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ALCZ  作者: 蒼巻
第八章 銀のナイフと真赤な林檎
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第1話 王宮図書館

この広い廊下に自分の足音だけが響くことにもそろそろ慣れてきた。

王宮に着いて三日目。

勝手に散策して何度迷子になりかけたかわからないが、おかげで今では城の大体の位置関係は把握している。俺たちが寝泊まりしてる館はもはや俺の庭同然…いや、それは流石に言い過ぎか。


「おや、アルツ殿ではありませんか」

通り過ぎようとしたドアから顔を出していたのは、コントンドル氏。マグリッドの父親だ。気品が漂っていることを除けばどこにでもいそうな初老の男性だが、これでもこの人、伝令士や来訪者の接客責任者に加えて、この館のメイド達を仕切る凄い人らしい。

「やあ、コントンドルさん」

「良い天気ですね。どちらへ?」

「暇潰しに、文館の図書館にでも」

「ほう、お勉強ですか?感心感心」

白い髭を撫でながら、コントンドル氏は愛想良く笑う。

「私も文館に用事がありますから、途中までご一緒しましょう」

それはありがたい。一応文館を出入り出来るように許可証が貸し出されてるとはいえ、あの妙に統一感のある空間に足を踏み入れるのは緊張する。この服では余所者感が丸出しだし、かといってわざわざあの真っ赤なローブを貸してもらうのも…まあ勿論無理な話だが。





図書館の手前でコントンドル氏と別れる。唐草模様入りの深紅の絨毯が敷き詰められた廊下には、俺と見張り兵しかいなかった。許可証を見せると、兵士は軽く会釈をして重い扉を開けてくれた。


やや埃っぽいにおいと共に、無限の知識の世界が姿を現す。

遥か上の天窓に届きそうな巨大な本棚には革表紙の厚い本が一面に並べられている。

本棚にぐるりと囲まれた円柱型の部屋の中心には、大きな丸い机が設置されていた。静かな空間と窓からの十分な光で、読書するにはもってこいの環境だ。


静寂の中に響いているのはペンが机に当たる硬い音だけ。そこには二十人は座れそうな机に一人向かう、ティリエの姿があった。

数冊の本を開き、それを横目で確認しながらもくもくと手を動かしている。隣に立つまで俺が入ってきたことにも気付かなかった。すごい集中力だな。


「ああ、アルツ」

「何してるんだ?」

「見てわからない?仕事よ、伝令士のね」

俺を一瞥し、また手を動かしはじめるティリエ。

報告書か何かかな。小さめの整った字が流れるように綴られていく。

「何しにきたの?」

作業をしながらティリエが尋ねてきた。

「別に、暇つぶしだよ。ロードはマグリッドとどこかに行ったし、俺がシャワーを浴びてる間にシーガンとカレイラもいなくなっちまった」

「置いてきぼりじゃない」

「可愛げないなぁ。超有能なアルツ=ディスパン男爵が折角手伝ってやろうと思って来たのに」

俺は隣に座り、きりっと顔を引き締めてみせる。ティリエは目を細めて俺を見ていたが、作業をやめて意地悪そうに笑った。

「それは光栄だわ。そうね、じゃあこれとこれに目を通してくれる?昨年の首都の出来事の報告書よ。それを私が書いたイラニドロの報告書と照らし合わせて…」

「あれ、おかしいな。急に目眩が」

不利な冗談は早めに降参するに限る。この旅の間に俺が字の勉強をする暇があったと思うか?勿論ティリエもそれをご存知だ。


「それなら部屋で休んだほうがいいわ。邪魔が入らなければ明日には終わるはずよ」

完全に邪魔者扱いか。まあ、俺の暇潰しに付き合ってくれるほどティリエは暇じゃないってことだ。


ところがティリエはしおりを挟んで、ぱたんと本を閉じた。

「お茶にするわ。あなたも飲む?」

「ん?ああ、もらおうかな」

ティリエは立ち上がると、本棚に向かって歩きだした。本棚にいくつか開けられた鍵穴の一つに鍵を差し込む。するとゴトリと何かが外される音がして、本棚が僅かにスライドした。現れた壁の中には棚があり、数種類の瓶とティーセットが置かれていた。これは便利だ。


「ジャスミンティーでいい?」

「ああ」

慣れた手つきで用意を済まし、ティーセットを手に戻ってくる。

茶葉を蒸らしている間、ティリエは気の抜けた顔で頬杖をついていた。

ティリエは嫌な仕事でもないんだろうが、俺なら一日で発狂してしまいそうだ。俺は本好きな人間は頭のつくりが違うか、下手したら別種族だと思ってる。


「お茶、もういいんじゃないか?」

「あ、そうね」

ぽけっとしていたティリエが我に返る。まあお茶をいれるぐらい俺がやってもいいんだけど。

小花柄のティーポットに彼女の手が伸ばされた時だった。


バサバサバサッ


ドアが開くと同時に、同じ方向から本の落下する音が聞こえてきた。

落とした本人は不自然な姿勢で凍結している。赤い制服と対照的な青髪の青年が、俺たちを凝視したまま口をわなわなさせていた。

「お、お、お前らは…!」

「あ、お前は」

一瞬誰だかわからなかったが、派手な髪色と俺に向ける喧嘩腰な視線の持ち主は一人しか知らない。

「もしかしてダウンか!」

「もしかしなくてもダウンだ!!」

机を平手で思い切り叩き、想像以上の堅さにうずくまるダウン。成長が見られない。


しかし今度は俺の胸ぐらを掴んで、涙目のまま睨み上げてきた。どうやら俺に食って掛かるのがダウンの趣味らしい。

俺は余裕の笑みをみせる。

「よおダウン。なかなか趣味のいい仮装だな」

「誰が仮装だ!まあこれで俺が列記とした王宮研究員だってことがわかっただろ?お前とは頭脳も階級も段違いなんだってな!」

「ああ、そうだな。すごいすごい。尊敬するよ」

俺は適当に流そうとするが、そのままの勢いでダウンはぐいと顔を近づけてきた。

「それはそうと、抜け駆けはなしの約束だよな、アルツ?」

「顔が近い。何の話だ?」

「とぼけんな!ティリエと二人きりでお茶しやがって!」

「まぁまぁ、まだ何もしてないって」

「まだ!?大体なんでてめぇがここにいるんだよ!この神聖な図書館に!」

「ティリエあるところに俺あり。ロードとのクッションだって言ってなかったか?」

「意味わからんわ!」

勝手に盛り上がるダウンに思わずため息をつく。疲れるからこの辺で終わりにしたいんだけどな…。


一方口論の理由が自分にあるとはつゆ知らず、きょとんとしていたティリエは口を開いた。

「お茶が濃くなっちゃうわ。あなたも飲む?ダウン」

「ああ、もらう」

「お前な…」

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