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特別なんかじゃない。

「あぁ・・これ・・なんか良くあるやつね・・。」


目が覚めたら豪華な部屋の中、大きな天蓋付きのベッドの上で金髪緑目の綺麗なお嬢さんに生まれ変わっていた。




なんてことない一日のなんてことない朝に私はおそらく・・悪役令嬢と言う名の一人の綺麗な女性になって目が覚めた。

息子も成人し、娘ももうすぐ就職する・・平凡な日常を送っていた私の次の目覚めがこれとは・・。


透き通るような綺麗な金髪が肩から垂れて揺れている。

水仕事をしたことのない白雪の様な肌に細い指の綺麗な手。

鏡を覗けば映画やモデルでも中々見る事の出来ない程の綺麗な外国人女性・・。


うーん、見事なまでになーろっぱ・・。



私は深呼吸を一つして天を仰いで一言。


「あのさ。今更、青春ってそりゃないよ・・せめて孫抱かせるまで待っててよ・・神様・・。」




そう、思い出されたのは前世の記憶。平凡で子供をある程度まで育て切った日本人女性の頃の記憶。


今の自分はこれまたテンプレートの様に高位貴族である公爵家の長女でアリアナ・ナイトハルツ


そして忘れてはならない。おまけの婚約者はこの国の第一王子殿下。

そりゃそりゃ金髪青眼の素晴らしいイケメンですよ。まぁそりゃあね。


同い年の婚約者である殿下とは程ほどの距離感で当たり障りのない学園生活を1年、共に過ごしている。


そうね。つい最近までは・・。


「まぁ・・そりゃあ政略的に婚約者を決められて初恋もまだだったのかな?17歳だもんね・・。」


そうでしょうとも、転生して記憶を取り戻すきっかけ堂々の第一位!


平民出身の特待生!純粋?で天真爛漫なお嬢さんに恋を覚え、必死に平静を装いながらも挙動不審な行動をする婚約者のレイ・アズモンド殿下と何も言えず必死に耐える私。



確か・・昨日はそんなレイ殿下の切ない恋心を影で見てしまい、ショックを受けた私は・・こっそり厨房からブランデーを一杯盗み飲んで・・・号泣しながら・・・



しながら・・・なんだっけ??


多分・・・度数の高いお酒に負けて早々に寝てしまったのでしょう・・。



しょっぺーなっぁ・・あぁ・・しょっぱい・・。


軽く頭の芯から響く頭痛はお酒に慣れない若い身体のせいだけではないのだろう。

必死で王妃教育を大詰めまで終わらせてきたアリアナの張りつめた青い心と、積もった疲れと砕けてしまった淡い恋心・・。


はぁー・・。



正直、気が重いというよりメンドクサイが勝つ。



・・・・・・。



でもまぁ、目覚めた転生者のする事と言えば・・。



やりたい様に生きる!でしょ・・。




しょうがない。じゃぁやりたい様に生きましょう!




数々の前任者達の物語があるように、私も私でやりたいようにやらせてもらう。


もうね、いい歳のおばちゃんなんて腹くくったら早いのよ。



こうして、私は数多くあるテンプレート悪役令嬢の一幕を開けたのだった。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



清々しい朝、優雅に食事をしている父、母、兄。


少し遅れて私は席に着き、鈍く痛む頭痛を我慢してゆっくりと食事を始める。



「アリアナ・・最近学校はどうですか?」


アリアナと同じ綺麗な金髪に透き通るような青い眼。中性的でありながらも銀縁の眼鏡をかけた知的で優しい兄、ミストがこちらをチラリと見ながら話し始める。


「そうですね・・。」


長男が会話を始めたのを優しく微笑みながら見つめる妖艶な美魔女母とナイスミドルの父。


幸いな事に、このナイトハルツ家は家庭仲は良い方だ。

勿論、前世の日本の様にとはいかない。貴族であるが故の矜持を持った軽い緊張感は常にある。



「まぁ・・学園生活や学習面には特に問題はありません。ただ、そろそろ殿下との婚約を解消してもらおうかとは思っております。」




「「「・・・・・。」」」


いきなりだけれどぶっこんでおきました。

だって、無駄に悩む時間は必要ないのだから。


何故なら・・もう全部済ませてきたんだもの。


前世でね。


酸いも甘いも苦いも全部。




「・・どうしてそう・・。」


まだ30代であろう綺麗なお母様が心配そうに声をかけて下さいました。



「熟考した結果の答えです。」


なんてことはない、という風に私はおいしそうに焼けてあるチキンを小さく切り分けてモグモグしながら母に笑みを向けてあげた。




普段、それはそれは所作の綺麗なお兄様のフォークから・・ベーコンがぽとんと落ちた小さな音が虚しく響く豪華な食堂。





「どういう意味かわかっているのかい?殿下とは上手くいっていると思ってたのだけれど・・何か悩み事があったのかい・・?」


この国の外交を一手に引き受ける外務大臣の父、普段は抜け目のない素晴らしい手腕を持ったナイスミドルであるが、妻と娘に少し弱い。


恐る恐る私の顔を見て困惑している。



「答えは先程の通りです。それ以上もそれ以下もありません。私の次の婚約者はまだ決めないでください。貴族の務めまで忘れたわけではありませんし、国への忠誠も王家への尊敬も今まで通りに・・。今後も国民の為、特に領民に向けて還元できるよう精進してまいります。」



「「「・・・。」」」



三人は視線を交わしながら困惑している。


「ですのでお父様、今までお世話になりました王家の皆様方や教育して下さった教師の方、支えて下さった使用人の方や騎士様方には大変申し訳ございませんが・・陛下にその旨ご連絡の上、早めに殿下に新しい婚約者を再度選別する時間をあげて下さいませ。」




「以上が、私からの報告にございます。」



あぁ・・この紅茶最高に美味しいわ・・。



あっけにとられる家族をしれっと無視して私は最後まで残さず朝食を頂いて食後の紅茶を飲みきった。


体型維持の為に食べたいものも我慢してたからね。もったいないし身体にも良くないわ。

後継を産む事が何よりも重要と言われるくせに・・身体に負担ばかりかけるような風習やファッションなんてナンセンスよ。




今まであまり我儘を言わず、勤勉で真面目だった娘のいきなりの言動にびっくりしたまま、両親は一度よく考えてみるよ・・。と食堂を退席した。


兄はそわそわと隣の席に移動してきて・・心配そうに私の手を握る。


「何があった・・?力になるから言って欲しい。」


最終学年である4年生の兄は真剣な目で私を見つめてくれる。




・・・い‥イケメン。そしてとても良い男ね・・。



この兄に無駄に心配をかける必要はないけれど、あまりごまかす事もないだろう。



「前々から考えていたことの結論ですお兄様。私と殿下ではこの先はありません。」


兄は困惑したまま妹を見つめて・・

「最近・・殿下に近づくあの特待生・・。」


兄も気付いていたのだろう。いわゆるヒロインという存在に。

あの二人はまだ始まったばかりだろうに・・それだけ兄は父と同じように抜け目のない優秀な人なのだ。



「関係ないとは言えませんがそもそもそんな事は問題ではないのです。それに対応するだけの気持ちと全てを打ち明ける信頼が・・お互いにないと言うのが私達です。」


「・・・アリアナ・・。」

いたわしげに私の頭そっと撫でて察してくれた兄様。



「・・・彼を・・殿下を嫌いになったわけでは・・。」

兄は眉尻を下げて気まずそうに聞いてくる。


「それはありません。彼は私に今でも誠実であろうとしています。そして国の為に今もたゆまぬ努力をされています。」

私は握ってくれた兄の手にそっと自分の手を重ねて兄と目を合わす。


「ただ、同じ道を歩むというのは違っていた。どちらがどうということではなく。そうであった。それだけです。」


兄はもうそれ以上何も言わず、私をそっと抱きしめてくれた。




私はそんな兄の優しさに少し涙腺が緩んでしまい・・一粒だけ涙を流した。


きっとそれはアリアナとして生きてきた中での悲しいとか苦しかったとか辛かったとかもあるだろうけれど・・

転生に気付いた今となってはそれだけではない。


ただただ人生で起きる恋に、情熱的に嫉妬したり苦しんだり心を殺すまで痛めてきた私はとうの昔の若い頃の前世の自分。


今、それが出来るかと言われたら・・出来ない。


道が違うこともある。一緒になることが全てではない。


それをもう知っているから。


恋なら・・時期を読むことも、生きる都合も考えずいきなり訪れるもの。


パートナーがいるいないでなく・・それこそ失恋した次の日でも、死にたくなった次の日でも。一瞬の時も。永遠に残る時も・・。


でも愛は違う。

愛は積み上げて向き合って行かなければできないもの。

恋している時も。恋していない時も。お互いが別の方向を向いている時も・・愛を忘れず、心に置いて生きていかなければ上手くいかないのだから。


ありきたりだけれど、愛を(はぐく)んでいける相手でないと上手くいかない。


恋できるだけでも努力できるだけでも駄目なのだ。

お互いに・・。



「殿下と私はただ違うのです。それだけです。それに気付かせる時を過ごしてくれた彼に感謝しています。」



私はそっと兄の腕のなかで呟いた。


兄は尚更、ぎゅっと私を抱きしめて。


「わかった・・。」

と一言呟いた。


この場に残っていた家の筆頭執事と侍女長がそっと部屋を出て行った。

おそらくこのまま両親に報告されるのであろう。



「寂しいよ。守ってるつもりでいたけれど、アリアナは僕よりずっと大人になっていたね。」


兄は優しく私の目元を拭いながら寂しそうに笑顔を送ってくれた。


「ええ。そうですね。そこだけは兄さまより少しだけ早く大人になったのかもしれません。」

兄をゆっくりと見上げて笑顔で答えた。



兄付きの従僕と私付のメイドがハンカチで目元を押さえている。


使用人の方達もしっかりと私達を見守っていてくれているのが良く分かる。



きっと大丈夫。家族って本当にありがたい・・。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「アリアナ・・・。」


殿下が哀しそうな痛ましそうな目でこちらを見つめている。


殿下の執務室で今だけは二人きりで話をする事を許されている。


「私は・・確かにここ数か月で・・その・・浮ついていたと思う。それは否定しない。でも・・決して・・決して君を裏切ってはいない。そして君を失うとも思っていなかっ・・。」

痛くなる程、両手を握りしめて殿下は向かいに座っている。


あれから家族でよく話あって納得してもらい、王家にこの婚約を解消してもらうようお父様が動いてくれた。


両陛下にとっても、婚約者にとっても青天の霹靂であろうけれど・・。


そこは凄腕外交官の父の手腕が見事に発揮されて、ものの数週間で無事に双方有責事項無で婚約を解消する事になった。

今回の事を教訓に殿下の婚約者はまだ決めないそうだ。


何故なら陛下からの言葉が決め手であった。

「お前にとってどれ程に恋に焦がれる思いがあったとしても、それはなにも真実ではないし特別でもない。皆に良く起きる・・皆が心に隠している思い出に一つや・・二つはある。全くもって良くある事なんだ。そう平等に誰にでもだ。」


陛下と王妃は顔を見合わせて苦笑していた。周りにいる大人もウンウンと頷いている。


殿下は・・ハッとみなの顔を見た後に、がっくりと落ち込んで謝っていたそうだ。








「殿下、私。殿下でよかったと思ってますよ。」

私は殿下に優しく微笑んでいた。


殿下はハッとした顔でこちらを向いた。


「初めて手を繋いだのも。一緒に厳しい王家の教育を受けたのも。初めてのエスコートに初めてのダンスも。全部・・私は殿・・レイ様とで良かったと思っております。」


少し苦笑気味になっていたであろう事はわかっているけれど、彼が恋した彼女に出会ってからあまり合わさる事のなかった視線を真っすぐに彼に向ける。


「!!!!そんなの・・!!!そんなの私だって・・。私だって同じだ・・。」

殿下の眼に薄らと涙が見える。


綺麗だな・・。今更ながらにちゃんと綺麗な目で見てくれるじゃない・・。



アリアナであった私は、これで充分だと思った。


「だからもうお互い謝ることもやめましょうレイ様・・。あの時間は私達だけのもので・・そしてこれから先の幸せはお互いがお互いの人となりを信じて願い合いましょう・・。」

殿下は・・そっと私の側に来て跪いて手を握ってくれる。


「アリアナ・・・アリアナ・・。」


肩を震わせながら握った私の両手にオデコをつけてただただ私の名前を呼ぶ殿下。


きっと彼もわかっているのだろう・・。恋を知って・・悩んで・・そして今、これから先の道を交える事の出来なかったお互いの時間を思って。



私は殿下の側に降りて震える肩をそっと抱きしめた。


「ありがとうございました。レイ様。」


殿下はぎゅっと私抱きしめ返して・・また震えて声も出さずに泣いている。



「レイ様。きっと、この先に道は沢山あると思うんです。だから大丈夫です。それこそ、いつかまた・・もしかしたらおじいちゃん、おばあちゃんになって私たちが恋をする事もあるかもしれないですよ。だって私たちはどちらも素敵な人だから」


「馬鹿なことを・・・アリアナ・・。私はそれこそ・・そんな未来でも構わないんだ・・君が大切だから今も・・これからも・・。」


殿下は優しく微笑んでそっと・・壊れそうな程そっと私の両方の瞼にキスを落とした。


私は黙ってそれを受け入れて。そして私も殿下の両方のほっぺたにキスを返した。


「ええ・・きっと。誰を愛しても、誰に愛されても。どうしても辛い時に少しの薬として今日の事を思い出す事ができます。」


「アリアナ・・君は本当に・・・素敵なんだ・・言えなかったけれどわからなかったけれど・・私の人生で愛している人だ。それだけは忘れないで。」


「勿論知ってます。そしてレイ様もですよ。忘れないでください。」



二人は小さく笑い合って涙を拭き合った。


幼い頃の不器用なお茶会の時の様に・・心から恥ずかしそうに笑いながら。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





こうして私の悪役令嬢転生物語は、ひと月もたたないうちに幕引きとなった。


特にざまぁもないし、元サヤでもないし。溺愛・・はこれから見つけて行こうと思うからまだわからないけれど!





え・・?なんか足りないって。




そうですね。敢えて言うなら私の経験がちょっとしたざまぁなんだと思います。



だって、殿下は恋しちゃっただけでしょう?


私は多くはないけれど何人かと恋も愛も経験したんだもの。


それこそ、浮気されたことありますし、私がよそ見したこともあるし・・・。


なんなら相手のピアスぶっ飛ばすくらい平手打ちした事もありますってば(若気の至りね☆)



そしてお互いに報われない相手と・・・触れ合わないまま離れた事もあるんです。


人生なんて綺麗事ではありませんでしたし、私も周りも未熟な子供から少しずつ大人になっていった。


ただそれだけのこと。



そして何よりも大切な子供達との時間。



この思い出だけは、元婚約者との時間でも、これから愛し合う人との時間でも、きっと必要になる。


綺麗なだけの物語ではない自分の人生なんだからってね!


だから私はこの世界で誰にも前世の事を教えることはないでしょう。


それが私の少しのざまぁだと思います。





私はこれから心の薬・・あるいは心の中でだけ休める陽だまりを持ったまま人生を歩めるのだから。








これで。一つの終幕。










あっ・・それにね!案外、男の人の方が純真ってね。報われなかった恋に夢を見てもらうのも悪くないかなって・・ちょっと意地悪もありますよ!そりゃぁね。

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