第四話 何故私が私と付き合っている事になってるのか?
大変な事になってしまった。
氷の騎士ギルバートに女中ユカリ(氷の騎士ウォッチング用)が帝国の姿ヴァイス(帝国での地位向上のための男の姿)に惚れている事になってしまっているらしい。
誤解なんです・・・!
私が私を好きとかどこのコメディだよ!
と内心ツッコミを抑えられなかった。
とりあえず女騎士の姿で姫様の元へ行く。
朝から頭痛が痛い。
扉を開けたそこには騎士団長様と姫様が仲良く談笑していた。
おい騎士団長!
私はすぐさまメイドからテーブルに運ぶつもりの盆を私がしますから休んで下さいと労るように耳元で囁いた。
耳元で囁かれたメイドは床にペタリと耳を抑えながらへたりこむ。
魔物の部下から【麗人】と言われたくらいには人間に作り替えた姿は中性的だった。
どうぞ、と下剤入りを騎士団長の前に置く。
下手したらとんでもない事だが、流石に仕えている人が不倫したらとんでもなくヤバい。
「ありがとう」
嚥下するのを見届ける。
「どうです、我が国の紅茶は」
姫様が自慢気に言う。
残念ながら下剤入りだよ。
無味無臭のダークエルフお手製の調合だがな。
ピクリと片眉が跳ね上がる。
どうやら盛られた事に気づいたらしい。
「・・・美味しいよ」
「まあ♪」
騎士団長の殺気がドス黒いレベルにまで跳ね上がる。
私に殺気の視線を送るが気にせず通常運転。
だがこれで安易に接触して来なくなる筈だ。
「姫様、旦那様がお呼びです」
露骨に顔を顰めた姫様だが素直に応じる。
「僕も騎士団の仕事がある、ではこれで」
「・・・また、いらしてくださいね?」
姫様の声を無視し無言で扉を閉めた騎士団長。
私の『ここには来るな』というメッセージが効いたんだろう。
ロリコンなのは知っていたが、不倫はいかんぜよ。
いくら姫様が賢い方だとは言えまだ十五だ。
「それでスミレあの夫(人)がなんて?」
「え? ああ、それがですね」
仕事を終えヴァイスの姿で廊下を歩く。
行く先はヨシュアの所。
あの件がうまくいってるだろうか?
「あ、ヴァイス軍師」
扉をノックしようとしたら向こうから扉を開けられた。
拳は空振りだ。
ヨシュアにお願いをしていたのは王国の事をどれだけ帝国は把握し、半ば人質のようである王国の姫の処遇を皇帝陛下はどのようにお考えかという事を探ってほしい。
これが一つ目のお願いだった。
そうだね、と紅茶をカタンとテーブルに置く。
その手は私に肩を回した手だが今は男の姿、必ず罰は与えるが利用できるうちは見逃すつもりである。
「陛下はエカチェリーナ姫をすぐにはどうこうする気はないようです、ただ」
「ただ?」
「その人の女騎士スミレを末弟のロロにあてがう、つもりとは言ってたかな? あはは陛下が考える事は分かんないや」
私はしばらく硬直していた。
ーーけっこん?
ーー結婚?
ーー結婚!?
「ゴホン! いや、あのだな、スミレは私の、将来を誓った仲だそれは困る」
「え?」
マジでという顔に私は、
「か、彼女の黒子の位置だって知っている・・・」
ヤバい地雷を踏んだか? そう思うくらいいきなり二人が恋仲って無理あるか・・・。
ってか帝国の男女の発展の仕方なんて知らないし・・・。
「分かりました、なんとかしてみます。期待はしないでください」
ホッと胸を撫で下ろした。
若干ヨシュアの顔が赤い。
手が速いからなれているだろうとは思っていたがやはり子供だ。
その時だった。
首筋にゾクリと触られたような悪寒を感じ扉の方を振り向く。
ーーいない? 気のせいか。
「どうしたんです?」
「いや、なんでもない。気のせいだ」
何故だかその悪寒はもっとも身近な存在な気がしたのは気のせい?
ヨシュアの部屋から出てなるべく避けるようギルバートがこの時間いる場所を把握していたので奴が意外性でなければーー
「ヴァ、ヴァヴァヴァヴァヴァイス軍師様!? えっ、なんでこちらに!?」
「・・・声が裏返っているが大丈夫かい」
なんでお前はここにいるんだよ!?
訓練所の部隊に混じっていたギルバートをつまみ出し、話を聞く事にした。
確か憧れている・・・だったかな?
「・・・君は私に憧れているそうだね」
「ぅえ!? えっ!? なんで? 誰から!?」
「・・・妹だ。妹を助けてくれてありがとう」
「・・・あ! あの娘! 妹様だったんですか!? そうならそうと言えば良かったのに」
「・・・・・・驚いて言えなかったのだろう・・・なにぶん内気な娘だ。私からも礼を言う」
ボンッとギルバートは火が出たかと思うほど顔を真っ赤にした。
「い、いえ、と、と、当然の事をしたまでです・・・」
後半は尻窄みになって聞こえなかったが手を差し出す。
「?」
「・・・良かったら訓練に参加するかい」
差し出された手と顔を交互に見る。
「・・・はいっ!」
その笑顔は女子なら即落ちするほどにこやかな笑顔だった。
一瞬、私の身体は今男のはずだよな? と疑うほどの強力な一撃に。
ーーギルバートって案外素直な方だったんですね。
クラリときそうなほどの純真さには心打たれるものがある。
地獄であるはずの訓練に一人だけ花畑が咲いたような軽やかさと笑顔があった。
(氷の騎士ってヴァイス軍師にやられたはずだろ!? なんで一緒に指導受けてるんだ!? しかも)
(氷の騎士やべえ、狂ってる)
(なんだろうこの・・・認識の違いってやつ? まさしくそれだわ)
狂人でも思わず苦虫潰したような顔になる訓練に彼は笑顔のまま乗り切った。
(ある意味逸材だわ)
私は関心していた。
南行きは勿体ないほどに。
その日も王国にいる部下から情報を集めている時だった。
(つまり異常はない、いつも通りなら私から魔王様に報告するわ。それ以外で何か報告する事はあるかしら?)
(は、はい! あの、ヴァイオレット様に伝えておきたいことがーーブツッ)
ナイフが私の頰をかすめる。
まさか、私が魔王陛下の部下だとバレたか!
迷わず剣を抜く。
「誰だ!!」
カツン
ヒールを履いているのだろう。足音が床を響かせる。
「アナタは」
そこには今朝床にへたり込んだメイドがいた。
まさか、私が魔王陛下の部下だと掴んだ?
いや、精神同調は魔物にしかできないはず・・・。
彼女は何者なんだ!?
メイドは孤月を思わせるような笑みを見せていた。
「「アナタ何者?」」