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ルヴァが城から直接ネビの家に行くと、ちょうど出てきたネビ本人と出くわした。開口一番、彼はルヴァを問い詰める。
「城で爆発があったって? 理乃はどうだった? 何か他に分かったことは?」
「いやそれが何にも」
「えー? 使えないなぁ……」
「ひどい」
休日の朝だというのに急いで街と城とを往復した友人に向かってその言い草である。ルヴァはかくりとうなだれるが、ネビは全く意に介さずに話を先へ進める。
「街ではまだあんまり騒ぎになってない。城の爆発はその瞬間を見たって人が何人かいたけどね」
「その人達、何て言ってた?」
「中からの爆発に見えたって。外から攻撃された風じゃなかったみたい」
「……」
「あと、それとは関係ないけど港で海賊船を見たって話を聞いたよ」
「海賊船?」
それはまた珍しい話だ。この辺りは海運も盛んで狙う荷物は多いだろうが、商船の航路には常に国家直属の海上警備船団が配置されているために海賊の被害などはここ10年以上聞いたことがない。大体にして、街の港に海賊船が入れるわけがない。
「変な話だな」
「だけど理乃の盗品売買疑惑はもしかしたら海賊絡みかも知れない」
「そんなまさか」
「俺もまさかとは思うけどね。でも城が駄目ならそっちを調べてみるのも手じゃない?」
「うーん……」
確かに城での情報収集は困難だ。だからといって街でじっとしていても何にもならないのだから、ここはやはり動いてみるべきだろうか。ルヴァはそう判断し、ネビと共に港へと向かうことにした。
港 へと向かう道すがら、ルヴァは一旦自宅に戻って上着と小さな鞄を取ってくる。何それ? とネビが尋ねたが、ルヴァは「ちょっと」としか答えなかった。ネビもふぅんと頷いただけでそれほど興味はない様子である。そして2人は改めて街の東側にあるクーフ港へと急いだ。
ルヴァとネビが港に着いた時、そこに件の海賊船と思しき船は見当たらなかった。一方で普段ならあるはずの商船や客船の姿もない。何か妙だとルヴァは辺りの様子を窺った。すると港に隣接する倉庫街の一角から、軽鎧を着込んだ兵士が3人飛び出してくる。
「あ……ラジ隊長?」
「そこにいるのは、ルヴァか!」
走ってきた3人の兵士のうち、襟に龍の爪を象った隊長徽章をつけている1人がルヴァを認めて足を止める。日に焼けたオレンジ色の口髭が特徴の彼は、普段ルヴァが訓練に参加している王都警備隊の隊長だった。
「非番か、ルヴァ。だったら手を貸してくれ」
「何があったんですか?」
「船籍不明の武装船が港に入った。一般の船は沖に避難させたが、肝心の武装船にも逃げられたのだ。今、南の丘の向こうから船を回して追っている。こちらも出て挟み打ちにする手筈だ」
ルヴァは一度ネビの方を振り返った。頷きを交わし、再び隊長へと向き直る。
「了解しました。協力します」
「助かる。船は倉庫の向こうだ。間もなく出る」
そうこうしている間に隊長の部下2人が港に係留してあった小船を出航できるよう整えていた。それに乗って港をぐるりと回り込み、警備隊所有の船に乗り込むのだろう。隊長達に続いてルヴァが小船に乗り込むと、後ろから「ちょっと詰めて!」という声がした。
「へ? あ、うわ!」
なんとネビが勢いよく小船の中に飛び込んでくる。今まさに船を出そうとしていた兵士が驚いて、隊長は「おい!」とルヴァを睨んだ。
「一般人の乗船は許可していない!」
「俺に言わないでください!」
ネビは勝手に乗ってきたのである。ルヴァはてっきり先程の無言のやり取りで意思の疎通を済ませたと思っていたのだが、どうやら甘かったようだ。ルヴァが「俺行ってくるから後は適当に頼む」と言いたかったのに対してネビはおそらく「じゃ、うまいことやってついていくから!」と言っていたのだろう。許可がないからといってここで押し問答しているわけにもいかず、結局ネビの思惑通り小船は彼を乗せたまま水面を滑り出す。
「……何考えてるんだよ」
恨みがましい視線を向けるルヴァに、ネビは涼しい顔で肩をすくめた。
「ネタは新鮮なうち、ってね。警備隊についていけば何かしら分かるだろうと思ってさ」
「情報に命まで賭ける気かよ」
「うーん、そこまでは思ってないけど。何かあったら頼むよルヴァ」
「ああきっとそう来ると思ったよ!」
学生時代からこの微妙にルヴァに不利な力関係は変わらない。隊長も呆れて物も言えないといった様子で海を見ており、諦めるより他なさそうだった。それにしても丸腰のネビを連れて武装船に挑むというのはやはり危険である。ルヴァもそれなりに戦える方だと自負しているが、海の上でどれほどできるかは分からなかった。「無茶はするなよ」と改めてネビに念を押す。
「何言ってるんだよ」
ネビはフッと目を細め、なじるようにルヴァを睨んだ。
「今無茶な状況にいるのは理乃だろ」
「……!」
ネビはふいと目をそらして、今しがた後にしてきた港を眺めるように船縁に身をもたせかける。冷たくべたりとした潮風が吹いて、それでもルヴァは胸の内に熱いものを感じた。
港の向こうにいた警備艇に乗り移り、沿岸警備船団と合流して不審な武装船を追う。果たしてそれは沖で碇を下ろしており、見た目には攻撃の意思はないように思えた。ただ船籍を示すペイントも旗もなく、くすんだ外装からは曇り空の下で目立たないようあえてそうしているような印象も受ける。船団は慎重に武装船に近づくと、まずは笛を鳴らして警告した。しかし応答はない。ルヴァ達は簡単な相談の結果、向こうの船に乗り込んで調査をすることにした。
船体を横付けして素早く武装船に移る。ルヴァもこういった訓練はあまり受けていなかったが、意外と何とかなるものだ。ネビはすこしよろけながらも何とかこちら側にやってきた。一足早く来ていた隊長達が船室へと降りていく。甲板に人の気配はない。
妙だな、とルヴァは辺りを見回した。静かな数分が過ぎ、やがてどたどたと慌しい足音がルヴァ達のいる甲板へと駆け上がってくる。
「やられた……船は空だ!」
悔しそうに叫ぶ隊長を見て、ルヴァはチッと舌打ちをした。相手が何者かは分からないが、警備隊は完全に出し抜かれたことになる。王都の警備を手薄にすることが目的とも考えられる今、焦りばかりが募るのはどうしようもない。
「……ん? ……へぇ、そう。分かった、ありがと」
不意にネビが独り言のように呟く。ルヴァが顔を向けると彼はニッと笑いながら自分の左耳をつまんでみせた。その小振りな耳たぶには銀色をした細い環状のピアスがつけられているが、それがどういう意味であるのかルヴァには分からない。そもそもいつの間に穴を開けたのかも知らなかった。ネビの髪は普段耳を軽く覆い隠す程度に長く、意識して見ない限りピアスの存在は分からなかっただろう。
「ええと、何?」
「魔具。C-Netの連絡員全員に配ってある、通信用ピアスだよ」
もちろん“伝説屋”のご主人に協力いただきました、とネビは営業用と思われる洗練された笑顔で説明してくれる。そんな便利な物が、とそんな変な物が、という2種類の驚きに挟まれてルヴァは「あぁ~……」と情けない声だけを出した。
「……で、じゃあ何か連絡が来たのか」
気を取り直してルヴァが尋ねると、ネビはそうそうとごく軽い調子で頷く。
「さっき街から北の方に行く道で理乃っぽい金髪の女の子が目撃されたって」
「何だって!?」
「一緒に銀髪の男もいたらしいけど。心当たりある?」
「……銀髪? いや、ないけど……」
ルヴァの頭に一瞬浮かんだのは、昨日“伝説屋”で出会った奇妙な客のことだった。シュルス、という名をルヴァは知らない。しかし彼の髪は薄紫色をしていた。きっと別人だろう。
一方ネビは「銀髪、ねぇ」と何か思うところのありそうな顔をしている。ルヴァは問い質そうとしたが、今はそれよりもその情報を追って陸に戻った方がいいと判断してやめた。
「ラジ隊長、そこのボート借ります!」
一応一声掛けてから、ルヴァは武装船に積まれた上陸用の小船を海に下ろす。ネビも心得たもので、隊長が何か言うより早くその船に乗り移った。続いてルヴァも乗り込むと、小船はするすると動いて武装船から離れていく。ようやく気付いた隊長が船縁からルヴァに向かって声を張り上げた。
「おおーい!? お前、それはさすがに懲罰ものだぞ!」
「……分かってますって」
聞こえないと知りつつルヴァは小船の上で呟く。しかし元より勝手な行動をするのが仕事のような身分なのである。今更何を言われてもさして気にすることではない。
そんなルヴァの内心を見抜いてか、舳先の方に座るネビが軽く笑った。
「こういうときは度胸あるよなぁ、お前」
「馬鹿にしてる?」
「してないって。俺は真似できないけど」
ネビの言い草は身勝手で、ルヴァとしても苦笑せざるを得ない。2人は緊張と奇妙な高揚感に包まれながら小船の先を北へと向けた。
執筆日2011/04/26