらこの一言が返ってきたのだ。
「……それだけ?」
「これだけ」
拍子抜けしたように言う友人にうなずく。なんだか腑に落ちないような表情をしているところを見ると、理由を説明した方が良いのかな。
「かな入力だと、一文字入力するのにキーを押す回数は少ないけど、その分押さないといけないキーの種類が増えるじゃない? その分、指の動きが大きくなってタイプミスにつながりやすくなるから、ブラインドタッチには向かないんだよね。慣れさえすればローマ字入力の方がはやく打てるようになるよ」
「そういうものなんだ?」
「私も最初はかな入力でやってたけど、変えてからはやくなったし。慣れるまで大変だけど切り替えた方が良いと思う」
実際に切り替えてみるまでは、倍押さないといけない分遅くなりそうな気がするものだ。でも実際にはローマ字入力の方がずいぶんはやく打てる。やっぱり、並び順を覚えないといけないキーの数が半分近くまで減るのも良いんだろう。
そんな説明を付け足すと、友人はやっと納得したのか手元のパソコンをローマ字入力に切り替えた。そして、キーボードをながめて一言。
「でも、数こなすって何を打てばいいの? 私、あんたみたいにどこからともなく文章引っ張り出してこれないんだけど?」
からかうような言い分に、ちょっと困ってしまう。確かに私はタイピングの練習はそれまで手書きで書いていた文章をパソコンで打つようにしただけだった。
「そうだなぁ。とりあえずレポートをパソコンで書くとか、あとは好きな本とか雑誌とか何でもいいから適当に写す」
「適当に写すって……」
「文庫本一冊タイプし終わればずいぶんはやくなるとは聞いたことあるけどね。あとはお金書ける気があるならタイピングの練習用ソフトなんかも売ってるよ」
私が相棒の受け売りをすらすら口にすると、彼女は「とりあえずこのレポートを練習台にする」と言って画面に向き直った。
ただし。必死にキーボードを見ながら打っているからすごくゆっくりだ。最初のうちなんてみんなそんなものなんだけど。
いつまでもながめていても気になるかな、と思って自分のレポートに戻る。
そういえば、昔はともかく、最近は自分のタイピングの速度なんて気にしたことがなかったかもしれない。だいたい、身近にいる相棒がやたらとはやいのが悪い。一時期はなんだか悔しくて追いつけないものかと意地になって練習していたのだけど、どうあがいても追いつけないだろうというのがわかってしまった。
なぜかといえば、私は小学生の頃、親のワープロを勝手にいじって遊んでいるうちにタイピングを覚えたからだ。ちゃんとしたやり方を知らないままにかな入力で覚えてしまったし、手が小さかった頃のことだ。小指でキーを押すなんて発想すらなかったものだから、我流のおかしな癖がいくつもついてしまっている。いくつかは直したのだけど、どうしても直らないものや、油断するとすぐにでてしまう癖がまだ幾つもある。そしてタイプミスのほとんどがその癖のせいだ。
理想的なタイピング方法でやっていれば、手の動きが少ない分ミスタイプもしにくいのだが、未だに小指でエンターやカギ括弧を押すのが苦手だし、ハイフンを中指で押す癖も直らない。自分で打っていて「あぁ、またやってるな」と思うときはあるのだが、それを意識しすぎると余計にミスが増えていらいらしてくるのだ。そのくらいならば、適当なところであきらめて、少しずつ癖を抜いていくようにした方がいいだろうとあきらめた。
一方で、相棒はというと。こちらも元は我流らしいのだが、あまりおかしな癖がつく前にきちんとしたタイピングを習って矯正したらしい。そんなこんなで、キーボードに接している時間は私の方が長いのに、どう頑張ってもあいつのタイピング速度には追いつけないという結果になった。まぁ、別に競争するようなものでもないからいいのだけど……。
「そうそう、スペースは親指、エンターは小指で押すんだからね?」
「……無理言わないで」
「やらないとはやくはならないよ?」
「…………頑張るよ」
友人がおかしな癖をつける前に、と思っていったのだけど、なんだか恨みがましい視線を送られてしまった
お読みいただきありがとうございます♪
作中に出てくるタイプの練習法・注意点は過去私が知り合いから言われたものと、学校で習ったものが混じっています。
独断の可能性もあるのでご注意を。