第4話 集落
気まずいことこの上ない。
前にはカレイラとフロウ、後ろにはクルーガが俺たちを囲むように歩いている。囚人が変な動きをしたら、すぐに処刑できるようにだろう。
クルーガを切り払いながら逃げたって、それならこいつらはコクヨに行って村人を『減らす』んだろうから、逃げるつもりもなかったけど。
「…何?」
俺の視線に気付いたティリエは、いつものように怪訝そうな顔をした。
いや、キスをされて何も感じないティリエがおかしいだろ。
俺たちが気まずい原因はカレイラとティリエに他ならないが、俺はあえてなんでもないという顔を作った。
「ただ、俺たちの自己紹介がまだだなと思って」
「あら、そうね。私はティリエ=シベルオラスよ」
「長い名前だねぇ。ティリエでいい?」
「ええ」
一通り自己紹介が済むと、カレイラは俺たちの名前をぶつぶつ復唱しはじめた。
「カレイラ、俺たちをどうする気なんだ?」
逃げるつもりはないが、こんなわけのわからない森で土になるのはごめんだ。
カレイラはそれには答えずに、ティリエから受け取った青い石を俺たちに見せた。
「これはね、クオリアで何百年に一度しか採とれない希少な魔鉱石で、シトナルタとキトの友情の証なんだ。最後にそれがクオリアに渡ったのは、あたしが生まれるずっと前らしい。それを渡されたんだから、あんた達はよっぽどシトナルタに信頼されてるんだろうね。それがなかったら、規約破りなんて、長に会わせるまでもなくすぐ消しちゃうところなんだけど」
「だから、襲ってきたのはそっちだって言ったろ」
カレイラはぺろっと舌を出した。
「族長に会わせてくれるの?」
ティリエが一歩近付く。
「その石のおかげで、あたしの独断じゃ決められないからさ」
「生かすか殺すかは自分が決めるって言ってたのは?」
「コクヨの奴らに嘗められるわけにはいかないのっ」
彼女を見る限り、キト族はそんなに悪い奴らには見えない。クルーガもフロウも大人しくついてきて、今は可愛く見えるぐらいだ。
森は深く、暗くなっていく。
さっきまでくるぶしほどの高さだった草も今は腰ぐらいになっていて、掻き分けながら進まなきゃならない。顔面に跳ね返ってきた小枝を、俺は恨みを込めて力任せに折った。
「大丈夫ですか?アルツ」
「こんなの、5分もすれば治るよ」
これは自分が一番わかるんだが、俺の自然治癒力はどんどん高性能になっていた。
ちょっとした擦り傷なら半日で消え去るし、出血してもすぐに止まる。そして不思議なのは、寝てるより起きてる方が早く治ること。つまり、安静にしてなくても治るという特典がついてるってことだ。
「安心しなよ、もう森は抜けるから」
「キト族は森に住んでいるんじゃないの?」
「森だけど、森じゃないよ」
ほら、とカレイラが指したのは、地面に入った巨大な亀裂。その隙間(といっても、向こうにジャンプして渡るのは難しそうだ)は目眩がするような断崖絶壁だった。底は真っ暗でとても見えない。
試しに小石を落としてみると、遥か下の方でカツンと音がした。
「垂直じゃないし、案外降りられるよ。あ、でもティリエは女の子だし、一緒に乗せてあげる」
そういうとカレイラはひらりとフロウに飛び乗った。
「フロウに、乗る?」
国王でも出来ないような権利を手にしたティリエは、不安と疑いを含んだ表情を浮かべている。
ティリエはゆっくりフロウに近づく。おそるおそる背中の毛に触れたが、フロウは無表情だ。カレイラはティリエを勢い良く引き上げると、俺たちにウィンクした。
「アオオオ!」
二人を乗せたフロウは天に向かって吠えると、まるでウサギのように崖から飛び降りた。
「きゃああ!」
ティリエが悲鳴をあげるのも無理ない。フロウは岩肌のところどころに突き出た足場を器用に跳んでいる。クルーガもそれに続いて、岩肌を跳んだり駆け降りたりしている。
「負けるか!」
勇者ロードはハーベストを担ぎなおすと、後を追いはじめた。
俺とシーガンも続いて飛び降りる。シーガンは長身だが細身のせいで、滞空時間が若干長いような気がする。岩を跳びながら、次の足場を探す。止まったら勢いに負けて転げ落ちそうだ。足場がない、壁を三歩走って、また跳ぶ。何度も空中で足をばたつかせながら、俺はなんとか谷底に辿り着いた。
ティリエは一番安全に降りたはずなのに、一番青い顔をしていた。
見上げると、空はずっと上の方に細い棒のように見える。
そして岩肌に、無数の赤い光が。
「まさかクルーガに見下ろされる日が来るなんてな」
ロードが笑う。
崖を降りる時は気付かなかったのか、それとも俺たちの足音で集まってきたのか。クルーガは不気味な静けさを持って、不審な客を見おろしている。こんなに静かなクルーガの群れははじめて見た。
「何者だ」
突如暗闇から聞こえた、低い声。
俺たちはそれぞれの武器に手をかけた。
「カレイラだよ。ただいま、エンジ」
カレイラはフロウを二匹連れて、暗闇に進んでいく。
すると向こうからもフロウが一匹やってきた。声の主は、フロウの隣を歩いていた。
「人間の臭いがするが?」
カレイラよりさらに焼けた褐色な肌。茶色の髪に、沢山の刺青。そして…
「そうだよ。あたしが連れてきたの」
ふわふわした彼の尻尾を、カレイラは笑いながらすくいあげた。
そう、尻尾が生えている。
それだけじゃない。本来耳がある場所にも、フロウと同じ獣の耳が生えていた。
「ヒヒヒ、可笑しいな。いつからここは人間が自由に出入りできるようになったんだ?」
暗い黄金色の髪をした男が下品な笑いを浮かべながら出てくる。同じように耳と尻尾がついていた。
「ゲズリ、こいつらはお客だよ。大地の海の石を持ってたもの」
「大地の海の石だって?」
男、ゲズリの声がひっくり返る。こいつも、フロウを一匹連れている。
背の高い男、エンジは射るように俺たちを見回した。暗闇でこっちからは向こうの表情ははっきりとはわからないが、エンジにはこっちが日の下のようによく見えているようだ。
「長に会わせるのか」
「そのつもりだけど。いいでしょ?心配ならあんたもおいでよ」
カレイラは口元だけの笑みを浮かべている。
エンジはしばらく黙っていたが、やがて何も言わずに回れ右をした。ゲズリも慌てたようについていく。
「ああいう奴なんだ。悪い奴じゃないから、気を悪くしないでね」
カレイラは振り返って、小さく舌を出した。