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月花舞人  作者: 月森明日
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逆境に閃く剣

タイトルは「げっかぶじん」と読みます。

 ガリ……ガリ……


「……あ、またやっちゃった」


 さっき口に放り込んだばかりのぶどう味のアメ。最初は綺麗な球体だったそれも、わたしのクセにかかればたちまち小さな破片と化して口の中で溶けていく。

 

 ……要はわたしには、アメを噛み砕いてしまうクセがあるってことだ。いつもちゃんと味わって食べようって思ってるのに、気づいたらガリッというアメを砕く音が口から聞こえてる。いつからついたクセかは覚えてないけど、小さい頃は普通に舐めてたと思うしたぶんストレスによるものなんだろう。わたしの周りにはストレス源が溢れてるから。


「袋で買っといて良かったな」


 学校用のバッグの中には業務用スーパーで買っといた大量のアメが入ってる。業務用スーパーのアメは一人で食べるには量が多いけど、ろくな食事もとれてないのでアメでカロリー摂取ができると思えば買い以外の何物でもない。ただでさえ少ない小遣いを食費で今以上に圧迫するのは気が引けるから。


「……あ」


 信号が変わるのを待ってる間にスマホを見ると、また星獣が出たニュースが表示された。よくわかんないけど、またあれ出たんだな。

 なんか昔、宇宙から来た化け物星獣(せいじゅう)。星獣のせいで世界は荒らされちゃったけど、花舞器(かぶき)っていう星獣を倒せる武器があるおかげでなんとか地球は持ちこたえてるらしい。わたしは実際に見たことがないから、正直その辺はふわふわしてる。興味もないし、それに――


「……」


 ニュース記事をスクロールしていけば、あいつの写真が出てきて思わずわたしは顔をしかめた。


 《英雄》――加賀美リュウセイ。花舞器の一つ火炎槍ウェルフレアに選ばれた花舞人(かぶと)。わたしたちを守るため日々星獣と戦ってる人。……それはわかってる。けど。


(やっぱり好きになれない)


 わたしはタブをタスクキルしてスマホをまたポケットにしまった。


 わたしのことを守ってくれなかった人も、そんな奴を英雄と崇める人たちも。

 この世界のすべてが、わたしの敵に見えた。



「うわ、重役出勤ってやつ? よくこんな授業始まるギリギリに来れるよね」

「……」


 わたしが教室に入ると、いつものように従姉妹の高宮里香(たかみやりか)が嫌味ったらしく笑いながら声をかけてきた。特に何の反応も示さず自分の席に向かえば、机に油性マジックで書かれたらくがきがびっしりと埋まっている。


 死ね。役立たず。ゴミ。生きてる価値なし……。


(……そんなの、わたしが一番思ってる)


「あ、なに? もしかして傷ついた? ほんとのことしか言ってないのに? 傷つく資格なんてあんたに無いのにねぇ!」


 あはははは……。


 里香が笑えば周囲の取り巻きもくすくすと笑う。こんな様子を特に気にも留めず、他のクラスメイトたちは談笑したり教科書を読んだりと咎める人間なんていない。


 ちり、と胸の奥で何かが焦げるような音がした気がした。……何だろう、今のは。


「ちょっとー? 無視ですか、アサヒさーん?」

「……そんなことは」

「うわ、しゃべった! 相っ変わらずしみったれた声! あー聞いてると根暗が移っちゃいそう」

「ちょっとー、やめてあげなよ〜」


 やめろと言いつつも声に笑いがにじみ出てるのを隠せてない。……あぁ、やっぱり。


(この世界にわたしの味方なんていないんだ)


 胸の中を渦巻く黒い感情。これに身を委ねてしまえば、きっと楽になる。


 けれど。


――アサヒ。


 こういう時、決まって頭を過るのは去年亡くなったおじいちゃんの顔だ。


――お前は、人を守れる強い人間になるんだよ。


(……おじいちゃん)


 それがおじいちゃんの最期の言葉だった。この言葉を思い出すと、頭が冷静さを取り戻していって黒いモヤも晴れていく。


 一度深呼吸をして、わたしは席についた。里香のことなど眼中にない。こういう毅然とした態度をとり続けることで、わたしをいじめても面白くないのだと思わせるのだ。


「ホームルーム始めるぞー」


 里香はまだ何か言いたそうだったけど、担任の先生が教室に入ってきたのに気づいて慌てて席に戻った。……相変わらず優等生のフリは上手い。わたしは里香から目を逸らして先生の話を聞いていた。



(……やっと終わった)


 放課後になり、わたしは帰る準備をしていた。

 すると突然机をダンッ! と叩かれた。


「これから暇だよね?」


 案の定机を叩いたのは里香だった。不機嫌を隠そうともせず、わたしを見下ろしている。


「暇じゃないよ」

「嘘つくのやめてくれる?」

「なんで嘘ってわかるの?」

「あんたバイトやってないじゃん。それに友達もいないんだから遊ぶ相手もいないでしょ?」

「……」


 だからどうしたと言うのだろう。


「あたしが遊んであげるんだから、黙ってついてこいよ」

「嫌だよ」

「口答えとか何様なの? あたしのママがいないと住むところも決まらなかったくせに」


 その割には基本的な衣食住も確保してくれないよね。という口答えもできないまま、わたしは外に連行された。




「ここは……」


 わたしが連れて行かれたところ。そこはつい最近星獣の出現報告のあったところだ。瓦礫が積まれ、地面に穴が空いているあたり激戦が繰り広げられたのがわかる。


「里香、なんでここに――」


 連れてきたの? そう聞くよりも前に、わたしは背中を蹴られていた。地面に転がるわたしを見て、里香は満足そうに笑っている。


「あっはは! 良い気味。そこで這いつくばってれば?」


 里香は取り巻きを連れて去って行ってしまった。地面に転がって未だ起き上がれないわたしは一人残されてしまった。早く起き上がりたいけど、蹴られた場所が悪くてなかなか起き上がれない。背中は服に隠れるところだから、重点的に殴られることが多いせいだ。痛みでわたしは呻きながらなんとか立ち上がろうとするけど、やっぱり地面に倒れてしまう。


「……うっ、ぐ……」


 なんでこんなことになってるんだろう。


「わたしは、どう生きても幸せになれないのかな」


 また胸の中に黒いモヤが渦巻き始めようとしたその時。


 ドスンッ!


「……え?」


 衝撃を感じ、痛む体をなんとか無視して起き上がれば。わたしの前方には大きなクマのような見た目の星獣が立っていた。わたしの体を優に越すほどの巨体だけど背中には矢のような物が何本も刺さっていて、左目には星形の傷がついている。


「グオォォォォッ!!」


 大熊型の星獣はわたしをターゲットに定めたらしい。まっすぐ突進してくる……かと思いきや、体に力を込めると背中に刺さっていたたくさんの矢が背中を離れ、わたし目がけて飛んできた。


「うわ!」


 何本かは見当違いな方角へ飛んでいったけど、それでも残りの矢はわたしの方に飛んでくる。飛んできた矢のうち数本は避けれたけど、それでも避けきれないのもあって。矢が左肩と右足に突き刺さり、右脇腹と左足をかすめていった。


「いっ……!」


 血が溢れていく。赤い液体が滴り落ちて地面を染める。


(やばいやばいやばいどうしたらどうしたらどうしたら)


 完全にわたしの頭はパニックに陥っていた。逃げようにも負傷しているこの足で逃げ切れる自信はない。


――だったら、あいつら巻き込んじゃえば?


 わたしの頭で悪魔が囁く。


――里香たちはわたしを見殺しにしようとしたんだよ?


――きっとまだ近くにいるんだろうから、あいつらの歩いていった方角に走れば……。


――あいつらも、必然的に星獣のターゲットになるんだよ。


 ……そうだ。何を遠慮しているのだろう。

 

 だって里香たちは、傷だらけのわたしをここに置いていった。

 その上わたしは今死にそうになっている。


 なら。わたしが生き残る手段なんて――


「……っ、こっちだ化け物ッ!」


 わたしは震える足を叱咤して――里香たちが逃げた方向とは反対に走り出した。


 ……本当に何やってるんだろう、わたし。でも、死がすぐ目の前に迫ってるなら。それなら、わたしはおじいちゃんにまた会えた時胸を張れる選択肢を選びたい。


「わたしは……っ、人を守れる、強い人間に……ッ!」


 足がうまく動いてくれない。血が出てるからか頭がふらふらしてきた。星獣との距離も縮まってきている。死が、目の前に近づいてきている。


「はぁっ、はぁっ……!」


――それでも。


 わたしは地面に空いた一番大きな穴の前で立ち止まる。星獣はあと少しで追いつかれる距離まで近づいてきている。


「わたしは……ッ! 誰かを、守るんだ!!」


――そうしてわたしは穴の中に飛び込んだ。


 わたしに続いて星獣も飛び込んできたのを確認して、わたしは笑った。


「一人では死なないよ」


 穴は思ったより深くて、落ちる感覚がまだ続いてる。……あぁ、わたし死ぬんだな。何も残せないまま、わたしは……。


――本当にそれで良いの?


「……っ、良いわけ、あるかぁぁぁぁぁぁ!!」


 わたしは手を空に向かってかざす。



 

「――閃け! 閃光剣トライボルト!!」




 なんだそれ――そう自分にツッコむ間もなく、わたしの視界は光に包まれ、手には一振りの剣が握られていた。柄に薔薇の意匠が施されたそれを、わたしは咄嗟に壁に突き刺した。

 だんだん落下速度が落ちていき、最終的にわたしの体は地面に落下する直前でなんとか持ちこたえた。


「……た、助かった?」


 星獣が横を通り過ぎ、地面に体を打ち付けて動きを停止したのを確認してから、わたしもまた地面に降り立った。


「うわ、この穴相当深いな……外に戻、れ……?」


 安堵した瞬間、わたしの足はまたぐらついて。その場に倒れ込むのだった。

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