⑴ 家出女子高生
それは、会社からの帰り道だった。
その時の私は……落ち込んでいた。
私の仕事は研究開発。この仕事、運が大きく左右する。
今取り組んでいるプロジェクト、そろそろ結果を出さなければならない。
だが、問題を解決する糸口を見つける事が出来ない。
試行錯誤を繰り返す毎日が続いている。
今日もまた、夕食の弁当を買う為に自宅マンション近くのコンビニへ向かっていた。
コンビニの前で、男3人が女の子1人を囲んでいる。
女の子は制服を着ているので女子高生のようだが、男は私服の為わからない。
まあ高校生だろう。トラブっている様子もない。
私はそのまま歩いていくと、その女子高生が男達から逃げるように私の所へ走って来た。
「おじさん遅いじゃない!」
男達も私の方に向かって歩いて来た。
「おじさん、あんた、この子のなに?」
彼女は私に懇願の眼差しを向けている。
やれやれ、どうやら私は面倒事に巻き込まれてしまったようだ。
「私はこの子の叔父だが!」
少し大きな声で答えた。
「君たち、どこの高校?」
何事かと、人が遠巻きに見ている。
「チッ」
舌打ちをして男達はその場から去っていった。
「おじさん、ありがとう」
話を聞くとナンパされていたとの事。
おじさんを待っていると言ったら援交より俺たちと遊ぼうって言われた。
丁度私が通りかかったので『おじさん』と言って私の所へ逃げてきた。
男達は私を援助交際相手と思ったらしい。
私が毅然とした態度で答えた為、援交じゃなかったのかと、この場を立ち去った。
……というのが彼女の解説であった。
「まあ何にしても、今後は隙を見せないように。気をつけてね」
それだけ言い渡して私はコンビニに入った。
弁当を買って店から出ると、彼女はまだそこにいる。
「帰らないの? またナンパされちゃうよ」
そんなことを言って私はコンビニを後にした。
自宅マンションに向かって歩いていると、何故か彼女は付いてくる。
私は彼女に言った。
「……どうした? あいつら、もういないよ」
しばし沈黙が続いた。
「あの……私、帰るところないんです。一晩泊めて下さい」
……一晩泊めて下さいって?
「いや~ 後で乱暴なおじさん訪ねて来そう」
「私、怪しい者じゃありません」
彼女は私に生徒手帳の身分証を見せた。
T女子高等学校……お嬢様学校だ。
高校3年。名前は紅野明里
「お嬢様学校の生徒さんが帰るとこないって、ご両親と喧嘩でもした?」
「……」
その時、大粒の雨が降り始めた。
「あーあ、傘持ってる?」
明里は首を横に振った。
「やれやれ……私のマンション近くだから……走って走って」
雨の中、明里を連れて自宅のマンションまで走った。
彼女を部屋へ入れて、まずはバスタオルを渡した。
……家出女子高生を、部屋へ連れてきてしまった。
明里……美少女だ。
上品な顔立ち、綺麗な黒髪、すらりとしたスタイル。
こんな娘が迷いながら歩いていたら、ナンパされない訳が無い。
ここはご両親に連絡して、迎えに来てもらうのが良いだろう。
「ご両親の連絡先は?」
明里は下を向いたまま黙っている。
「じゃあ、学校に連絡する」
「学校には連絡しないで下さい!」
慌てて明里は声をあげた。
「いや、未成年の子を泊める訳いかないでしょう。本来部屋に入れた時点でアウトだから」
「雨が止んだら出ていきます。おじさんには迷惑かけません」
……出ていくと言っても、ちゃんと家へ帰るだろうか、しばらく雨は止みそうにない。
「何があったの」
明里は下を向いたまま黙っている。
「話してくれないと、私はどうしたらいいか解らないよ」
「……」
しばらくして明里は話し始めた。
明里が中学1年の時、父親は事故で他界した。
父親はそこそこの財産を残してくれた。
明里が入った学校は中高一貫で、そのまま高校へ進学した。
そして先月、明里の母親が再婚した。
明里は母親の今後を想い、独立したいと母親に相談した。
母親は再婚相手の義父と暮らす事に抵抗があると思ったようで、明里の独立を承諾した。
母親は明里が高校を卒業するまで困らないよう、父親が残した財産を渡した。
しかし、母親の再婚相手は多額の借金を抱えていた。
この事を、母親は知らない。
悪い人ではない。
友人に頼まれて保証人になり、友人の事業が失敗して多額の借金を背負う羽目になってしまった。
明里は母親からもらったお金で義父の借金を返済した。
義父は『こんなことしてもらう訳いかない』と言ったが『私がもらったお金の一部だから、私の事は心配しないで』と伝えた。
そして『お母さんの事よろしく』と伝えたら『ああもちろん』と言ってくれた。
……との事。
「でも本当は、義父の借金返済したら、もうお金なくなっちゃった」
「……どうするつもり?」
「高校の学費は年度始めに納めているから、問題は卒業までの生活費と泊まるところ」
明里はスマホを取り出して、アルバイトの情報サイトを開いた。
「住み込みで働かせてくれるところ、探している」
これだから世間知らずのお嬢様は……。
「あのねえ、今時未成年の子を身元保証人無しで住み込みで雇ってくれる所なんて、無いと思うよ」
「そうなの?」
「さあて……これからどうしましょう」
私が言うと明里は俯いてしまった。
さて、本当にどうしたものか。
明里の気持ちを汲めば、ご両親に連絡する訳にもいかない。
まして、学校に連絡する訳にもいかない。
「あの……ここで働かせてもらう事、出来ませんか?」
明里は遠慮がちに訊ねてきた。
「私、働きます。お掃除したり、お洗濯したり、お食事の用意とか、後片付けとか」
私は冷たく返した。
「洗濯は全自動だから必要ない、掃除も自動掃除機が行うから必要ない」
「あっ、だからこんなに綺麗なんだ……というより何もない……」
「必要な物以外、必要無い」
私は厳しい口調で明里に言った。
「まったく行き当たりばったりというか……コンビニから見ず知らずの男を付けてきて、一晩泊めて下さいって、私が家庭持ってたらどうすんの」
「家庭持ってたら、コンビニでお弁当買わない」
……そうなのか?
「でも、付き合ってる人がいるとか、考えないの」
「彼女がいたら、こんな何も無い部屋にならない」
……そうかもしれない。
「しかし、何で私を付けてきたの」
「おじさん、やさしそうで……良い人そうだから……」
「これだから……見ず知らずの男に泊めて下さいって、それが何を意味するのか解ってるの」
私は厳しい口調で返すと、明里はまた俯いてしまった。
やれやれ、今ここを追い出せば、この先、援交おじさんにつかまりそうだ。
私は明里に訊いた。
「ここで住み込みで働かせて下さいって……ご両親には何て報告する?」
「……大学生の、女性の先輩と……シェアハウスでアパートを借りたって報告する」
そんな事で大丈夫だろうか。
「この部屋のカギを渡します。冷蔵庫の中の食材は好きに使っていい。テーブルの上にお金を置いておくから、使った食材は補充する事。それと残りのお金で着替え等を揃えるように」
「えっ、いいの?」
「しょうがないだろう」
「私が使ったお金は、将来必ずお返しします」
「いいよ別に」
この時、私は何故、見ず知らずの子を受け入れてしまったのだろうか。
私の頭の中は、うまくいかない仕事の事で一杯だった。
このまま追い出したら、この子はこの先、どうなるのだろう……。
そんな事を考えると、何もかもが面倒だった。
まあ、生徒手帳から学校、学年、名前は解かっている。
問題を起こすような子には……みえない。
私の住んでいるマンションの間取りは2LDK。
明里には空いている1部屋を与えた。
その部屋は物置状態になっていたが、少し片付け、リビングのソファーを運んだ。
そのソファーはベッドになるソファーベッドで、明里にはそこで寝てもらう。
今は5月半ば、それほど寒くない。
予備の布団は無いのでタオルケットを渡した。
クッションにバスタオルを巻いて枕にした。
……この先、布団一式、揃えなければならないのだろうか。
制服のまま寝る訳にもいかないので、私のトレーナー上下を貸した。
トイレとバスルームの場所を教え、入浴するよう伝えた。
明里はバスルームに入った。
服を脱ぐ音、生地がこすれる音が聞こえてくる。
……いかんなー明里が脱いでいるところを想像してしまう。
そしてシャワーの音が聞こえ始めた。
……シャワーを浴びている明里を、想像してしまうではないか。
私はこの先、悩ましい日常を送る事になるのか。
何という事でしょう。
家出女子高生と同居する事になってしまいました。
社会人が女子高生に手を出したら犯罪です。
許されるのは、頭の中で叡智な妄想する事ぐらい。
いやいや、それだって、ダメでしょう!
この先、うまくやっていけるでしょうか。
是非、お付き合い下さい。
次回:まあ、こんなもんだろう




