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特別だと思っていた。

学園に入学して出会った平民出身の特待生。

自分はこの国の王子として他の学友と同じ様に平等に接してきたつもりだったのに…。


いつの間にかどこか遠慮がちな仕草…貴族にはない素直な表情…努力家なところ…。

そんな彼女を目で追うようになってしまっていた。

守ってあげたくて、側にいたくて…。



自分の身分を忘れたわけではない。

彼女とは…さりげなく二人で話をしていただけ。


婚約者を疎ましく思ったり、ないがしろにもしていない。

ましてや婚約解消をしてまで一緒になりたいだなんて…夢にも思ってもいなかった…。



ただ、ただ…許されるのであれば少しだけこの心が満たされるだけの時間が欲しかっただけ。


それだけだったんだ…。







「決定事項として伝える。お前とアリアナ嬢との婚約は解消となった。」

いつも公平で優しい父が今日は国王としての顔で厳しく私を見ている。

穏やかで聡明で優しい母は目を瞑って決してこちらを見ようとしない。

ただ…二人共に固くお互いの手を握って向かいのソファーに座っていた。


「な…何を…。」

「何を言っているのですか?私の婚約者はアリアナ以外は…。」


言ってる意味がわからなかった。


頭がクラクラして喉が渇く…。



「国王として決定事項だと言ったはずだ。お前は二週間、部屋で謹慎とする。その間に三十人の信頼できる私の部下と話をしてもらう。」

父が母の肩を優しく支えながら出ていった。



私の気持ちが混乱している間に近衛達によって部屋に連れられていった。


ガチャン。


扉に鍵をかけられる音が虚しく響く。


私が放心していると、小さい頃から側にいてくれた乳母がいて、そっとベッドで寝るように促してくれた。


「何で…私は…私は何を…?」


すがるように腰の曲がりかけた乳母を見つめる。


「ぼっちゃま…」

薄く涙の膜を目に溜めて、昔よりも小さくなった皺のある手で私の手を握ってくれた。


「ぼっちゃまは、恋をしましたね…。」

諦めた様に目を瞑って震える手で私を撫でてくれた。


「そ…それは…。でも!何もしていない!アリアナを裏切るような事は誓って何も!!!」

私はこの婚約解消の真意に気付いて慌てて起き上がった。



「えぇ…。それは誰もがわかっている事です。」

堪えきれなかったのだろう、乳母から涙がこぼれた。


「だったら…だったら何故…、」

私は信じられない思いで乳母の手をきつく握ってすがった。


「何故…?何故か…」

乳母は真っ直ぐ私の目を見て答えた。


「何故…?簡単な事です。アリアナ様から願われたからです。」

真面目で優しいアリアナが嫁いでくれるのを…子供が出来たら乳母としてまた抱かせて欲しい。

長生きしたいと…楽しみにしていた。

老乳母の哀しみの目。


「私がぼっちゃまに聞きたいです。何故…?何故…アリアナ様からぼっちゃまの気持ちを優先させて欲しいとまで言わせたのですか…?何故…?なんで…?」

堪えきれなかったのだろう乳母は小さく嗚咽をあげながら泣いてしまった。


「…気付いて…。」

私は決して誰にも気付かれないように、彼女とは…同じ役員をした時の少しの時間だけしか話していなかったのに。

そう…私は彼女と話していただけだ…。



老乳母は哀しそうに微笑んで息がもれるように掠れて言った。


「何故…?気付かれないと思ったのですか…?国の為に、貴方の為にと育てられたアリアナ様が…どうして貴方の心に気付かれないと思うのです…?」


私は顔から血の気が引いていった…。


「アリアナ様は真面目で優しくて…そしてぼっちゃまの心を誰よりも大切に思って側にいて努力をしていた。」


「だから、誰よりも一番にアリアナ様が気付いたのです。」


「何故…?」



私はもう何も言えなかった…。






あれからもう一度、父が私の部屋に来た。


私は…必死にどうしてもアリアナと話をさせて欲しい。

謝らせて欲しい。

結婚はアリアナとしか考えられない。

生涯をかけて彼女を大切にして償いたいと…。

子供の様に足にすがって懇願した。



父の手が優しく私の肩に手を置いた。


「これから三十人の私の信頼出来る部下の話を聞きなさい。」


私はすがる思いで父を見上げて…。

「な…何を…?」


「三十人の部下には固く守秘義務を密命している。お前と話した内容は決して外には漏らさないと、魔法誓約をさせている。」

父が真っ直ぐ私を見て誓わせた。

「だから、決してお前も彼等の話す内容を漏らすな。」


「彼等の大切な心の内をお前にだけ話してもらう。お前はそれを心に留めよ。一生に一度の心の内を聴かせてもらえ。」



父はそれだけ伝えて部屋を出ていった。






それから、一週間と少し…。


私は身分の高い者から普段話す事もないような汚れた者まで…。


毎日少しずつ、特別な人の事を教えて貰った。



それは…。


いつも理知的で荘厳としていた身近な官僚の救えなかった幼なじみの話だったり…。



いつも華麗に男達を魅了する。恋多き伯爵夫人の唯一落とせなかった大事な護衛の話だったり…。


政略結婚をして上手く気持ちを交わせられないまま。忙しく仕事をさせて妻を早死にさせてしまった哀しい眼をした商人だったり…。



お互いに愛人を持ちながらも、昔の仲良くしていた頃の相手が忘れられない子爵だったり…。


スラム育ちで…盗賊をしてもうすぐ処刑される罪人は

子供の頃にただ一度だけ優しくしてくれた死にかけの娼婦が川に捨てられていて、わけもわからず必死に引き上げて人知れず森の奥に埋めて泣いた日の事を…。


勿論、私と同じように平民と報われない恋をして…


別れた者…。

駆け落ちした者…。

愛人にしてしまった者…。



みな、ぽつりぽつりとまるで懺悔する様に話してくれた。







そして、最後に、昔から王宮の筆頭庭師の息子としてこっそり仲良く…時には兄の様にイタズラを教えてくれた彼の…たった一度の恋…。


…アリアナの事だった。

王妃教育が上手くいかず…庭の隅で泣いていたのをただ横に座ってハンカチを貸しただけだった。

たった一度、それだけだし、手に入るとも思っていない。


でも、誰かの為に必死に努力して涙を流す彼女がとても綺麗で…。


「俺、この国で良かったって思ってたよ。殿下とアリアナ様がいる国で…。」




私は…何を裏切った…?






三十人、全て聞き終えた次の日に母が部屋を訪れた。




「今日話すことは貴方には酷な事かもしれません。」

「それでも聴きますか?」


真剣な眼差しに、恐怖を覚えたが…母が私にしか…息子にしか話せない事だと悲しそうに笑ったので…思わず頷いてしまった。


母が遠い記憶を思い出す様に私の前で…

まるで知らない女性の様に語り始めた。




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