第8話 不穏の影
盗賊の襲撃にあったはずなのに、この街はというと昨日より更ににぎやかになっていた。
あれだけやられればしばらくは来ないだろうってことなんだろうな。
俺達はアイダルからハルタに繋がる馬車を捕まえた。初めての馬車の独特な揺れが心地いい。
「アルツはいくつなんです?」
ふいにシーガンが話しかけてきた。おっと、何を聞き出そうとしてるんだろうとか一瞬考えてしまった。俺の夢の世界なのに、あまりに理不尽だ。顔に出さないように俺は聞き返す。
「何歳に見える?」
「17、8ぐらいですか」
「うん。多分それぐらいだと思う」
「多分?覚えていないんですか?」
「覚えてないんだ、これが」
ほぅ、とシーガンは不思議そうな顔をした。
「アルツはひょっとして、首都付近の出身ですか?」
「え?」
素っ頓狂な声があがった。また全然関係ない話をするんだな。興味で耳を傾けていたらしいティリエも振り返ったが、顔には?が浮かんでいる。
「違いましたか。なんとなく、イラニドロの出身ではないような気がしたんですが」
「いや…うん、イラニドロ出身ではないと思うけど」
ちらと視線を向けると、ティリエも大きく頷いた。
「なんでそんなふうに思ったんだ?」
「髪が赤毛混じりだったからですよ」
俺は思わず髪を触った。
そういえば鏡を見る機会もなかったから、髪の色なんて気にしたことがなかった。シゼを少しだけ抜いてかざすと、剣の銀色の腹の上に確かに赤茶髪の俺が映る。ティリエの明るい茶色やロードの濃い茶色とはまた違っている。ちなみに目は黄土色のような、明るい色だ。
「首都には赤毛が多いんだったかしら?」
「首都付近に赤毛の一族が住む地域があるんですよ」
「へぇ…」
頬杖を付きながら頷く俺の反応に、シーガンは違うのだと判断したらしい。だとしたら、どこの出身なのか。そんなの俺にだってわからない。
そもそもティリエもロードも俺の素性をあまり気にしないから、俺も気にしなくていいかなと思ってたんだ。気にならないといえば嘘になるけど、イラニドロのアルツでもいいかって…ルディエラに正式な住人にしてもらうように頼まなきゃ。
「アルツは不思議な人ですね」
「自分でもそう思ってるよ。歳も出身も名前も忘れたのに、こんなに真っ当に生きてるんだから」
「…記憶喪失なんですか?」
「あ、うん。そうなんだ。ティリエと会う前のことは全く覚えてないんだよ」
「お客さん達、着いたよ。ハルタ行きはここまでなんだ」
乗者がひょいと顔を覗かせた。ティリエが寝ていたロードを起こす。
ドアに近かったこともあって、俺は真っ先に馬車を降りた。
…ここがハルタなのか?随分向こうの方にアイダルが小さく見えるけど…。
足を着いたのはがらりとして土が剥き出しになった道だ。申し訳程度に生えた草も枯れかけて下を向いている。
「なんだ、ハルタまで行ってくれないのか?」
目を擦りながらロードがおりてきた。若い乗者が苦笑する。
「最近ハルタのいい噂を聞かないんだ。馬達もそうだが、動物がハルタに近づこうとしないんだとか。それにほら、ハルタに続く道、草が枯れてるだろ」
そういうことか。確かに、近くの森を示す看板にはハルタと書かれているが、さっきも言ったように森に続く道が徐々に荒れていっている。
「原因はわかっていないの?」
「さぁな。調査しに行った奴らは帰って来てないって話だ。巻き込まれるのはごめんだからこれで失礼するが、知らずに来たなら帰りも乗せて行ってやるよ」
これはもらうけど、と乗車はいい笑顔で指で輪を作る。
「ハルタってどういうところなんだ?」
「教会のある神聖な土地って本で読んだけど…詳しくは知らないわ」
うわ。この不安、どこかに吹き飛ばす方法はないかな。確かイラニドロの森に不幸を流す小さな池があったっけ。あそこで水浴びしてくるべきだった。
すると俺の後ろのでかい影が嬉しそうに言った。
「おもしろそうだな」
ああ、今更だけどお前は馬鹿だったのかロード! いや、知っていた。理解したくなかっただけだ。
「行ってみるわ」
ティリエが乗者に手を振る。シーガンも続いてついていく。
となれば俺のとるべき道は一つ。勇猛果敢な相棒シゼを腰についていくだけだ。
イラニドロの神様アイダルの女神様、どうか純粋無垢な少年をお守りください。