おまけ。裏話的な。
ある晴れた日の午後、隠家的なカフェの個室で二人の貴婦人が優雅にお茶を飲んでいた。
「そろそろ、一旦・・とどめを刺してくれないかしら?」
忍んで来訪していても隠し切れない美と麗しさを醸し出す夫人の一人。
凛とした空気をまといながらも、軽やかにお茶を一口飲んで王妃がつぶやいた。
「そうね・・というよりも丁度よかったの。うちもね・・そろそろ一旦、釘を刺さなきゃいけないなと思っていたところなの。」
もう一人の夫人も、隠しきれない美しさに小さなため息で色気をまとって一言。
「「どうしようもないものね。」」
お互いの声が被ってクスクスと笑いあう。
「まぁ、そんなところが可愛いのだけれど。」
王妃は優しい笑顔でアリアナを見つめる。
「えぇ。彼は・・・国王なんて難しい仕事は誰よりも出来るのに・・恋にはお馬鹿さん。適当にが出来ない素直なうつけ者で・・・・ええ。初恋するには彼以上はいないわね。」
アリアナは懐かしむように笑って、王妃の企てに聞き入る。
「ええ、本当に。」
クスクス、ヒソヒソ。駒鳥が鳴く。
誰にも知られない静かな個室で・・そっと秘密の会合が過ぎていく。
長く生きる為に。誰よりも・・お互い、自分の幸せの為に。
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十代も終わろうかという歳に、私はこの国の王太子に嫁いで王子妃となった。
初めて彼に会ったのは、もっと若い頃の隣国での夜会。
絵に描いたような王子様で・・そして、彼の隣にはかつての婚約者がいた。
なんのことはない。それが未来の夫になるなど露ほども思わず、物語に出てくる王子様とはこういう人なんだろうなと思ったくらいだ。
それが何の因果か私と結婚する事になるなんて・・。
王族だからな・・。どうしてもお前の心のままだけで嫁がせてはやれない。
話してみたが・・まぁ・・お前がしっかりさえすれば真面目で悪くはない青年だと思ったのだ。
だけど、何かあればいつでも頼りなさい。
どうしてもの時は戻ってきて良いのだから。
私の両親も兄姉達も、不自由があっても最後まで私の幸せを諦めなくていいのだと送り出してくれた。
割り切ってはいたが、うれしかった。
不安もあるが、顔に出さないように彼の国へ・・大切な・・少しの家臣と共に行く。
私の夫となる人は、かつて大切な人を失っている。
彼は大真面目に事の真相を結婚前に話してくれた。
こんな自分だけれど必ず貴女を大切にする。貴方だけを愛するようにします・・もう間違えない。どうか・・一緒に生きてくれないだろうか・・と。
何を一国の王になろうものが・・馬鹿なことを・・なんて思っていたけれど。
確かに・・少しだけ・・悪くないと思った。
一度は間違えた人だけど。私をとてもとても・・物語の王子様の様に大切にしてくれたから。
子供を一人生んでからのある日には、彼の母である王妃様から彼の昔の真相を教えてもらった。
そして、彼の元婚約者に会ってみないかと伝えられた。
夜会の挨拶などで話した事はあるけれど、私は元婚約者の事はそこまで気にしていなかった。
何故なら、彼女の隣にはいつも黒髪の伯爵がいたから。
誰よりもお互いがお互いを必要としている・・見ているだけでわかる。誰にも入りきれない空気。
夜会でこちらに挨拶をしに来た時も、あの頃のことなど無かった様に・・臣下としての礼儀を忘れず、静かに伯爵を立てて隣で微笑んでいる。
あぁ・・そう・・夫は自分がよそ見をしている間に失恋したのね。
少しあった不安がほっと安心に変わり。
チラリと盗み見た夫の顔は諦めと・・少しの寂しさ。
うん。いい女だ。私でもそう思う。だけど・・貴方に・・ちょっと恋馬鹿の貴方に彼女は無理だわ・・。
馬鹿な男ねと思いながらも、その弱さを隠さずに私の腰を支える手をぎゅっと強めてくれる夫なのでほっとけない。
「がんばりましたね・・。」
夜会の後に苦笑しながら頭を撫でてあげれば、夫は感極まっている。
愛してる、君がいてくれてよかった。大好きだと・・1か月くらいは新婚夫婦の様にデロデロに甘やかしてくれるのだから・・・本当に素直な馬鹿なのだろう・・。
ほだされている私も大概だが・・。
ちなみに、もう一人の夫が恋をした平民の女性というのは、男爵に嫁いでいたようだ。
稀にしか会わないが、夜会で挨拶をしても・・彼女は少しだけ憂いを残したように寂しそうな顔をする。
夫はバツが悪そうな顔すらせずに、完璧な王子としてサラッと挨拶をする。
興味ないのがまるわかりで、いつもガッカリした顔を隠さず彼女は帰っていく。
・・・いやまぁそうだよね。彼女にとっては運命の恋だったろうに・・可哀想だと少し思ったのは内緒だ。
彼女の時は、夫は「勘違いしないでね。全くだ。全く何もない。」
真剣な顔で私に跪いて、また・・なぜか新婚ムーブを始める。
いや・・もう好きにしたらいいではないですか。と言いそうになるが、ほっといた。
欲しかった本と、好きな宝石の一つでも買ってもらおう。
そっと侍女に目配せをしてそれとなくカタログを渡せば、夫は嬉々として・・早く商人を呼んで一緒に選ぼうとホクホクとした笑顔を出す。
あぁ、本当にお馬鹿さん。
そんな恋馬鹿の妻の私は・・やっぱり別にそんな夫が嫌いではない。
そんな日々を過ごしていたので、義理の母である王妃様の提案に少し驚いたけれど、王女として産まれて教育された私は・・度胸だってある。まぁそこまで言うならと承諾してみた。
実際に会ってみると。丁寧な挨拶をされた後に当たり障りのない話をして・・不敬になるのは承知で真実を話すと元婚約者の彼女はこう言った。
「お馬鹿でしょ?あの人絶対素直な馬鹿だと思うの。だからもう言うけれど、私は《生まれ変っても》》今の夫を愛するわ。」
「だって、結局は私も素直な真面目馬鹿だから・・だから夫の前でしか素直に女になれない。」
「今の家族を一片たりとも損ないたくない。それが私の矜持です。」
深々と頭を下げて彼女は手をぎゅっと握っている。
遠目に見える執務室の窓から見える彼女の夫。
決して自らこちらにはこないけれど・・私に気付くとゆっくりと目礼をしてから穏やかに彼女を見つめている。
なるほど、確かにそうだと思う。
彼女の方が夫より2枚ぐらい上手だけれど、やはり彼女も馬鹿真面目なのだ。
女同士なんて色々ある・・。
彼女もこの国の主要な貴族夫人なのだから、他国から来た王女に・・こっそり少しの優越感を出しても良いだろうにそれをせずに直球で勝負してくる。
「ふふ・・・。」
なんだかおかしくなって私は彼女で良かったと思った。
「幸運ですね。」
彼女はきょとんとしてこちらを見る。
「泥棒猫や昔の恋に心を残す深淵の美人とかなら・・どうにかしてやろうと思ってましたのに。貴女は心を決めている。」
しっとりと彼女を見つめて。
「彼の残す恋が貴女で良かった。」
彼女は苦笑しながら、私は貴女様の臣下になりましょうと誓ってくれた。
彼ではなく私の臣下となることに。彼女からあの頃の夫との青い思い出に終止符を打ってくれたのだ。
やっぱりあの人に彼女は無理ね。
お馬鹿な夫に会いたくなった。きっと私にも二人の馬鹿が移ったのだろう。
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あれから色々あった。
なかなか二人目ができずに・・王女、王妃として教育されたからこそ世継ぎに悩み、真面目な夫とすれ違う。
そうなってしまえば、普段は大丈夫なのにどうしても彼女が気になってしまう。
おかしいと思いながらも、モヤモヤするくらいならと彼女に会いに行ってみれば、何の事はないとカラカラと笑いながら私の話を聞いてくれた。
素直になれなくなった私は恥をかき捨てて彼女に協力を頼むと、彼女の方も大事な夫に少しの不満もないわけではないと・・寂しそうに笑って話してくれた。
夫の若いお弟子さんの話を・・。
そしてお互い賭けに出ることにした。
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噴水の水を夫にかける彼女はとても綺麗に笑っていた。
私は夫と少し距離を置いて、彼女に会わせるよう秘密裏に動いていた。
あぁ・・無理よ、貴方では・・と。
彼女に泣きつこうとした夫を迎えにいく。
馬鹿ね。
本当に馬鹿。
夫はあれからまた良い男になった。
長い年月をかけて本当の意味で彼女と別れることができたからだろう。
どこからともなく必死に駆け付けた彼女の夫も、慢心する心を引き締めてより彼女を大切にしていると聞く。
共犯者の彼女も私もあの日の事は夫に話していない。
彼女の夫はなんとなく気付いてそうだけどね・・でもあれだけ一国の王である私の夫を睨みつけられるのだからダイジョブだと思う。
ちょっとそれから・・彼女が別荘で監禁されかけた・・と零れ聞いたけれど・・。まぁ・・うん。そうね。
良かったじゃない。と笑えば彼女は照れていたので満更でもなかったのだろう。
ゆっくりと夫と向き合えば自然と子供もできた。
夫は涙を流して喜んではしゃいでいる。
育児もしっかり手伝ってくれるし、前よりもずっと大事にしてもらっている。
全く、人騒がせで・・あほなのか馬鹿なのか良い男なのか・・はっきりしないのよ。
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「いいわよ、二人だけで良いの?」
彼女は笑いながら新しく二人の《《女性》》を迎え入れる。
あれから二人目の子供が生まれて落ち着いた時に、元婚約者の彼女に私はそっと秘密を話した。
私の国から連れてきた二人の護衛騎士。
彼らの内、一人は少し年上で高位貴族の三男として王太子の兄の側付きであった私の幼馴染・・・で初恋の人。
年頃になって私との結婚の話もあったのだけれど、彼は・・静かに私と兄にだけ告白してくれた。
自分は同性愛者であると。
私も、夫と同じく失恋していたのだ。
少しの間泣いたけれども。変わらず彼は私に誠実であった。
ほどなくして私の結婚が決まると、彼は私に・・兄から離れて私についてきてくれた。
兄もそれを承諾して快く彼を送り出した。大事な妹を頼むと。
彼は全ての事から私を守ると誓ってくれた。
愛はもらえなかったけれど、誓いをもらった。
彼の愛する人と共に。私の護衛として。
だから時折・・どうしても辛くなった時には彼にそっと抱きしめてもらっている。
それは、幼馴染のようで、兄のようで、大切な初恋の人・・。
もう恋はしていないけれど・・温かい眼差しは昔から変わらない私の大切な休憩所となった。
そして、時折。夫には見せれない涙を流す時に、彼の恋人が静かに頭を撫でてくれる。
いつでも帰れるように私達が貴女を守るからと。
初恋の人の恋人は、全てを理解して彼に付いてきており、彼と一緒に私のことも大切な存在として受け入れてくれている。
だからこそ、私はお馬鹿さんな夫を心から愛せるのだろう。
私が私でいられるように、私もまた周囲に守られているのだから。
私はこの話を夫にしていない。
私だけの秘密ではなく、初恋の彼の秘密でもあるからだ。
いつだったか、義理の母と夫の元婚約者には話した事がある。
義理の母からは自分の護衛騎士との事を教えてもらって・・少し驚いた。
そして、貞操を守りながら息子を支えてくれてありがとうとお礼を言われて・・私は同じ境遇で必死に生きてきた義理の母とより仲良くなった。
夫の元婚約者からは、この国はそこまで閉鎖的ではないからもし同じように苦しんでいる人がいるなら自分の領地で引き受けるからと朗らかに受け入れられた。
王妃として生きるには、綺麗事だけでは無理なのだから。頼ってほしいと。
お馬鹿な夫は彼女に初恋の人として愛されていた。
しょうがない人だけれど、素直で真っ正直な夫。
彼女から見れば、初恋の人でどうしようもない人なのだろう。
だから・・私の事も全力で受け入れてくれた。
色々あったけれど、この国で良かったと私は思う。
私も彼女も義理の母も、少しずるいのだと思う。
愛する人と初恋の人をしたたかに自分の人生に組み込んでいるのだから。
けれどね、それで良いとも思っているの。
だって、私の夫も彼女達の夫も妻から命を懸けて愛されているのだから。
したたかだからこそ。ずっと良い女で愛せるの。
いつだったかどこかの本で見た言葉が心に浮かんだ。
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あれから本当に色々あった。
泣きたくなるような事も、悔しいことも、努力が報われず無力感に襲われるような事も本当に沢山色々。
けれども、過ぎ去ってみればどうにかこうにか家族や友人や周囲に助けられ、助け合いながら生きてきた。
「母さん今日も行くの?」
大きくなった息子が私に呆れながら問いかける。
「ええ。友人と約束したから。」
アリアナは懐かしむように微笑んでゆっくりと従者の手を取る。
唯一無二の夫にはかなわないけれど、私のどうしようもないお馬鹿な初恋の人。
「夫も友人も先にいってしまったからね。。。仕方ないから行くのよ。」
寂しそうに、仕方なさそうに・・母は、見えない目を空に向けていた。
母は不思議と嬉しそうだった。
きっと人生なんてそんなもんなんだろう、いつでもどこでも恋はする。
アリアナはベンチに座りながら思い出す。
レイ様の大切な奥様が亡くなる少し前・・奥様は私を呼んで話してくれた。
自分の人生がそろそろ終わるので、彼を頼みたいと。
お馬鹿な王様は最後まで奥様に愛されていた。
もったいないと思う。こんな良い奥様は本当にお馬鹿な王様にはもったいない。
そう言ってたら、彼女は久しぶりに声を出して笑っていった。
「本当にね。私もそう思うわ。」
クスクス、コロコロ。いつかの様に年老いた駒鳥はベッドの側で笑いあう。
静かな足音に、おぼつかない杖の音。
少し緊張した声で、お馬鹿な初恋の王子が私に声をかける。
「お嬢さん、こんにちは。隣に座っても・・良いでしょうか?」
全く、困ったものだと私は内心で笑いながらも。くすぐったい思い出とともに私は彼を受け入れる。
「ええ、どうぞ。隣に。」
私ね、とてもずるいからね。
だから毎日忘れたふりをするの。
だって、貴方と愛を紡ぐわけにはいかないでしょ?
私にも貴方にも愛する人は一人で充分。
だから毎日はじめましてのふりをする。
もう怒ってはいないけれど、初恋の人だから。
お馬鹿さん。
こっっそりおまけの王女様目線。
と最後のアリアナ目線。
したたかだったのは女性。
最後まで仕方ない王子様は結局、みんなに愛されて。
溺愛もない。ヒーローもいない。綺麗ではないけれど、これもまた一つの人生として。
これで本当の「完」。
おまけまで読んでくれた読者の方に。感謝です。
そして、上手くいなかない事があっても、最後までその人なりの幸せが訪れる事を祈ってます。