第七話 side ロロ
子供の時漠然とだが結婚出来ずに死ぬと思っていた。
大人の自分が想像出来ず幼稚でプライドばかり高い俺は反王制派の連中に毒を盛られるか自殺と見せかけ殺されるかどちらかだろうなと自覚して生きて来た。
唯一の楽しみは王宮にいる吟遊詩人の話を聞く事。
いつか王宮を出て冒険者になる。
そして剣技だけで生きていく。
密かな野心は王宮という檻に完膚なきまで叩き壊されたのは後の話である。
王宮の中で生きていくと決めたのは案外早かった。
騎士団に入るのも兄たちが入った年齢よりも早く【神童】と言われもてはやされるのもそう時間は要らなかった。
【聖剣】と言われた騎士団長から直々に教わり将来は確約されたと周りが持ち上げる頃にはもう幼稚なプライドを掲げていた子供ではなかった。
(染まったんだな俺も大人に)
子供はいつか大人になる。それに気づいた時大人に染まってしまった事だと、吟遊詩人は言っていた。空想にばかり囚われず現実を見た時、君は一歩成長し大人になりまた一歩下がって子供に戻る事も簡単に人はできる。だから大人に染まる事も童心に帰る事も悪い事ではないんだ。
思えばあの人の話はいつも唐突で突拍子もなかった。
だけど大好きだった。
あの声を聞くと眠れない夜も空想に没頭しながらいつの間にか眠ってしまっていた。
そして彼との別れも辛かった。
彼の死に際の際、一冊の真っ白な本が手渡された。
『君の軌跡を紡ぎなさい』
俺は未だにそれに何も書けずにいた。
ある時三番目の兄が結婚すると聞き何かの冗談かと思ったら本当だったので自分も覚悟をしていた。
兄の結婚相手の付き人が元冒険者、それを聞き一目話したかった。
『スミレ様は麗しいな』
『元冒険者らしいが品がある』
菫色の髪をした麗人がテラスで嫁いで来た姫、エカチェリーナだったかな? それに給仕をしている所にでくわした。
『姫様、紅茶はいかが致します?』
『姫様旦那様がお呼びです』
『姫様』
それが憧れていた冒険者の姿か。
皇帝陛下の父が、兄が結婚した事によりギルバート兄貴より先に結婚について聞いてきた。
どうせ、どうせ結婚するなら貴族や王族以外が良い。
ふと浮かんだ顔が『姫様』と楽しそうに呼ぶ彼女の顔だった。
彼女はここに来るまで魔物から姫様を守り抜きここまで来た賞賛に値する女傑だ。
きっと剣の上でも語り合う事ができ暗殺が多い宮中でも生き残れるだろう。
確かな確信があった。
(彼女は冒険者の心を忘れてなんかいない)
忠義や義に熱い彼女。
思わず、自由に生きている彼女を考えていた筈が王になった自身が側で支えてくれるなら彼女みたいな人が良いと。
自由の冒険者だった彼女が。
一人の辺境地に嫁いできた王族に忠義を尽くす姿に。
はっきりと今、自覚した。
そんな自分に多少なりとも驚き、幼き時から忠誠心の高い女性ばかり好きになっていた事に気づいた。
だが、接し方が分からず優しくしていると『つまらない』『本当は好きじゃないんでしょ』『誰にでも優しいのね』と彼女たちから離れていった。
そして今度も同じか、と落胆した。
彼女には結婚を誓う相手が居た。彼女との結婚を希望した後に気づいた事だ。
ヴァイス軍師は彼女の黒子の位置すら知っていると噂で聞いた時、女はクソだ。と誰かが言い自分もその通りだと心の中口汚く罵った。
ある者がロロ様と結婚したくなくて仕方なく寝たのでは?
と隠れ聞き自身は彼女に嫌われていて何処かで彼女に嫌われた行為をしそれが涙が出るくらい悔しくて悔しくてぐちゃぐちゃになっていった。
自分が失望し勝手に尊敬した自分勝手な自分にはお似合いの顛末だなと自嘲気味に笑った。
「女はクソだ」
真っ白な本に呪詛を綴る。
自分を守るために呟く呪詛は心に毒のように広がり蝕んでいく。
「女はクソだ」
1ページ1ページ余す事なくびっしりと紡がれていく言葉。
自身の心を守るために吐いた言葉なのにどこか苦しい。
「女はーー」
好きでもない。ただ少し気になっていた女が俺との婚約が嫌で寝た事が堪らなく悔しかった。
そんなに俺は男としてダメなのか。
そんなに俺は嫌われる事をしたのか。
王族なのに。
王族なのに、嫌がられた。
神童と呼ばれた時でさえ驕らなかった自分が、唯一の生まれに今すがりつきその事すら相手はどうでも良いとまさに俺が嫌だから、俺だけを嫌だからと他の男と寝た。
兄たちほどではないが【家柄】でモテてる自覚のあった俺は、その家柄すら相手にはなんのメリットも好きになる要素ではないという事に。
悔しくて悔しくてぐちゃぐちゃに泣いた。
俺が昔の俺だったなら【神童】や【鑑定】スキルでプライドを保てただろう。
ーー今の俺はまさしく。
「好きになる要素のない俺だ」
ヴァイス軍師が指導する訓練に無理矢理参加する形でヴァイス軍師を観察する。
一部の男性から憎まれはしたもののまるで悪友に接するかのような態度で軟化していく騎士団にヴァイス軍師のやり方が見て取れる。
彼に対し同情的意見も聞き批判される側が己側だとやっと気づいた。
交際している恋人を半ば掠奪のような形で奪い取り非があるのは我々の方だ。
ヴァイス軍師に対し何か問われそうになってかわした自分が恥ずかしかった。
意固地になり、意地を張り、怒りが内心にあった自分に。
怒りたいのは彼らの方だ。
だから申し訳ない気持ちを隠しヴァイス軍師に接触した。
『貴殿の型の多さ見事だ。あれだけの型と手数は並みの騎士には無理だ。誇って良い』
照れ臭いのは演技力以前に自身が彼をあまり嫌ってない事と素直な奴だなと言われる事が多いからだ。
『貴殿は人格者だな』
頰が熱い。こんなに人に認められる事が嬉しくて嬉しくてたまらないのはいつぶりだろうか? きっと吟遊詩人以来だ。
『貴殿は好きで結婚するわけではないのだろう?』
『まさか僕の気持ちを慮るのですか? よしてください』
結婚なんて必ず好きな人と出来るわけではなう。
初恋から結婚が実るわけはない。
恋人がいては勝てる見込みなんてない。
『貴殿は王族、自由な結婚は初めから無いはずだ』
ーーハハッ、覚悟してたんだけどなこれでも。
思わず口を付いて言葉が出てしまっていた。
『ハハッ、覚悟してたんだけどなこれでも』
『『俺の女を奪いやがって』くらいは言われると思ったのにな』
自身が悪役なのは自覚しているのにまだ良い人になりたがっている自分がいた。
『貴殿は優しいな』
なんで、この人を見ると話した事もないスミレ殿に言われた気になるのだろうか。
恋人は似てくる。と聞いた事がある。
きっと似た者同士なのだろう。ヴァイス軍師という人格者の恋人だ。スミレ殿もきっとそれに見合う人。
『スミレ殿は『いつか剣の上で語り合いたい』と仰っていた』
頭から離す事が出来ない言葉。彼女がもし本当に言っていたとしたら嬉しく思う。
『私も君と一戦交えたいと思っているよ』
それは、アレですか? スミレ殿の前でボコボコにして恥をかかせるというアレ。
微かな憎しみを抱きながら不自然な会話にならないよう努める。
『ハハッ、お手柔らかに』
今すぐぶっ倒しても良いんだぞ?
『自分、ヴァイス軍師の事誤解してました』
一生自身に対し誤解なりなんなりしておけば良い。
『ヴァイス軍師って実は性格かなり悪いんじゃないんですか?』
揶揄いのようで本音というよりそうであって欲しいという願いに似た本音。
ーーー人間、皆んな僕と同じだったら分かりやすいのに。
この事を言うと皆、黙って去っていった。
それが悲しかった。
〈同じ〉が欲しかった。
だからヴァイス軍師も皆んなと〈同じ〉なのだろう。
微かな期待。微かな落胆。
だけどヴァイス軍師は、
『だったら?』
動揺した。
この返しは初めてでどうすれば良いか分からないからだ。
『えっ、とくに何も。だったら良いなあって思って言っただけです』
思わず出た言葉が本音というより素面に近い。
無意識のうちに外面の仮面を被っていた自分には〈仮面〉を剥がされたに近い。
『貴殿の方こそ性格悪いと思うが』
確かにその通りだがムッとした。性格が悪くない人間なんて居ないのに。当たり前の事を当たり前のように言うので(分かってるよ! そんな事!)と怒りたくなった。
『・・・ですね、失礼しました』
正直もうスミレ殿との剣の語り合いもヴァイス軍師のせいにして放り投げたいくらいだ。
『思ってもない事を口に出すのは控えた方が良いぞ』
『逆ですよ、本音を言ったら嫌われる』
そう、人は本音や本心を隠して生きている。
だから我儘な人間なんていない。
だけど、全てを曝け出した先で得る景色があるなら。
『アナタになら自分を曝け出しても嫌わないと確信というか信頼して言ったんです』
好きな人が好きになる人に悪い奴はいない。
前までは嫌いだった言葉。
だけど話してみるとヴァイス軍師に心の底から安堵と「この人になら良いかもしれない」という気にさせてくる。
本の呪詛のページを破る。
ヴァイス軍師の妹と言われる女中のユカリ。
彼女と結婚すればスミレやヴァイス軍師とも縁が生まれる。
密やかな願いがまた生まれた。