第15話 勝率100パーセント
不幸中の幸い、シゼとウォーラは村長の家に置き去りにされていた。家は既にもぬけの殻だ。
村の正門は開けっ放しになっている。防衛という役割を捨てた分厚い扉は、もはやただのオブジェでしかない。
それを守る男たちも、家にいるようにとでも言われたんだろう。
念のため三人がかりで扉を閉めてから、俺たちは森を走った。
「やれやれ、また君たちか」
木々の隙間から現れたのは、この森では明らかに浮いたゴージャスな鎧集団。集団といっても、五、六人だったが。
ため息をついた小隊長をびしっと指差しながら、ロードが前に出る。
「おい、そこのおっさん、どういうことかキッチリ説明してもらおうか。ま、いかなる理由があろうと、俺の婚約者と親友を監禁した罪は重いぜ」
「婚約者じゃないっ!」
小隊長は指を差すという行為と目の前の痴話喧嘩、どちらもお気に召さなかったようだ。
「説明だと?君たちが、折角盗賊を退治しようとしている我々の邪魔になるからだよ」
「いい加減に上っ面だけの正義の味方はやめろよ。何を企んでるんだ?」
隊長は実に憎たらしい顔で俺を見た。
「坊や、言い掛かりにもほどがあるぞ。お嬢ちゃん、君は彼らより聞き分けがよさそうだ。閉じ込めた理由は簡単。そうでもしないと君たちがまた干渉を試みて、盗賊退治がスムーズに進まなくなるばかりか、この村を危険に晒しかねないからだ。それに我々は、君たちのような一般人を巻き込みたくないのだよ。わかるだろう?」
よく言うぜ。俺の頭を殴ったくせに。
「嘘ね」
博識で理解のある少女は、隊長の長い弁解を一言で蹴散らした。
ティリエが鞄から取り出したもの。それを見た騎士団は動揺を隠せなかった。
「これは、キト族の集落とコクヨを結ぶ森の中に落ちていたの。あなたたちは通りすがりにこの村を訪れたと言ってたわね。それなら、何故騎士団の証であるこのペンダントが、全く道を外れた森の中に落ちてるのかしら?」
騎士団は慌てて自分のペンダントを確認しはじめる。どうやら持ち主はこの中にはいないようだ。
「第二に、あなたは盗賊を追い払うためならキト族を排除してもかまわないと言ったそうね。それは可能なの?キト族と盗賊がそれぞれ四十人として、八十を相手する戦力があなたたちにあるのかしら」
隊長の顔が歪んでいく。それが焦りなのか怒りなのか、はたまた両方なのかはわからない。
ティリエは隊長一人を見据え、まるで判決を下すようかのにきっぱりと言い放った。
「最後に、国はただの人助けという暇潰しが出来るような仕事に、騎士団を使ったりしないわ」
「わかったようなことを言うな!」
感情の針が振り切ったようだ。隊長は顔を真っ赤にして怒鳴りはじめた。
「戦力が足りない?そんなもの、戦術でいくらでもカバー出来る!キト族の戦闘能力は並外れているが、相棒の化け犬がいなければ数で圧倒できると既に証明済みだ!それにやつらは自らの感覚を信用仕切っているせいで不意打ちには滅法弱い!これでもまだ不満があるかね?ははははは!」
これがティリエの決定打になってしまうなんて、隊長は夢にも思わなかったんだろう。
「まるでキト族を襲ったことがあるみたいな言い方ね。忘れたの?私たちがキト族を助けたことを」
今度は騎士団全員の顔色が変わった。
「それに今の発言には矛盾があったわ。戦力が足りないのに、人数で圧倒できるって?」
「ちっ、違う!私たちはっ!」
俺の肩を軽く叩いたのは、ぽやっとした半笑いを浮かべたロード。
「つまりどういうことだ?」
お前!森にペンダントが落ちてるのはおかしいって、お前が言ってたんじゃないか!なんで今の話とそれを繋げられないんだ?
俺は(学力的に)哀れむべき友人のために叫んでやった。森中に知れ渡ったっていいとも思った。
「つまり、騎士団と盗賊が手を組んでるってことだよっ!」
「ひっとらえろ!殺してもかまわん!!」
これが騎士団の答え。
「なるほどな、『盗賊に負けるわけがない』、それで勝率100%ですってか!」
一斉に走り出した5人の騎士団。
ロードはそれを大剣を振り回すというアクションで迎え撃った。
一気に決めようとした騎士団が慌てて下がる。目の前の男が5人の突進に一瞬たりとも怯まないことに驚いているようだ。
「ああそうだ!我々の本来の狙いはキト族の撲滅。あんな小さな村、どうなろうが知ったことではない。所詮、間接支配地域だからな!」
ボロが出始めた。ティリエが唇を噛む。
まず、盗賊がクルーガとコクヨを襲い、森を荒らす。
錯乱したクルーガが人を襲い、人は自己防衛でクルーガを殺す。
キト族が仇を討ちにコクヨを襲えば、人々はキト族への恨みを募らせる。
そこへ騎士団が現れ、盗賊の討伐は勿論、邪魔になるならキト族も排除すると言えば、コクヨは当然のごとく二つ返事。
完璧な作戦だ。俺たちがいかに邪魔だったのか、今ならよくわかる。
「そ、そんな…!」
声を上げた白髭の男は、俺たちの背後の木から半身を覗かせて、愕然としていた。
騎士団が盗賊に、自分たちの村を襲わせていた。結局利用されていただけ。小隊長の口から出た、その事実を受け止めきれずに。
「おやおや、これはコクヨの村長。聞いてしまったのなら仕方がない。平和になったコクヨの村を、せいぜい天国から見守っておやりなさい。坊やたちと共に!」
小隊長は自ら剣を抜き、ジクソーに向かって走り出した。
戦闘に縁のないジクソーが、ショックを受けた状態から逃げるという思考に切り替えられないのは仕方のない話で。
彼が無傷で村に帰るには、俺がシゼを抜いて間に入るしかなかった。
キィン!
5番隊でも小隊長だ。自分より体の大きい人間と競り合うのは、決して楽なことじゃない。
行く手を阻まれた小隊長は爆発寸前だ。
「何度我々の邪魔をする気だ、反逆者め!」
「一つの村を捨て駒にするのが正しいなら、俺たちは喜んで反逆者になってやるさ!」
なったら後が怖いけど、もう知ったことじゃない。もうやるしかない。
「ぐああああっ」
うめき声と悲鳴。ティリエ、ロード、シーガンの総攻撃を受けた騎士団は、あっという間に地面を這わされていた。
ぶつかり合い火花の散る剣を徐々に右にずらしながら、俺は小隊長を睨み上げた。
「諦めて退散しろよ。盗賊もあんたの一声で森を出て行くんだろ?じゃなきゃ、ただじゃ済ませないぜ」
それでも小隊長は勝ち誇ったように笑い、豪快に唾を飛ばしてくる。
「もう遅い、盗賊も騎士団も、とうに動き出している。どの道キト族は終わりだ!残念だったな!!」
「残念なのはあんたの頭だ!」
俺は重心を移動させて剣を捻り、切り払うと同時に小隊長の顔面を柄で思い切り殴りつけた。
「ぶぱっ」
鼻血を噴出させながら小隊長が吹っ飛ぶ。運悪く傍にあった木に頭をぶつけて、小隊長は完全に伸びてしまった。
「…でも、何故騎士団が、キト族を狙うのかしら。情報の少ないキト族を相手に、わざわざ盗賊と手を組んでまで…」
白目を剥いているソレを横目に、ティリエが呟いた。
ティリエが抱いた疑問は、俺たち皆の疑問でもある。でも、
「今は、カレイラ達が危ない」
シゼを収めた俺の言葉に3人が頷く。
盗賊以外は襲わないという俺たちとの約束のせいで、キト族が危険に晒されている。キト族が見せてくれた、厚意のせいで。
草の上にへたり込んでいたジクソーは、よろよろと立ち上がった。
「お、お前たち…」
「村長、止めるなよ。あんたには悪いけど、俺たちはキト族を助けに行くよ」
「死ぬぞ!キト族と盗賊、国との争いなんだぞ…!」
「だけど盗賊を放っておいたら、またここを襲いにくるかもしれんだろ」
ロードがハーベストを担いで言う。
「キト族とコクヨ、憎しみあっているとしても、こんな終わり方は間違っているはずですよ」
シーガンはカーツの刃をそっとなぞる。
「村の男たちを呼んできて、彼らを馬小屋にでも運んでおいて。必ず戻ってきて、私たちが後始末をするわ」
ティリエがテシンを背負う。
ガガガガガガガガガガガガッ!!
ズドォオンッ!
地響きと、耳を突くような轟音。ここから距離はあるが、十分聞こえた。
「村の方も気をつけてくれよ。あ、ちなみに正門は閉まってるけど、裏にペールの隠し扉があるんだぜ」
「な、何だと!?」
濁っていたジクソーの目の色が戻る。
それを確認して、俺たちはその場を後にした。
キト族の、彼女の無事を祈りながら。