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ALCZ  作者: 蒼巻
第一章 イラニドロの森
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第2話 少女と冗談

ティリエの話によると、ここ、イラニドロは首都アティルピアから随分離れた小さな村らしい。

村人はほぼ自給自足で協力しあって暮らしてるんだとか。たくましいもんだな。

小雨は休む理由にならないのか、薪割りだの収穫だのに勤しむ男達を途中何人も見かけた。


「ねえ、本当に何も覚えてないの?」


隣を歩くティリエがこちらを見た。俺は首を傾げてみせる。


「何を?」

「何をって…。…やっぱりいいわ」

深く追求することなく、ティリエは再び前を向いた。


「よく考えれば、覚えてることだってあるぜ?簡単な挨拶の仕方。食物の食べ方。あとは本の上に座るのは如何なものかとか?」

「・・・うるさいわね」

睨むと思った。単純だな。

口元がゆるみそうになったのを押さえて、俺が謝っていた時だ。


「ティリエ?今日はなんだい?」


向こうから体型のいい女性が近づいて来た。片手には大きな包みを抱えている。

「あ、メヤリおばさん」

「また何か手に入ったかい?」

「ほら、今日はこれよ」

ティリエは得意げに革袋を見せた。メヤリは中の獲物を見て、にこりと笑った。

「ひどいでしょ?」

「はは、これはひどいね。よくて200エルバってとこさ」

「いいわ、200エルバで」

メヤリは革袋を受け取ると、ポケットからコインを出してティリエにやった。

あっという間に俺の剣は金に化けた。


もの珍しそうにしていた俺を、メヤリはまじまじと見た。

「で、あんたは?見かけない格好だけど…ティリエ、恋人でもできたのかい?」


見かけない格好か。気にしてなかったけど、確かに俺はイラニドロの人達とは違う服を着ている。泥やらほつれやらで原型はよくわからないが。


俺はのんびり思考を巡らしていたが、ティリエはそれどころではなかったようだ。

「だ、誰が恋人よ!」

「そうか、そうだよねぇ。あんたにはロードという心に決めた男が…」

「その話はやめてって言ってるでしょ!?」

実に悲痛な叫びだ。このへんで勘弁してやろうと、メヤリは軽く謝って戻っていった。


「…もう」

「お前、恋人いるのか」

「いないわよ!」

むきになって言い返すティリエ。そんなに怒ってばかりいて、疲れないんだろうか。

「そんなに嫌な奴なのか?」

「嫌…っていうか、変。とにかく変な奴なの」

前を向いたまま、ティリエは素っ気なく答えた。

ま、ティリエの恋人は犬でも猫でもいいとしよう。剣は売ったし、これからどこに行くんだ?


「よっ、姫様。ご機嫌いかが?」


俺が尋ねる前に、背後から別の声が飛んできた。

ティリエが世界で1番見たくなかったものを見たような顔で振り返る。

「最高よ、ロード。あなたに会えたから。何の用?」

「誰だそいつ?」


ロードと呼ばれた男は俺を指差した。身長は遥かに俺やティリエより高く、背には長剣が収まっている。イラニドロの服装とは少し違った、制服のような上着を羽織っていた。

「ただの旅人よ。偶然ここに寄ったみたいだったから、村を案内してたの」

「そうか。やあ、若い旅人君。俺はロード=セザルグ。ティリエの婚約者だ」


ロードはにこやかに俺に握手を求めた。横にいるティリエは真っ赤になっている。照れてるのかって?とんでもない、怒りで燃えてるんだ。

「いい加減にしなさいよ!殴るわよ本気で!」

「おいおい、言い出したのはそっちだろ?」

「いつの話よっ!!」

「喧嘩はよそうぜ。どのみち今夜は二人きりなんだ」

ティリエは言葉につまる。なんか事情があるみたいだな。


そんな彼女の様子を見て、ロードは満足げに笑う。

「そんじゃまた夜に。俺は見回りがあるからな。旅人君、ごゆっくり」

ロードにつられて俺は手を振った。

ティリエは何も言わないが、去っていく長剣使いをただただ睨みつけている。




くそ、あいつのせいでどこ行くんだ?なんて聞けない雰囲気になったじゃないか。

ティリエは怒ってるというよりは…ひたすら気まずい感じだ。

「…今夜何があるんだ?」

「私とロードの結婚式って言ったら?」

「おめでとう」

「冗談じゃないわ」


やれやれ、冗談言ったのはそっちだろ。…ん?結婚式が冗談じゃない?冗談じゃないってことは本当なのか?冗談なのか?冷静に考えると訳が分からなくなるぞ。

「クルーガ狩りよ。最近妙に数が増えてきたから、減らしに行くの」

「罪もないのに?」

「増えすぎると森の食料じゃ足りなくなって、村を襲いに来るのよ。森の生態系も狂う。狩った後は生活に使ってるわ。毛皮は寒さに強いし、牙は装飾品になるし」


つまり猟みたいなもんだな。それをよそに売ったりもしてるんだろう。

「あいつと二人で行くのか?他の奴は手伝ってくれないのかよ」

「クルーガ狩りは若者の仕事なのよ。ここでは森で出くわすのなんて日常茶飯事だし、先月は私一人だったわ」

肝の座った女だな。

ティリエは細身で、剣を扱うようにはとても見えない。素手なんて考えも一瞬浮かんだが、それこそぶっ飛んでるよな。


前を向いていたティリエはちら、と俺を見た。

「あなたも来る?」

「え?」

素っ頓狂な声が出た。それはつまり狩りに招待してるってことか?

「この村に居座るのか出るのかは別としても、クルーガぐらいはどうにかできた方がいいわ。あなたはその練習になるし、狩りは人手が増えるし、一石二鳥じゃない?」

「二人きりの邪魔になるけど」

「それは今すぐ忘れて。で、来るの?来ないの?」

ふむ、見学ってのもありなのかな?

ちょっと腕を組んだ俺に、ティリエは目を細めた。

「怖いの?」

「わかったよ、行けばいいんだろ」


怖いかだって?

…怖いだろ。悪いか?お前にとってはただのクルーガなんだろうが、俺からしてみりゃ未知の生物なんだからな。

だが俺は芝居がうまかったみたいだ。何でもきやがれな表情を作ってみせると、ティリエは頼もしいわね、と零した。






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