第5話 魔鉱石
「テイルー、どこに行くんだよ」
だんだん不安になってきた。というのも、次に案内された場所は薄暗い洞窟だったからだ。さっきまではどの部屋も入り口や廊下は狭かったけど、今歩いてるところは満月を真っ二つにしたトンネルのような形をしている。横に四人ぐらい並べるほど広い。
「ニアトの最下層よ。ほら、見えた!」
テイルーが声を上げて指差す。
突然現れた場所は息を飲むほど美しかった。
やはり縦長の空間で、入り口はかなり高い。でも他の部屋にあるようなプールはなく、螺旋状の足場もない。代わりに透き通った水が浅く部屋を浸している。落ちたらただでは済まないだろう。
真っ先に目に入ったのは、真ん中にある輝く巨大なオブジェ。何本にも枝分かれしたクリスタルのようだ。それ自体が発光して、部屋全体を照らしている。その光は何色とも言えない不思議な世界を作りだしていた。
「綺麗でしょ?あれは大水晶っていうの。何百年もかけてあそこまで大きくなったそうよ」
テイルーに話し掛けられて、俺は開いたままになっていた口を閉じて頷く。
テイルーはくすっと笑うと、髪をなびかせて振り返った。
「ティリエ、テシンを貸してくれない?部屋に置いて来ちゃったの」
「え?…ええ、どうぞ」
俺と同じように世界に見入っていたティリエは、首を傾げながらウォーラを手渡す。受け取った瞬間、テイルーは驚きの表情を浮かべた。
「トーカーなのね」
「ええ。ウォーラって言うの。臆病だから、大切に扱ってあげて」
「なるほどね。トーカーはクオリアでも珍しいのよ。ウォーラ、大丈夫よ。驚かないでね」
テイルーはウォーラを持って、崖っぷちに足を投げ出した。何が始まるんだろう。
大水晶を見下ろしたテイルーは、ウォーラの片側を弾くように撫でた。ぱっと美しい七色の光が散ったかと思うと、例の光の帯が波打つように伸びる。テイルーはそれを器用にそれぞれの指で絡めとり、細い糸にして反対側に繋いだ。
テイルーの指が糸を爪弾く。ハープみたいだ。美しい音色に合わせて、テイルーが歌いはじめる。
歌詞の意味は分からない。が、澄んだ歌声に心が洗われるような気分だ。
テイルーの声は水面を滑るようでもあり、水中を泳ぐようでもあり、波そのものでもあるようだ。
すると、まるで彼女の歌に共鳴するかのように大水晶が輝きを増しはじめた。
水晶から溢れていた光が無数の筋となって、壁や天井を駆け回る。
「彼女はシトナルタ族の歌姫なんだ」
俺の背後から音もなく現われたのは、スーウォンだった。
「歌姫の唄には不可解な力があると言われている。あの大水晶も、テイルーの唄にだけ応える。どういう訳かは知らんがな」
皮肉めいた言い方だが、スーウォンの表情は穏やかだ。彼もおそらくテイルーの歌声に聞き惚れているんだろう。
「…ひょっとして、あれは魔鉱石じゃねぇのか?」
スーウォンと距離をとっていたダウンが恐る恐る尋ねた。ダウンはもっと堂々とすべきじゃないか?正しいことでもおどおどしてると疑われるってもんだ。
俺の思った通り、スーウォンは眉を潜めた。
「何故?」
「お、俺はクオリアの研究者だからな。クオリアが魔鉱石の特産地ってのは俺達の間じゃ常識だぜ?」
「そう、あれは魔鉱石よ」
答えたのは、歌うのを止めたテイルーだった。
「これから行くバリアブルーも魔鉱石の産地よ」
「知ってる、本で読んだよ」
「へえ、ダウンは物知りなのね」
ティリエが何気なくダウンを見る。ダウンは焦って目をそらしていた。
ところでバリアブルーってどんなところなんだろう。とりあえず、鉱石がとれるんだからなんかごつごつしたところなんだろうな。
ただ気になるのは、スーウォンがテイルーの同行を拒否していたことだ。
うう、また何か起こるんだろうな。もうこうなったら好奇心を駆り立てるしかない。
「で、そのバリブル?にはどうやって行くんだ?」
「なんで略した?バリアブルーだよ」
「ニアトにバリアブルーに繋がる水路がある。アグリオーシャンからも行けるが、今のアグリオーシャンを通るのは危険だろう」
「じゃあまず、何故バリアブルーを探索に行くのか知りたいわ」
ウォーラを返してもらいにティリエがテイルーに近づく。テイルーはウォーラを返しながら答えた。
「さっきも言ったように、バリアブルーは魔鉱石の産地なの。知識のある魔物なら、魔鉱石を求めて自然とバリアブルーに集まるのよ。今までも何度か魔物が来たけど、そいつらは防衛部隊が倒してたわ。でもそれは淡水に住む魔物ばかりだったのに…」
なるほど、じゃあ海水に住むリアケントやクラーケンが現われたのは、魔鉱石を手に入れるためなのか。
「それに今回は数が多い。まずは魔物が魔鉱石を狙っているのかどうかを確かめるために、明日バリアブルーに向かう」
俺に言わせれば、その前に皆で力を合わせてクラーケンを撃退したほうがいい気がする。シトナルタ族の全勢力を合わせたら、クラーケンなんて怖くない気がするんだけどな。まあその辺はシトナルタ族なりの事情があるんだろうけど。
「さて、そろそろ客人を解放しろ。部屋に案内するんだ。では、蒼き母の名のもとに」
スーウォンは杖のような物で床をトントンと叩くと、くるりと向きを変えて歩いて行った。
テイルーに分からないように、俺は安堵の表情を浮かべた。泳ぎ回って走り回って、観光は楽しいけど正直へとへとだった。
「皆疲れた?連れ回してごめんなさいね」
テイルーはそう言いながら、スーウォンにべっと舌を出した。全く反省の色が見えない。
「…なあ、シーガン」
案内された部屋はそれほど大きくなく、ティリエとロードは隣の部屋にいる。
つまり俺とシーガン、ダウンが相部屋だ。
「なんですか?アルツ」
シーガンは段差になった場所に腰掛け、いつものように静かな笑みを浮かべている。
「当然のように話が進んで聞きにくかったんだけど、魔鉱石って何だ?」
「おっ、お前そんなことも知らねぇのか!?」
「魔鉱石はその名のとおり、魔力を宿した鉱石ですよ。それを身につけると、魔法を使う手伝いをしてくれるんです」
「えっ、そんな便利アイテムがあるのか?じゃあ魔鉱石を使えば俺も魔法が…」
「おい、お前まさか見たことないのか?」
「いや、魔鉱石はあくまで魔力の補助をするだけですから、魔法を使えなければ魔鉱石を使うことは出来ないんですよ」
「じゃあ弱い魔法使いは魔鉱石を沢山身に着ければ、上級魔法を使えるようになるんじゃないか?」
「それも少し違います。魔力の上限は決まっていますから。また魔力の扱いが長けた者ほど、魔鉱石から効率よく魔力を補充することが出来ます。つまりより上級の魔法を使えるようになるのではなく、同じ魔法を楽に使えるようになるんです」
「おい、ちょっと」
「なるほどな、ありがとうシーガン」
「どう致しまして」
「おいっ!!」
勢い良く床を叩いてダウンが立ち上がった。そして再び座り込んだ。思いの外床が硬かったらしい。
「なんだよ、ダウン」
「お前、お前な!何も知らないくせに俺を無視しやがって!俺は学者だぞ!」
やれやれ、面倒くさいな。シーガンもそれをわかってか、微笑みながら眺めているだけだ。
「ああ、そうだったな。悪かったよダウン、尊敬してる」
「…お前な…」