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星空列車の旅

作者: 昼月キオリ

10月。暑さが和らいだ頃。

ミサキ27歳。一人暮らし。

私は最近行き詰まっていた。

絵を描きながらバイトをして生活しているのだが、

絵が売れることはほとんどなくお金にはならなかった。

バイトを増せば良いと誰もが思うだろう。

しかし、バイトを増やせば増やすほど絵を描く時間も心の余白も無くなっていく。

最近よく思う。

いっそのこと全てを投げ出して遠い遠い世界で一人、街を歩いてみたいと。


休みの日。

旅行のサイトを見ていた私はとある文字に目を止めた。

"星空列車の旅"

気になった私はすぐにそのサイトを開いた。

"星空列車に乗って星を見に行こう"と書かれていた。

二週間後の土曜日。チケット代1500円。出発駅はここから2時間ほどかかる場所で山の方にある。

出発時間は17時。


最近遊びに行ってなかったし気分転換に行ってみよう。そう思い立った私は天気予報を確認。

晴れであることを確認するとすぐにチケットの予約をした。


当日。

星空列車と書かれた列車に乗る。

当然、他にも乗客はいた。

年齢も性別もバラバラだった。

ただ一つ共通を挙げるとするならば全員一人で来ており、疲れ果てているのか目に光がないことくらい。

そんな共通点で繋がった私たちは一言も会話をすることなく電車で運ばれていく。

ガタンゴトンと揺られているうちに眠気が襲ってくる。

1時間ほどして目を覚ました私は窓の外を見て目を見開いた。

そこに広がる風景は・・・キラキラと輝く銀河の中だった。

何かの演出?いや、そんなの予定になかった。

それにこれはどう見ても本物だ。

やがて列車が止まり扉が開く。

周りの人達の中には戸惑って列車に残る人、恐る恐る扉に向かう人、そして私みたいに好奇心の赴くままに飛び出す人。

列車から降りるとガラス越しに見ていた景色よりも遥かに綺麗だ。

何より、酸素が普通に吸えていることにも驚く。

先程は好奇心に勝てず飛び出したが、本来なら宇宙空間に生身の人間が出て行こうものなら待ち受けているのは死だ。

そんなことをぼんやり考えていると、列車の扉が閉まり走り出した。

外に出た人の中には慌てている人もいたが、私はまぁまた来るだろうと呑気に考え、この状況をすんなり受け入れていた。

というか帰れないのならばむしろ好都合だった。

何より自分が望んでいた状況が今目の前に広がっているのだから。

頭がおかしいのは自分でもよく分かっている。

天の川の上を歩いていくと街が見えた。

街は明るく、昼時といった感じだ。

古いヨーロッパを思わせる美しい街並みだ。

大きな時計塔が少し遠くに見えるが、壊れているのか針が止まっていた。

人が少ない印象があり、どこか物悲しく感じる。


街に入って一番最初に目に入ってきたカフェに入る。

赤い煉瓦で作られた小さなお店で、白い扉には黒い金属のドアノブとドアノッカーが付いている。

扉の横には白い枠で囲んである小さな窓がある。

窓からは灯りがもれていた。

家の周りに花壇がいくつかあり、花が植えられている。

名前は何だったか思い出せない。

店員「こんばんは」

出迎えてくれたのは凛とした佇まいでハスキーボイスの60代くらいの男性だった。

白いワイシャツに黒のベスト、首元には黒い蝶ネクタイを付けている。

ミサキ「こんばんは、あの・・・」

店員「何にしますか?」

ミサキ「いえ・・・少し聞きたいことがありまして・・」

店員「お客さん、初めてここに?」

ミサキ「はい」

店員「それならお茶でもどうでしょう、初めてということでお代は結構ですので」

ミサキ「え、いいんですか?じゃあお願いします・・・」

店員「紅茶かコーヒー、オレンジジュースもありますがどれにしますか?」

ミサキ「じゃあ紅茶でお願いします」

店員「分かりました」

紅茶を淹れてもらっている間、私はキョロキョロと店内を見回した。

内装も可愛いらしく、間接照明で明るさを調節されている為目に優しい。

これは寝不足の私には嬉しい。

店員「どうぞ」

ミサキ「ありがとうございます」

飲み物を一口飲むと私は話し始めた。

ミサキ「あ、あの、ここってどこですか?」

店員「ここは銀河の中にある小さな街ですよ」

ミサキ「ほ、本当に銀河の中なんだ・・・」

店員「最初はびっくりするでしょうけど次第に慣れますよ、どうぞゆっくりしていって下さい」

ミサキ「ありがとうございます」


しばらくして。

ミサキ「あの、お代は・・・」

店員「気にしなくていいですよ」

ミサキ「それなら何か手伝えることはありませんか?」

店員「ふむ・・・じゃあお店の掃除を頼もうかな」

ミサキ「分かりました!」

1時間ほどすると店員さんがお金を差し出してきた。

ミサキ「え?あ、あのこれは・・・」

私が不思議に思っていると。

店員「?お給料ですよ」

店員さんはほわほわっとした空気を纏って首を傾げながらそう言った。

ミサキ「え!?こ、こんなに頂けません!お茶も頂いたのに・・・そもそも紅茶代の分お手伝いしただけですし・・」

店員「いえいえ、紅茶は500円ですから、それを差し引いた額ですよ?」

ミサキ「差し引いた額って・・・ここってそんな時給高いんですか??」

店員「高いんですか??他の街の相場が分かりかねますがここは時給1万円が相場だから普通だと思いますよ」

ミサキ「そ、そうなんですか!?」

今日は何回驚いてるんだろう。

店員「ではお気をつけて、また困ったらいつでも来てくださいね、もちろん、困っていなくてもいつでもお待ちしていますよ」

ミサキ「ありがとうございます!ごちそうさまでした!」

店員さんは扉の前までお見送りしてくれた。

温かい紅茶を飲んで心までポカポカしている。


街を一人歩く。

時給1万円なら物価は一体いくらなんだろうと思い、街中にあるあらゆるものを見渡す。

野菜1〜15円。マグカップ30円。自転車300円。一軒家15万円。

物価がおかしなことになっている。

どう考えても平均時給と合っていない。

この街は大丈夫なんだろうか?

街を歩いていると3歳くらいの男の子に話しかけられた。

男の子「ねぇねぇお姉さん」

私は男の子の背丈に合わせてしゃがむ。

ミサキ「ん?どうしたの?」

男の子「お姉さんここに来るの初めて?」

ミサキ「うん、そうだよ」

男の子「じゃあさじゃあさ!僕と遊んでくれない?」

ミサキ「え?で、でも親御さんに聞いてからじゃないと」

得体の知れない街で知らない子どもについて行くのも危険だし

下手したら何かに巻き込まれるか誘拐犯だと思われるかもしれない。

男の子「でも、僕パパとママいないからどうしよう・・・」

男の子は"う〜ん"と人差し指を唇に当てた。

ミサキ「え、そうなの?ごめんね、お姉さん知らなくて」

男の子「ううん、気にしないで、それにね、この街に住んでる人は僕と同じような人ばかりだから」

ミサキ「そうなんだ・・・」

ということはこの街にはこの男の子みたいな境遇の人が沢山いるのかな?

私はこれ以上追求するのは野暮だと話を逸らした。

治安が悪い街には見えないし大丈夫、かな?

ミサキ「君、名前は何て言うの?」

男の子「ナツだよ!」

ミサキ「ナツ君ね」

男の子「お姉さんは?」

ミサキ「私はミサキだよ」

男の子「じゃあミサキちゃんだね!」

ミサキ「ちゃんだなんて・・・私そんな可愛い歳じゃないのに・・・」

ナツ「歳とか関係ないよ、だって僕たち友達だもん!」

ミサキ「友達・・・」

ナツ「あ、ひょっとして僕と友達って嫌だった・・・?」

ナツの眉毛が下がる。

ミサキ「そんなことないよ、とっても嬉しいよ」

ナツ「ほんと!?やったぁ!!」

無邪気に喜ぶナツ君はなんとも可愛らしい。

ナツ「あのねあのね!僕、お気に入りの場所があるんだ!一緒に行こうよ!」

ミサキ「お気に入りの場所?」

ナツ「うん!すっごく綺麗な木がある場所なんだ!」

ミサキ「へぇ、気になるな」

ナツ「じゃあ行こう!!」

ナツ君は私の手を引いて歩き出した。

15分ほど歩くと街から外れ、大きな公園にたどり着いた。

木々の中を歩いて行く。

周りが木で囲まれている為、昼間だというのに薄暗い。

正直、一人だったら少し怖い。

ナツ「この公園の奥にあるんだよ!あ、あった!」

ミサキ「わぁ・・・綺麗・・・」

ナツ君が指を刺す方に大きな木があった。

周りの木よりも高くて幹が太くて存在感がある。

そして、葉っぱの部分がところどころ青く光っている。

何とも神秘的な光景だ。

光の正体は分からなかったけれど、その光景があまりにも綺麗でつい見入ってしまう。

この木の周辺だけが明るかった。

まるで夜空をそのまま切り取ったような木だった。

ナツ「どう?凄いでしょ?」

ミサキ「うん!すっごく綺麗!連れて来てくれてありがとう!!」

ナツ「えへへ、良かった、ミサキちゃん元気になったね!!」

ミサキ「え?もしかして私が元気ないのが分かって声かけてくれたの?」

ナツ「それもあるけど誰かと一緒に遊びたかったからさ!」

ミサキ「天使か・・・」

私はナツ君の尊さに思わず両手で顔を覆った。

ナツ「ミサキちゃん?大丈夫?」

ナツ君は心配そうに私の顔を覗き込む。

ミサキ「大丈夫だよ、ナツ君のおかげで元気出たよ、ありがとう」

ナツ「えへへ!どういたしまして!!」


街中に戻ってきた私たちは繋いでいた手を離した。

ナツ「じゃあミサキちゃんありがとう!気をつけてね!」

ミサキ「うん、私の方こそありがとう、ナツ君こそ気をつけて帰ってね」

ナツ「うん!」

私は歩きだそうとして思わず振り返った。

ミサキ「あ、そうだ、もし良かったらお家まで送って・・・あれ?」

振り返ると、ナツ君の姿はどこにもなかった。

ほんの数秒目を離しただけ。足音もしていなかった。

風がさあっと吹いて頬を優しく撫でていった。

その風と共にナツ君の声が聞こえた気がした。

"ありがとう"

ミサキ「・・・そうか、ナツ君は・・」

ミサキは空を見上げた。

そこには星空が一面に広がっており、その中で大きな月がこの街を見守るように照らしていた。

この街で昼という表現が合っているのかさえ分からないが、太陽がなけれどその明るさは昼そのものだ。

ミサキ「ナツ君、ありがとう」

私はそう言うと歩き出した。

 

最初に来た場所に戻ると、電車が止まっていた。

電車には星空列車と書かれている。最初に乗ったものと同じだ。

最初は帰れなくてもいいやと思っていたはずなのに、今は一刻も早く帰って絵を描きたくて仕方がない。


22時。

私は帰ると頭の中に焼き付いて離れないあの景色を思い出していた。ナツ君と見たあの美しい景色を。

不思議な体験だったな。長いようで短い旅だった。

温かいココアを淹れて飲みながら目を瞑って鮮明に蘇ってくるあの木を絵に描いた。

ナツ君と私が手を繋いで見ている様子も添えて。

その後、私はその描いた絵をコンクールに出し、見事金賞を受賞した。


・・・。

カフェ。

店員「ふむ・・・ナツ君は彼女のおかげで願いを叶えられたようだね」

店員は独り言を呟くとコーヒーを入れ始めた。

店員「今日はナツ君の旅立ち祝いだ、砂糖とミルクを入れよう」

店員はいつもブラックで飲むのだが、"あること"が起こった日だけは甘くして飲むと決めていた。

それは、この街で願いを叶えた人が現れた時だった。

店員はある写真立てを見る。

そこには仲良く寄り添って映っている二人の姿があった。

店員と車椅子に座っている一人の女性の姿。

二人ともお揃いの指輪を左手の薬指にはめている。

店員「私はまだそちらには行けないけど気長に見守っていておくれ」

そう呟くとまるでその思いに呼応するかのようにコーヒーカップを持つ左手の指輪が優しく光っていた。


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