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ALCZ  作者: 蒼巻
第一章 イラニドロの森
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第3話 月夜の狩り



夜は意地悪だ。


来るなと思えば思うほど、早くやってくるんだから。

日は沈んで、小雨はからりとあがっていた。窓の外には晴れた空から月光が降り注いでいる。



夜の狩りは遥かに危ないと思うが、クルーガは闇夜に煌々と燃える火を怖がるらしい。ちなみに対処法ってのは、火打石で脅かすことなんだとか。なるほど、子供でもできるな。


「投げたりしないでね。それだけしかないんだから」

小さな袋を手渡してから、ティリエは支度をし始めた。袋には火打石が三つ入っていた。

「いいのか?」

「貸すだけよ」

「そうじゃなくて、お前のは」

「私は松明でいいわ。それからこれ」

渡されたのは騎士が持ってそうな、少し装飾を施した剣だった。埃かぶっているけど、俺が持っていたのよりずっと綺麗だ。

「兄が使っていたものなの。古いけど、身を守るには十分だと思うわ。剣の心得はあるんでしょ?」

「あるんじゃないかな。覚えてないけど」


それより気になってるんだが、ティリエが背負ってるあれは、弓かな?

俺の記憶の片隅にある弓は、確か端と端を繋いだ弦があったような。ティリエは弦どころか、矢立すら担いでいない。おまけに弓はよくわからない装飾に、不思議な模様が描かれている。


「それ、弓矢か?」

「テシンよ」

担いでいたそれを下ろしながら、ティリエは聞いたことのない言葉を口にした。

「テシン?」

「魔器の一つ。使い方は弓矢と大して変わらないわ」

「矢は?弦もないように見えるけど」

「作るのよ」


…は?

魔器の時点でついていけなかったが、もう一回言ってくれとは言わない。聞いたところでわからないからな。


「まぁ、見ればわかるわ」

ティリエも雰囲気を読み取ってか、テシンを担ぎ直してドアを開けた。


狩りにしては随分と簡単な装備だな。ティリエは薄い上着に黒のワンピース、ようするに昼間の格好にテシンを背負い、家の外にある松明を手にしただけだ。俺は、ティリエの兄貴が昔着ていたらしい服に、使っていたらしい剣を腰にさげている。どちらにしろ、防具がない。

攻撃は最大の武器っていうけど俺には関係ないよな、なんせ最初から見学のつもりなんだから。



村と森の界の門に、長身の影が見えた。ロードだな。昼と同じ服装で、こっちに気付くとにやりと笑った。

「ティリエから聞いた。クルーガ狩りに参加したいだって?」

「ああ、まあ」

「旅人の剣の腕はどんなもんか、楽しみだな。昼間は下げてなかった剣みたいだが、そいつはお前のか?」

ロードは俺から剣に視線を移すと、柄に手をかけて抜こうとした。間にさっとティリエが入る。

「兄の剣よ」

「カリシエの?何だよ、俺には触らせてくれないくせに」

「そうね、あなたは特別なの」

聞こえのいい言葉だが、嫌味っ気はたっぷりだ。


ロードはまあいいやと溜息混じりに笑うと、門の篝火から松明を一本取った。門の向こうに広がる森は真っ暗で、気を許したら吸い込まれてしまいそうだ。闇に溶けていく二人に置いていかれないよう、俺は後に続いた。




森の中は思ったより明るかった。二人の顔は勿論、足元まではっきり見えるほどだ。真上に浮かぶ白い満月が、シャワーみたいに光を降らせくれているおかげだな。

クルーガ狩りは毎月、決まって満月の日に行うらしい。


「ところでロード!今日の見回りはどうだった!?」

突然のティリエの大声に、俺は心臓が止まりそうになった。でも何より怖かったのは、その大声に抑揚がなかったことだ。

「そうだなぁ!今日は天気もよかったし、最高だったぜ!」

「そう!ロードは雨が好きだったのね!」


なんだなんだ?

発展のない不明な会話が続く。ロードはそれなりに楽しそう(?)だがティリエに至っては何の感情も読み取れない。

「雨はいいぞ雨は!」

「…剣、抜いておいた方がいいわよ」

ティリエが肩越しに振り返り、静かに言った。俺は慌てて柄に手をかけた。ロードは大声で独り言を続ける。

…そうか、クルーガを呼んでいるのか!


「ティリエー!結婚してやってもいいぞー!」

「いい加減にしなさいよっ!!」


ティリエが声を荒げた時だ。

茂みから黒い物体が飛び出して、彼女に襲い掛かった。

それを素早くロードが切り伏せる。早過ぎる剣捌きに反応できず、クルーガは抵抗することなく真っ二つになった。

なにがなんだかわからないうちに、俺も剣を抜いていた。


ティリエは静かにテシンを構える。右手の指先をテシンの端におくと、弾くように反対側に向かって引いた。すると弾いた所からぱっと光が散って、美しく輝く光の帯が延びた。テシンを繋いだ帯を、ティリエは弓矢と同じように引く。


「静かにして。ただのクルーガよ」


ん?俺に言ったのか?ティリエは狙いを定めながら、宙に語りかけている。

限界まで引かれた帯を手放すと、帯は一瞬で束ねられ光の矢になって、一直線に茂みを貫いた。

カッと辺りが明るくなる。潜んでいたクルーガ達の姿が光にあぶり出された。

間髪入れずにロードが切り込む。確実に仕留めていく二人に、俺は全く呆気にとられていた。同じ人間とは思えない。

そして待ってもいない俺の出番は、ロードを襲っていたうちの一匹が作ってくれた。


え、ど、どうすればいいんだ!?


急に向かって来た牙を、俺は飛びのいてかわした。影が背後を通り過ぎるのを感じた。

袋をひっかきまわして火打石を探り出す。影が俺を囲む前に、俺は固い大岩にそいつを叩き付けた。

石は重々しい打撃音と共に、勢いよく火花を炸裂させた。クルーガ達は驚きの奇声をあげて飛びのく。怯んだ一匹を、俺は渾身の力で切り伏せた。骨を砕く感触がダイレクトに伝わってきた。気持ちのいいものじゃない。


その勇姿に驚いたらしいティリエは、目を丸くして俺を見ている。

どうだ、俺だってやればできるじゃないか。


「逃げろっ!!」


些細な優越感は、ロードの叫び声で吹き飛んだ。




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