一輪の鬼灯
連載している「涙の道しるべ」と「龍徳学園生徒会誌」の間に書いたものです。
残酷な描写はありませんが、途中人が死にますのでご注意ください。
一人の妖怪が小高い丘から一つの集落を見ていた。
先日まで人でにぎわっていたその集落は、一夜にして焦土と化していた。人の姿はなく、ただ一羽二羽ほどの烏が、焼けた建物の上にとまっているのみである。もはや、集落とは呼べないその場所をしばらく見つめ 、丘に立つ美しい銀色の髪をした妖怪はそっと瞳を閉じた。
この集落を治めていたのは、いわゆる祓い屋の一族で、妖怪を使役し、攻めてくる妖怪から集落を守ることが仕事であった。彼らは主に狐の妖を使役するイヅナ使いであり、一族はイヅナを強制的に使役する術を会得していたため、使役されるイヅナ達は自分の意思に反して使役されることとなった。この力をもつことで、一族は集落で大きな権力を得ることになる。
そんな一族にも陰りが見え始めた。代々術の要をおこなっていた当主の力が衰え始めたのである。術が弱体化していることを知ったイヅナ達は、一族のすきを見て一斉に反乱を起こした。一族の住む邸は、イヅナの放った炎により、たちまち燃え上がった。炎はまたたく間に集落中に広まり、一帯を焼き払ってしまった。人間を憎んでいたイヅナ達は、逃げ惑う人々の行く手塞ぎ、炎の中から出ることを阻んだ。
そうして、この集落は人も動物も建物も全て炎の中に消えてしまったのである。
いまだ、白い煙がそこかしこで立ちのぼっている、かつて集落であった場所を銀髪の妖怪が静かに進んでいく。あたりを見回すが、ただ焦げた瓦礫が広がっているだけだ。表情を変えることなく、妖怪が進んでいくと何者かがいることに気がついた。近づいていくと、それが、金色の髪に獣の耳をした妖怪であることわかる。外見の年齢は、十代後半といったところだ。容姿からして、この集落で使役されていたイヅナであろうと踏んだ銀髪の妖怪は、ゆっくりと金髪の妖怪に近づいていった。金髪の妖怪は近づいてくる気配に気づき、そちらに視線を向けてぶっきらぼうにつぶやいた。
「死肉でも漁りに来たのか? ここには、そんなものないぞ」
無感動な瞳を向けて、金髪の妖怪は銀髪の妖怪をじっと見つめる。そんな金髪の妖怪をみつめ返しながら、銀髪の妖怪は答えた。
「死肉を漁りに来たわけではない」
「そうか……」
そう言うと、金髪の妖怪は興味をなくしたように、別の方向に視線を向けた。しかし、銀髪の妖怪は、視線を外すことなく金髪の妖怪に問いかける。
「なぜ、この場所に留まっている?」
「…………」
「なにか……ここに未練でもあるのか?」
「……別に……そんなものはないさ……ただ……」
「ただ?」
「……ただ、俺はここで生まれて育ったから、ここを離れてどこに行ったらいいのかわからないだけだ」
「そうか……」
「それに……ここには……あいつがいたから……」
金髪の妖怪は遠くを見つめながらポツリポツリと話し始めた。
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集落の祓い屋の一族にとって、イヅナを使役することは、しごく当たり前のことだった。金髪の妖怪も、そんな一族に使役されているイヅナを両親として生まれた。生まれたときから使役されるためだけに存在するイヅナは、生まれるとすぐに親元を離され、縛りの術をかけられる決まりになっている。金髪の妖怪もその術により、幼いころから使役され続けていた。
金髪の妖怪が生まれて長い時間がたったころ、その妖怪の元に一人の少女が現れてこう言った。
「共に世界を見ましょう」
主が決まっておらず、長い間座敷牢と妖怪の討伐のみを行き来する生活をしてきた金髪の妖怪には、最初その言葉の意味が理解できなかった。
「私と一緒に来て」
ニッコリと微笑んだ少女は、牢の中にいる金髪の妖怪に手を差し出した。妖怪は少し戸惑いながら少女の瞳を見た後、静かに少女の白い手の平に自分の手を重ねた。それが、金髪の妖怪と少女の出会いであった。
少女と金髪の妖怪が出会って一カ月がたったころ、二人は正式に主従となった。しかし、少女は金髪の妖怪を決して使役する対象としてのみ扱わなかった。それどころか、共に集落を歩いたり、他愛ない話をすることもあった。最初は戸惑っていた金髪の妖怪も、時を経るにつれて少女に心を許していった。
そんなある日、二人は集落の見える小高い丘に来ていた。
「私、一族を変えようと思うの」
「一族を変える?」
「そう、私が当主になったら、イヅナ達を縛るようなことはしない。私たちは、共に助け合って生きていくべきだと思うから」
「そんなことが、できるだろうか……」
「できるわよ! 人と妖怪が共に、憎しみ合うことなく生きることはきっとできる。これは、私の夢でもあるの」
「途方もない夢だな」
「もちろん、この夢はあなたにも協力してもらうわよ」
表情を変えずに淡々と話す金髪の妖怪を見ながら、少女はいたずらっぽく笑った。その笑顔を見て、金髪の妖怪もわずかに微笑みながらうなずいた。その様子を見た少女は、更に笑みを深くしたのだった。
集落が炎に包まれたのは、二人がそんな会話をした半年後のことだった。
燃え盛る炎の中、少女を見つけた金髪の妖怪は、急いで駆け寄りその華奢な体を抱き上げた。だが、少女の傷は深く、もはや助かる見込みがないのは明白であった。
「ああ……最後に……あなたに会えて……よかっ……た」
「……」
「どうか……忘れ…ないで……私たちの……夢」
少女は、一粒の涙を流した後、二度と目覚めることはなかった。燃え盛る炎の中、金髪の妖怪は悲鳴のように少女の名前を叫んだ。
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ゆっくりと話し終えた金髪の妖怪を、銀髪の妖怪は静かな瞳で見つめていた。
「そなたは、人が好きか?」
「わからない……俺がまともに話したことがあるのは……あいつだけだから……」
「そうか……ならば、私と共に来るか? そして、人と交わってみてはどうだ?」
「人と?」
金髪の妖怪ははじめて銀髪の妖怪の瞳をまっすぐに見返した。
「私は私の一族のために、人と妖怪が争わずに生きる方法を探している」
「……」
「そなたも、共に旅をしないか? その方法を探しに」
銀髪の妖怪はそっと手を差し出した。その手は少女のものとは全く違っていたが、少女と出会ったときと同じ気持ちが金髪の妖怪の胸に広がった。
「どうせやることもないんだ。あんたのその旅とやらにつきあってやるよ」
金髪の妖怪はぶっきらぼうに返しながら差し出された手をとった。その手をやさしく握りながら、銀髪の妖怪がふわりと笑った。
「そう言えば、名を聞いていなかった。私は美雪丸。そなたは?」
「俺は……俺の名は、鬼灯。あいつがくれた名だ」
「そうか、良い名だ。そなたの美しい瞳の色にふさわしい」
瞳の色を褒められたのは、生まれてから二度目だ。一度目は、あの少女が名を決めるときにこの瞳を見て同じことを言っていた。鬼灯は少しはにかんだ様に笑うと、勢いよく立ちあがった。そして、眩しいくらいに晴れあがった空に手をかざして一言つぶやいた。
「お前の夢、俺がかなえてやるよ。だからそこで見てろ……日向」
歩き出した二人の妖怪を、温かい日差しが照らしていた。
読んでいただき、ありがとうございました。
説明文だらけでお目汚しとは思いますが、少しでも楽しんでいただけると幸いです。
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