封印が解けそうな悪魔の再封印のための旅の途中で、家族だと思っていた人に殺されそうになった私。全てを思い出し、封印対象の悪魔と契約し“半身”となる。
上を見ると、そこにあったのは女の顔。
私が今まで、何があっても家族であると、たとえ相手に嫌われていたとしても、信じ続けていた女の……勝ち誇った顔だった。
「…………どう、して……?」
呟いたその疑問の答えは、返ってこない。
もう私は、彼女の手により……その声が届かない場所にいた。
呟いた直後の私の体はすでに、彼女達が豆粒に見えるほど遠く離れている。
前後左右ではなく、上下の距離的に……そう。私は彼女に突き落とされたのだ。
とある洞窟の中にできた、深い深い……底の見えないクレバスの中へと。
私に、この状況をどうにかできる力はない。
だから私が、クレバスの底に落ちて死ぬ……と自覚した時だった。
――うぬは、生きたいか?
どこからともなく。
姿が見えない何者かの声がしたのは。
幻聴ではないか。
一瞬そう思った。
極限の状況だから、その可能性もある。
――もう一度問おう。うぬは、生きたいか?
だけど、もう一度聞こえて。
私は寒気を覚えて……改めて、この辺境の洞窟に来た理由を思い出した。
私の国の教会から与えられた、この洞窟に大昔に封印されたという悪魔の再封印の使命の事を。
※
「あなたには、聖人としての素質があります。ぜひとも我が教会の封印執行チームに加入していただきたい」
三日前。
私の家に、教会の神父がやってきた。
その日は、月に一度行われる聖者巡礼の日。
そしてその日になぜか、その巡礼していた聖者こと神父が、私の家に立ち寄って突然そう言ったのだ。
「我々はずっと探していました。辺境の地に眠る悪魔を再封印できるほどの聖属性魔力の持ち主を。そして……私の感知能力が鈍っていなければ間違いありません。あなたは現在、その聖属性魔力……悪魔を再封印できる力を持っています」
「え、えぇええーーーーッッッッ!?!?!?!?」
私は一般人だ。
おとうさんが世界的に有名な冒険家である事を除けば。
ついでに言えば、教会と今まで全然関わってこなかった一般人だ。
弟妹の世話でこの前まで忙しくて、そんな暇なんてなかったのだ。
なのになんで私が、そんなチームのメンバーに選ばれたのだろう。
いやそれ以前に、辺境の悪魔って……まさか、小さい頃におとうさんが寝る前に読んでくれた、昔話の絵本に出てくる、一度世界を破壊した悪魔の事だろうか。
「驚くのも無理ありません。その悪魔については、我々の情報操作でただの伝説という事にしていますから」
神父は小声で、私にだけ真実を明かした。
玄関先で明かすべきではないトンデモない真実を。
「その悪魔は他者の恐怖を力に変える能力を持ってました。だからハッピーエンドな伝承として世間に広めれば悪魔のパワーアップを防げるのです。その悪魔の存在を歴史から抹消する事も考えましたが、悪魔の能力に気づいた時にはすでに世界中に悪魔の情報がばらまかれていました。いくら教会でも世界規模の情報操作は無理でした」
な、なるほど。
世界を破壊した悪魔を虚構の存在とするワケだ。
「なので私を始めとする聖職者は二度と悪魔を復活させないため、定期的に封印を施し直せる聖属性魔力の持ち主を秘密裏に探していたんです。なのでロサ・アスロガイアさん……我々の、悪魔の封印の儀式に協力してくれませんか?」
「……そういう、事なら」
というか、協力しないワケにはいかないだろう。
もしもその封印が解ければ、また世界が破壊されるかもしれない。
そして、もしもそうなったら。
今は離れて暮らしてる、私の家族は……。
※
「「あ」」
そして、悪魔封印のための長旅の準備を整えて。
指定された日に、指定された場所で、封印執行チームと合流した時だ。
私は見知った顔と再会した。
私よりも先に……私の事が気に入らないという理由で、そんな私を擁護する父に反発して家を出ていったリリィ・アスロガイアと。
※
『ひっ! な、なんですのあなた! そ、その髪と瞳の色!』
彼女と初めて会った時。
最初に言われた言葉がそれだった。
『ま、まるで昔話に出てくる魔人ですわ!』
魔人。
それは、世界を破壊した悪魔が引き連れてたという、人型で人間くらいの大きさの悪魔の事。
そして私は、この地方において暴れていたというその魔人と……似たような容姿をしてる。
黒い髪、鳶色の瞳。
そして色が濃いめの肌。
確かに色からして。
彼女が私を悪魔の関係者だと思ってもしょうがない。
だけどそれを、家族となった子に言われて……当時の私はショックを受けた。
『リリィ! お前はなんて事を言うんだ!?』
そして、リリィはいつもおとうさんに怒られていた。
『ロサはな、こことは違う場所で引き取った子なんだから、髪の色とかがこの辺りの人のそれと異なっているのは当たり前だ! 魔人と同じ容姿だ? この地方じゃそうかもしれんが、引き取った国じゃこれが普通なんだから、関係があるワケないだろう! というか、それ以前に人を見た目で判断するな!』
そう。私はおとうさんの子供じゃない。
というかリリィも、他の兄弟姉妹もおとうさんの子供じゃない。
おとうさんが旅をした国の中には、戦争中の国とかもあって。
そしておとうさんは、そんな国の戦災孤児を助けたりし続けて……今や私には、たくさんの兄弟姉妹がいるのだ。
『ッ! おとうさまのバカぁ!』
だけど、私の後に引き取られたリリィは。
価値観の違いにより、家族みんなと解り合う事ができなかった。
彼女が元々、貴族だった事も影響しているかもしれない。
それも……綺麗な印象のある白色を好み、その対極にある黒色を毛嫌いするような。そんな極端すぎる価値観を、小さい頃、両親などからすり込まれ続けたせいというのも、あるかもしれない。
だけど、彼女が住んでいた国が戦火に見舞われ。
生き残ったはいいものの、人さらいにさらわれそうになり……そこをおとうさんに助けられて、それで家族になったのに。
それでも彼女は、私とは仲良くしてくれなかった。
しかも最終的に、彼女は私の前に家出した。
いや、私の場合は家族を養うために家を出て、仕事場の近くで一人暮らしをしているんだけど。
とにかくそんな私より若い時に、リリィは一人で勝手に家を、価値観の違いから出ていってしまって……今までずっと心配していた。
そして現在。
そんな彼女に……私は再会した。
※
「君達、知り合い?」
この前、私の家に来た神父が、今日の悪魔再封印のため集められた他の聖職者や聖騎士、さらには私やリリィのように聖属性魔力を持っている男女混成の一般人のみなさんを代表して、私とリリィを交互に見ながら訊ねた。
私は「妹です」と答えようとした。
だけど、それよりも早くリリィは「この前、道ですれ違っただけです」と、顔を痙攣させながら答えた。
それを聞いて、私はショックを受けた。
どうやら、まだ彼女は私が嫌いらしい。
そして、黒髪で鳶色の瞳な私を見ても何も感じていないかのような態度の、神父達をも許せないらしい。
※
「世界中に伝わる、世界を破壊した悪魔の伝承には差異がありまして――」
いくつかの馬車に分かれて、目的地まで向かう中。
私の乗る馬車で一緒になった、私の家に来た神父が、暇つぶしのためか同乗した私を始めとする一般人のみなさんに、説明を始めた。
ちなみにリリィは、別の馬車に乗っている。
何が何でも彼女は、私とは一緒にいたくないらしい。
「――途中までは同じですが、最後、世界を破壊した悪魔に率いられた魔人は全滅しただの、怨念が今もこの世を彷徨っているだの、月へと逃げただの様々な終わり方があります。教会としては全滅ラストに情報を統一したつもりなんですが、どうやら世の中には本当の戦いはこれからだ的なラストを望む人が多いようで。そしてもしかするとそんな……悪魔を復活させようとする人がいるかもしれません。洞窟には結界が張ってありますが、一応注意をお願いしますね」
なんだか不穏な気持ちになる説明だった。
だけど同時に、聞いて損はない説明でもあった。
なぜなら世界には、そんな悪魔を崇拝する宗教があるのだから。
※
数時間かけて、目的地の前に辿り着く。
そこは、私が住んでいる町から見て北北東にあるモノ。
まるで化け物の口のように大きい、洞窟の出入口だ。
もしかして例の世界を破壊した悪魔の口なんじゃないかと思ったりもするけど、先頭に立つ聖職者のみなさんが、何やらブツブツと呟いて、洞窟の出入口に張っていた結界を解いた後に「みなさん、こっちです」と指示しながら進むので、少なくとも出入口自体には、危険な言い伝えはないらしい。
そして私達、一般人の聖属性魔力覚醒者達はゴクリと一度唾を飲んで……同時に足を踏み出した。
※
暗闇。
みんなが手に持った、魔力を糧に光る魔導具以外の明かりのない、その空間を、足を滑らせそうになりながらも進む。
そして、その中で私は。
周囲の圧迫感、もしくは世界を破壊した悪魔に、少し近づいているが故の緊張感のせいか……頭の痛みを覚えていた。
耐えられない痛みじゃない。
いわゆる片頭痛くらいの痛みだ。
だけど私は今まで、一回も病気どころか体の変調も覚えた事がない。
今回が初体験だ。
なんで今さらそれを……私は覚えているのだろうか。
ふとそんな事を疑問に思ったが、それでも私は進み続け「おっと危ない!」その途中で突然、後ろを歩いていた、男性の聖属性魔力覚醒者の方に腕を掴まれた。
いったい何が、と一瞬思ったが、すぐに掴まれた意味を理解した。
私の右足は、洞窟の足場をちゃんと踏んでいない、どころか空を切っていた。
明かりをそちらに向けると、そこにあったのは大きな……底が見えないクレバスだった。
「あ、ありがとうございます」
私は慌てて、怖気を覚えながらも命の恩人である男性にお礼を言う。
「いや、お互い気をつけよう」
男性は冷や汗をかきながらそう返した。
そしてこの時、私は気づいていなかった。
クレバスに落ちそうだった私を、リリィが睨みつけていたのに。
※
それから、三十分くらい歩き続けたものの。
神父達が言うところの『悪魔封印の儀式場』にはまだ着かなかった。
どうやらそれは、相当深い場所にあるらしい。
休憩を時々挟みながら、さらに進む。
本当にこの洞窟の中なのか、いやそれ以前に、自分達は地上へと帰れるのか……そんな不安の声が、聖属性魔力覚醒者の中から出始める中で。
「みなさん、我々は現在、目的地までの道のりを七割まで踏破しています」
私の家に来た神父が、地図を広げながら言った。
すると聖属性魔力覚醒者の内の文句を言ってたみなさんは、まだ何か言いたそうな顔をしていたけれど……渋々納得してくれた。
※
それからは、疲労との戦いだった。
世界を破壊した悪魔との前哨戦としては……地味だけど、同時にきつい。
でも私達は進んだ。
私達が動かなくちゃ……世界が再び破壊されるかもしれないから。
「よくもまぁ、そこまで頑張れるわね」
すると、その時だった。
いつの間にか、リリィが私の隣に並び……声をかけてきた。
真っ先に不安の声を上げたリリィが。
疲れているせいなのか私を睨むリリィが。
「そんなになってまで、ご主人様である悪魔を蘇らせたい?」
今も私を、魔人だと思っている。
そうとしか思えない発言をするリリィが。
「リリィ、あなたまだそんな事を言っているの?」
疲れているせいなのか。
私はさすがに、この発言には苛立ちを覚えた。
「あなたは私よりも先に家を出ていったから、それなりに苦労をして精神的に成長するかもと思いながらも、あのあと家族みんなで捜したのに……なんにも変わっていないのね。がっかりだわ。というか今や多様性の時代だというの、に――」
そして、私は気づかなかった。
疲れと、頭痛と、苛立ちのせいで。
自分の左足が、また新たに現れたクレバスに足を入れていた事に。
途端に、バランスが崩れる。
慌てて手で、何かを掴もうとする。
だけど、次の瞬間。
またしても私は気づかなかった。
ほんの一瞬だけ。
私を押したリリィの手の存在に。
「…………どう、して……?」
そして、私は――。
※
クレバスの中を落ちる途中で……聞こえてきたのは、知らない声。
状況からして、この洞窟内に封印されている、世界を破壊した悪魔の声だ。
すると同時に、疲れのせいか、悪魔と話しているという異常な状況下のせいか、それとも死を目前にしているせいなのか、私の頭の痛みが増して――。
――ッ!? よく見れば……まさか、うぬは……!
なぜか、驚いている悪魔の声がした。
いよいよ、私の耳がおかしくなってしまったのだろうか。
――これは四の五の言ってはいられぬ! すぐに『ワレと本契約する』と言え!
…………は?
いよいよ私の頭が変になってしまったのだろうか。
それも頭痛のせいで……なんて思った時だった。
私の頭痛が、さらにひどくなり……何か、何かを……思い出しそうに……!?
――すぐに言うのだ! こうして再会できたのはまさに星の巡り合わせ故よ!
――というか今すぐに言え! あの時よりも遥かに多くの被害が出るやもしれぬ状況なのだぞ、ナゴ・エリカ!
そしてその瞬間。
悪魔が誰かの名前を言った瞬間。
私の頭痛はとてつもなくひどくなり。
私は…………全てを思い出した。
「…………グラガ、ナーラ……?」
悪魔……いや。今ではそう呼ばれている、存在の真名を。
そして…………私が、何のためにこの時代にいるのかを。
「わ、たしと…………すぐに本契約をォ!!」
――うむ! 本契約、承認!
そして、私は。
いや、私と彼は――。
※
かつて私は、西暦と呼ばれていた時代を生きていた。
当時この世界では、人類の科学力によって豊かな生活を保障されていて、だから私は、これから先もこんな平和な日々が続くのだと……信じて疑わなかった。
だけど、ある日。
私のお父さん達が、平和のために研究していたモノが……正体不明の、悪い人達により盗まれて。
そして、それを用いた……世界を蹂躙するための究極の兵器が生み出されて。
惑星規模の戦争が。
惑星そのものを破壊しかねない戦争が始まって。
私は……ただただ逃げた。
私の親戚や、お父さんの友人の研究者達と一緒に。
だけど、私達に逃げ場はなかった。
お父さんが開発していたモノが規格外なほど大きいから。
元々は、この地球のために造ったハズのモノ。
規格外なくらい大きくても、不思議じゃなかった。
だけど、それでも私達は逃げた。
いつかこの戦いは終わる…………そう、信じ続けながら。
でも、そのいつが……いつ来るのか分からない。
だから私は、お父さんの友人の研究者の手によって。
その、いつかが来るまで。
冷凍睡眠カプセルに入る事になった。
お父さんの友人の研究者が研究をしていた、とある発明家も考えたという、地球そのもののエネルギーを活用する理論を基にして、理論的には半永久的に動くように改造された……冷凍睡眠カプセルに。
そして、私は――。
――冒険家であるおとうさんの手によって、その眠りから目覚めた。
だけど、眠っていた時間が物凄く長くて。
そのせいで、私の脳の一部が……冷凍時の体中の水分の膨張のせいで、損傷してしまったのか、全てを忘れていて。
名護恵梨香――私の本名さえも、思い出せなくなって。
カプセルに書かれていた、少々掠れて判読できなくなっていた中でなんとか判読できた文字――名護の、口の部分とくさかんむりから私はロサと名づけられて。
そして、最終的に……グラガナーラ。
私が眠っている間、その私の体を管理してくれていた高性能ナノマシンに、お父さんの友人の研究者が逐一送っていた、当時の戦況などのデータによると、そんな名前をつけられた兵器の声によって、私の体内のナノマシンが再起動して…………相当の頭痛が伴ったものの、それでも私は全てを思い出した。
ああ、なるほど。
私の髪色と瞳の色が……珍しい色であるワケだ。
私の周りの人種は、ほとんどみんな色白で。
髪の毛が黒くて、瞳が鳶色の人はほとんど見かけない……まるでヨーロッパ系のような人ばかりが、この、かつて日本だった場所にいる。
私も経験したあの世界規模の戦争の、生き残りの人類の末裔なのか。
それとも、ホモ・サピエンスとは繋がらないまったく新しい人類なのか。
分からないけど、とにかくこの元日本に……日本人っぽい人はもういない。
※
――まさか、うぬと再会できるとは思わなかったぞ。
「私も、再会できるとは思わなかったわ。グラガナーラ」
グラガナーラのコックピット内――本契約をした後に転移した先で、私は言う。
お父さんの共同研究者にして、お父さんと同じく、研究成果を兵器に転用された人が作った……AIの一体へと。
ちなみに、そのAIが私を知っているのは。
かつて、そのお父さんの共同研究者の部屋へと、私が遊びに行って。まだ名前を与えられていない段階だった、グラガナーラを始めとする十三体のAIと出会っていたからだ。
――いや、再会を喜んでいる場合ではないな。
「ええ、確かにそうね」
しかし、私達に時間はあまり残されていなかった。
私がグラガナーラと本契約して……彼と運命を共有する“半身”と呼ぶべき存在になって。その過程で、お互いのナノマシンの同期が済んで……さらには私の体内にあるナノマシンの影響で、私に目覚めた能力で…………全てを知ったから。
「早く、リリィ…………アイツをころさなきゃ」
※
「ああ、そんな!」
ロサがいなくなった通常ルートに残った者達は、パニック状態になっていた。
手持ちの明かり以外の明かりがない上に、自分の事で手いっぱいの人間ばかりの状況で、いきなりチームメイトの一人がクレバスに落ちたのだ。
滑落した地点へと注意を向けていたとしても、ここまで来る間に蓄積した疲労や苛立ちの影響で、たとえ誰かが誰かを突き落とす恐ろしい事件が起きたとしても、何が起こったかをちゃんと理解するのは非常に難しいだろう。
そしてそんな状況の中で、リリィはさらにうそぶく。
「慌てて手を差し伸べたのに、い、一瞬、遅かったですわ!」
自分がつらい気持ちであると、周囲に思わせるために。
その勝ち誇った顔を隠すために、両手で顔を隠すのも忘れない。
そしてその言動に、すっかり周囲は騙された。
「いいえ、あなたは悪くない!」
「これは不運な事故なんだよ!」
「こ、このクレバス……なんて深さだ」
「くっ、もっと周囲を注意していれば!」
自分を思いやる周囲の様子を感じ取り、リリィは満足感を覚えた。
出会った時から邪魔だと思っていた存在を、事故に見せかけ殺せたのだから。
こうも上手くいくとは思わなかった。
下手をすれば誰かに見られる可能性もあった。
けれど彼女は、その目撃者さえも事故に見せかけ殺せば問題ないととっくに判断していた。故にそれなりに長く悲観的な状況を演出してから、教会より与えられた任務を続行しようと思った…………その時だった。
突如、洞窟全体が震動を始め。
自分の周囲から、自分以外の人間が消えたのは。
「ッ!? こ、これは……まさか!?」
※
――特定の人物以外の人物の収容完了。
――ただちに迎撃ミサイル発射準備を開始する。
「準備ができ次第すぐ撃って。私達の痕跡を早く消さなきゃ」
あれから私とグラガナーラは、すぐに行動に移した。
まずは何の罪もない神父や聖騎士、そしてほとんどの一般人を、グラガナーラの中へと転移させ……そのまま浮上した。
その中に、リリィはいない。
いや、それ以前に……アレはリリィじゃない。
彼女に化けた、私の敵だ。
確かに、見た目だけでなく声も彼女にそっくりだ。
だけど、ナノマシンの影響で私に目覚めた超感覚と、グラガナーラが常時周囲に飛ばしているナノマシンを併用して調べれば……彼女が偽者だとすぐ看破できる。
なるほど。
リリィの家族である私に、偽者だとバレる可能性がほんの少しでもあるかもしれないから。
ずっと私を、ボロが出にくいよう無視し続けて。
あの時、私を……わざと怒らせて、周りの状況をより分かりづらくした上で突き落としたんだ。
もっと早く、この超感覚の事を思い出して使っていれば。
もっと早い段階から、何らかの対処ができたかもしれないのに……やっぱり冷凍睡眠は問題点が多い。
そして、本物の彼女がどうなったかについては……想像したくない。
なにせ、リリィに化けている相手は、いかなる手段を以てしてでも自分達を勝利させる事に躊躇いがない外道共――かつてグラガナーラ達を用いて世界を一度破壊した真の悪魔なのだから。
――了解。ミサイル創製……完了。装填開始。
だから私に、躊躇いはない。
というか私は……この時のために。
グラガナーラを始めとするAIを解放するために。
世界を破壊するレヴェルの戦争が終わるまで眠っていたのだ。
もしもこの世界にまだ、グラガナーラ達を利用しようとする勢力があるのなら。
私も、どんな手段を以てしてでも。
そんな勢力を駆逐して、グラガナーラ達……私の友達を解放する。
――装填完了。ミサイル発射。
次の瞬間。
全長が二百メートルを超える、牛を模した超巨大ロボットであるグラガナーラの背部から、多くのミサイルの発射口が現れて、そこからまるで豪雨の如くミサイルが発射された。
本当は、主砲を使ってもよかった。
だけどそれは対国武装。
オーバーキルだから使わない……とかの理由じゃない。
それを使えば、私の家族が住んでいる場所までもが焼け野原になるからだ。
だから私は、ミサイル程度で済ませた。
少なくともこれで、時間を稼げるだろう。
私達の敵が、グラガナーラの覚醒を知るまでの時間を。
次々にミサイルが、グラガナーラが眠っていた洞窟とその周辺の山々に命中し、その地形が大きく変わり始める。洞窟内にいた状態から強引に浮上をして、洞窟が崩れた時点で相手は死んだかもしれないけど……一応撃っておく。
念には念を入れて。
そして、そんなオーバーキルな光景を見て、改めて私は……グラガナーラ達巨大ロボットが、世界を破壊した悪魔だと現代に伝わっててもおかしくないと思った。
「…………やっぱりこんな力、ない方がいいよ」
――うむ。人間が使うにはすぎた力ぞ。
――だが今はまだ、そんなワレの力が必要であろう?
「ええ。まずはここからすぐに移動しながら、ナノマシンと私の超感覚を使って、私達の知る全ての事をアルバス教の神父達へ伝えて……可能であれば味方になってもらわないと。そして可能ならば……世界中に本当の歴史を広めてもらわなきゃ。あなた達の名誉のためにも」
――フッ。ワレは良い友人を持ったものよ。
グラガナーラは、少々声のトーンを上げながら言った。
なんというかこのAIは、迎撃の時以外は少々圧のある喋り方をするんだけど。
私には声だけで、なんとなく分かる。今は、少し照れてると。名前をつけられる前の頃、何度かいろいろと話しかけている内に……分かるようになったのである。
いや、それはそれとして。
私にはちょっと疑問があるんだけど。
「そういえばグラガナーラ、なんであなた、いちいち封印を施されるようになったの? あの洞窟で動けなくなっている時に、現代人に何かしたの?」
――むっ? まさか……“半身”にはなりえない、ただの冒険家な人間が来た時にちょっとからかってやったのがまずかったか?
絶対それだ。
※
洞窟の中。
それも、とてもとても深い地点に……一人の女がいた。
彼女はかつて、リリィだと思われていた女。
今やその化けの皮が、グラガナーラが豪雨の如く放ったミサイルにより剥がれてしまった女。
さらに言えば、その体は“半壊”していたのだが。
その、女の目が再び開く。
と同時に、周囲に飛び散っていた女の“破片”が動き始め……そしてそれは洞窟の隙間を移動し。
なんと洞窟の外で。
正体不明の不条理なる力により。
彼女は、一糸まとわぬ姿で復活を遂げた。
「まさか、グラガナーラが奪われるとはッ」
女――名護恵梨香の敵は拳で地面を叩いた。
己が所属する隠れ蓑の宗教組織とは敵対関係にある、この地を縄張りとするアルバス教がかけた結界を突破しグラガナーラを奪取するため、いなくなっても問題がない地元の家出少女に接触し、全てを奪った上で始末し。
さらには洞窟に突入する前に出会ってしまった、その家出少女に拷問をした際に知った家出少女の家族の一人も事故に見せかけ始末し、ついにグラガナーラを手にできると思った……その瞬間に奪取されてしまったのだ。
入念に準備をした分だけ、悔しがるのも当然だった。
「いったい、どこの誰が我々の最終兵器を奪取して!? …………まぁいい。まだ見つかっていない最終兵器は八体も残っている。そして我々が先に相手よりも多く奪取できれば…………この惑星は再び、我々のモノだッ!!」
しかし彼女は。
彼女達の目的を果たす事を諦めてなどいなかった。
むしろ、逆境だからこそ燃えると言わんばかりに。
彼女は胸元にあるボタンを押し……いったいどういう仕掛けなのか、どこからか現れた、新たな服装を装着しつつ声高々に。まるで惑星そのものに宣戦布告をするかのように絶叫した。