⑺ 私のしている事
次の日、私は予約した時刻に遅れる事なくお店に着いた。
名前を伝え、予約したテーブルに案内された。
そのテーブルに女性の後ろ姿を見た。
明里だ、私より先に着いていた。初めて見る服だ。
私が明里の正面に回って席に着こうとした時、私は一瞬固まった。
スラリとした薄い体、控えめな薄化粧、シックなドレス……3年前の記憶がよみがえる。
「あっお疲れ様です」
明里が恥かしそうな表情を浮かべて挨拶してくれた。
「あっありがとう」
「援交に見られないように装いして来ました」
「あっああ……でも高校を卒業した今、援交もないよ」
「そうですね」
明里は静かに笑っている。
「初めて見る装いに、少し驚いた」
「毎月頂いているお小遣いを貯めていましたので、おじさんとデート出来るように新調しました」
人間は、パンと水だけでは成長出来ないと私は考えている。
だから明里に対しても『衣食住』以外に人並のお小遣いを渡してきた。
明里はそれ自体、心苦しいと言っていたが、そのお小遣いを貯めて、私とデートする為の服を新調してくれたようだ。
私はオプションメニューとしてビールを頼んだ。明里はジンジャエール。
コース料理が運ばれてきた。
二人で乾杯して食事を始めた。
私は話題をひねり出して明るく振舞った。
しかし、明里との会話が弾まない。
「なんか今日のおじさん、私の更に後ろを見ているみたい」
「……明里の後ろには……誰もいないよ」
明里は振り向きもせず、まっすぐ私を見て言った。
「そぉ?」
いかん、勘のいい明里だ。色々な事を考え始めている。
・・・・・・
卒業祝いのディナーを終えて、ゆっくり歩きながら帰りの駅に向かった。
突然明里が私の左手を繋いだ。
そして私の指の間に指を入れてきた。
そうだ、今、私の左にいるのは明里だ。3年前の裕子じゃない。
裕子と歩いた時は私の左腕を掴むようにして歩いた。
その時、明里が繋いでいる私の左手を力強く握った。
「……明里さん?」
明里は握った手を上向きに返し、私の正面を向いた。
そしてゆっくりと私の胸に頭を押し付けて言った。
「私、おじさんの元フィアンセさんに、嫉妬しています」
……嫉妬?
・・・・・・
マンションへ戻り、自分の部屋へ向かおうとした時、明里に呼び止められた。
「おじさん!」
明里は真剣な眼差しを私に向けている。
「……はい」
「……」
「……何でしょう」
「以前、おじさんから貰った『お願いを1つ叶えてくれる券』高校を卒業した今、使っていいですか」
……なんだろう、あらたまって。
「はい。私の出来る事なら」
明里は私を真っ直ぐ見て、訊いた。
「私は、おじさんと一緒に、なれるでしょうか」
突然の話に、私はたじろいだ。
「その答えを下さい」
しばしの沈黙の後、私はそれに答えた。
「それは……今の私には、答えられない」
「どうしてですか!」
すかさず明里は言葉を返した。
私と明里は立ったまま、沈黙が続いた。
そして、しばらくして私は答えた。
「わかった。明里が大学を卒業したら……考える」
「……はい」
「それまでは、そのカード、明里が預かっていてくれ」
「はい。それまではこのカード、私のお守りとして預からせて頂きます」
・・・・・・
それから私は入浴を済ませ、ベッドで一人、横になっていた。
明里との同居が始まって10ヶ月になる。
布団の中で添い寝する事はあっても、その先へ踏み出す事は出来ない。
先ほど明里は自分の心を私に預けてきた。
私も明里に惹かれている。
しかし明里はまだ若い。若い頃は将来を見通せない。
本当に私と、生涯を共に過ごせるのか?
私と明里とは、一回り離れている。
価値観のズレ等、あるに違いない。
そして明里は大学生になる。
この先、良い人との出会い、普通にあるだろう。
明里が私の前から立ち去る日が、来るような気がする。
その時、私は自分を支えられるだろうか?
その後、私は立ち直れるだろうか?
溺れているのは私の方だ。
年が離れていると、臆病になる。
そして明里にとっても……このような生活、続けて良いものだろうか……。
その一方で、私は明里に大学受験を勧めた。
心の何処かで、明里を繋ぎ止めたいという気持ちがあったのだろう。
私のしている事……裏腹である。
さて、いよいよ次章から、明里さんは女子大生になります。
そしておじさんは……
次回:そんな大事なことを




