第一章8 「見学者集合」
家を出て、まずスマホで名刺に書いてあった住所を入力し、出たルート通りに探偵事務所に向かう。
意外にバスや電車を使う程遠くはなく、徒歩で向かえる距離だった。
(大体、徒歩で十五分か二十分くらいかな)
地図通り歩き、蓮はあるビルを見つける。
(地図だとこの辺り)
目の前にあるビルと、地図に映し出されてる場所は一致している。異能探偵事務所はこのビルの中にあると分かった蓮はビルの中に入っていく。名刺には探偵事務所は三階と書いてあった。
階段を登り、三階に到着すると、わざとらしく床に『こちら』と書いてある紙が置いてあった。『こちら』の隣に矢印も書いてあり、それに従っていけということだろう。
よく見れば、それは一枚だけではなく、何枚かあった。蓮はその矢印の通りに進むと、ある部屋のドアの前でその矢印は止まっていた。
「ここに入れってことか」
矢印の方向にあるドアを開ける。そこにいたのは、お馴染みの一之瀬 潤、そして知らない女性が二人、男性が三人。そして、天使の輪っかが付いている天使が一人だった。
(え、天使?)
「えっと」
そう声を出した瞬間、その部屋にいた人達全員蓮の方を見る。その場にいる全員に視線を向けられたことで若干圧倒されているが、それを堪え、平静を保つ。
そんな蓮の気持ちとは裏腹に、一番最初に声を上げた者がいた。
「やぁ、蓮くん。約束の時間十分前に到着だね」
楽観的な態度で、異能探偵事務所の社長――一之瀬 潤は蓮に一番最初に声をかける。
一之瀬 潤はいかにも部屋の奥に置いてある社長専用の机から体を起こし、扉の前に未だ立ち止まっている蓮の前にやってくる。
「ようこそ、蓮くん。――異能探偵事務所へ!」
笑顔で歓迎され、少し心が落ち着いた蓮はホッと息をつく。
一之瀬 潤は社内にいるある男性を自分の方に引き寄せ、蓮の前に立たせる。
「この子はこの前電話で言ったもう一人の見学者だよ」
「どうも!」
茶髪の髪に緑眼、蓮より少し背が高い。「どうも」と爽やかな笑顔で蓮に挨拶をした。見てわかる程にモテそうな見た目をしている蓮と同じ歳の青年。
「じゃあとりあえず、蓮くんもドアの前にいないでこっちに来てお互い自己紹介を――」
一之瀬 潤が蓮を社員がいる方に引き寄せながらそう言った瞬間、いきなりさっきまで蓮がいたドアが急にバンッと音を立て、ドアが開く。
「たのもーーー!!」
「叶愛、それじゃ道場破りだよ……」
ドアの前にいたのは女性二人で、一人は勢い良くドアを開けた張本人、赤眼に薄い金髪でお団子を二つ作っている。もう一人は金髪お団子ヘアの女性に隠れるようにひっそりと後ろにいる青眼に濃紺のような深みのある青髪ロングヘアの女性。青髪の女性は金髪お団子ヘアの女性の後ろに隠れているが、二人はまあまあの身長差があり、あまり隠れられていない。
「おっと、これは……」
一之瀬 潤も追加で二人来るという想定外は予想していなかったのか、いつも余裕そうな笑顔が少しだけ崩れていた。
「えっと~、君達は異能探偵事務所に何の御用かな? 依頼なら談話室で」
「違います!」
金髪お団子ヘアの女性が一之瀬 潤のスマートな対応を遮り、否定。流石に想定外が続きすぎる。
「じゃあ、何の用で?」
「この探偵事務所に入りたくて来ました!」
「……ということはバイトか社員希望……ってことでいいのかな?」
「はい!」
明らかにドアをぶち壊す勢いでやってきた二人の女性はなんとここで働きたいという理由で来たという。
「だけど、どこで異能探偵事務所を知ったんだい? あまり大々的に宣伝してる訳じゃないんだけど」
「街中にポスターが一枚貼ってあって、それでこの探偵事務所を知りました! ちゃんと社員募集中って書いてありましたよ! けど昔のポスターなのか、所々破れてたり、見ずらかったりしましたけど」
金髪お団子ヘアの女性の言葉に裏付けるように後ろにいる青髪ロングヘアの女性はうんうんと頷いている。
「ポスター……? あれ、そんなのあったっけなぁ……」
この部屋の構造は長方形型の部屋で、その右奥に社長専用の机があり、その前に四つの机が向かい合わせでくっついて、その四つの机には社員四人が座っている。
「え、香織、僕らポスターなんて作ったっけ?」
一之瀬 潤はちょうど隣にいた四つの机に座っている内の一人に聞く。話しかけられたのは女性で、青眼、髪型は白髪で低めのサイドテールに縛っている。
「ポスター…………あ」
白髪の女性は腕を組み考え、思い出したかのように、腕を組んでいた片手を顔の近くに持ってきて、人差し指を上に向ける。
「あれじゃない? 六年前の、新しい社員を入れようって言って話して作ったやつ」
「六年前……あーそれだ! そういえば作った! 六年前のポスターなのによくあったね」
そのポスターというのは六年前に社員増加の為に作ったものだった。六年前だというのに、そのポスターが未だあることに一之瀬 潤は感心しているようだった。
「まあとりあえず、僕らも社員を増やそうと勧誘してたから、蓮くん達以外に二人追加されるのは僕らにとっても好都合だ」
そう言って、金髪お団子ヘア、青髪ロングヘアの女性二人の方を向く。
「いいよ、今日はちょうど会社見学の日だから。君達も二人と一緒に見学することを許可するよ」
「いいんですか! やったー!」
「あ、ありがとうございます……」
金髪お団子ヘアの女性はその場で跳び上がり大喜び。青髪ロングヘアの女性は、あまり人と話すのが得意じゃないのか、小さい声でお礼を言っていた。
「よし、じゃあとりあえず、見学者四人はまずお互いに自己紹介。最初は蓮くんから」
「あ、はい。俺は赤崎 蓮。よろしく」
あまり、自己紹介が慣れていない蓮だから、少しオドオドしてしまったが、第一印象はそれなりに悪くはないだろう。
次に蓮の隣にいた、蓮と同じ一之瀬 潤に勧誘された茶髪の男性に声をかける。
「次は琉依くん」
「こんにちは。僕の名前は桐谷 琉依と言います。よろしくお願いします」
蓮に挨拶した時と同じように、爽やかな笑顔で三人に自己紹介をする。蓮と比べれば、第一印象は好印象だろう。
「……あれ、赤崎と桐谷って名字、日本防衛軍の隊長さんにいなかったっけ」
金髪お団子ヘアの女性がそう呟く。その言葉に火がついたのは――、
「――そうだよ! 桐谷って名字、日本防衛軍第二部隊隊長の名字だ! じゃあ君がその桐谷隊長の子供ってことだよね!?」
隣にいた琉依の手を掴み、蓮の熱き思いを語る。その対応にさっきまでの蓮の雰囲気とだいぶ違うため、琉依は若干引いていた気がする。
「え、いや、そうだけど……君だって、第一部隊の隊長、赤崎 京の子供ですよね!」
蓮の態度に負けず、琉依も自分と同じということを主張する。
「いやまあ、そうだけど……」
蓮がさっき琉依に言った言葉がそのまま返ってきて、蓮は口ごもる。蓮にとって、『お父さん』の話題はあまり触れたくないものだったから。
「はいはいそこまで。自己紹介に戻るよ」
蓮と琉依の言い合いを宥め、一之瀬 潤は自己紹介という本来の目的に引き戻す。
「次は突然入ってきたそこの二人。最初は金髪ちゃんから」
蓮と琉依から金髪お団子ヘアの女性と青髪ロングヘアの女性の方を向き、自己紹介をするように促す。
「はーい! 私は花霞 叶愛! よろしくね!」
叶愛の自己紹介は元気っ子そのままで、自己紹介の時に見せていた笑顔は正に純粋無垢のようなものだった。
「じゃあ最後は青髪ちゃん」
「え、えっと……葛葉 美琴、です。よ、よろしく、お願いします……」
美琴はやっぱり人と話すのが苦手のようで、ずっと叶愛の後ろに隠れ、そのまま自己紹介をした。
「はい、皆ありがとう~。ということで今日はこの四人で社内見学をするよ」
一之瀬 潤は体を回し、隣にいる四つの机に座っている四人の社員の方に体を向ける。
「というわけで、こっちも自己紹介。まずは僕、異能探偵事務所の社長。一之瀬 潤! 皆よろしく!」
元気よく自己紹介をし、次に一之瀬 潤の隣にいる白髪の女性に目を向ける。さっきポスターの件で一之瀬 潤と話していた女性だ。
「じゃあ次、蓮くん達から見て左の机から順番に自己紹介して貰おうかな」
その言葉を聞き、改めて白髪の女性は蓮の方へ体を向ける。
「私は藍澤 香織。探偵事務所の専属医師をやっているよ。怪我をしたらすぐ私にいいな。あっという間に治してあげるよ。――ちょうどリリエルもいるから、この子の紹介もしておくよ」
香織はそう言って、ずっと香織の後ろにいた頭に輪っかがついている天使に目を向ける。その天使は銀髪の髪を肩辺りまで伸ばし、空色の眼をしている天使だった。
「はい。私は香織の化身、リリエルと言います。以後お見知りおきを」
香織の化身――リリエルと名乗る天使は、白や水色を基調にしているドレスを、両手で持ち上げ、礼をする。
「はい、じゃあ次!」
一之瀬 潤の言葉と共に、香織の隣の机に座っている男性がこちらに目を向ける。
「佐久間 清羅。ここでの僕の担当はコンピューター全般。よろしく」
そう言ってすぐに視線はパソコンへ、少し素っ気ない挨拶をする、青髪に紫眼の男性――清羅。
「そして次はまた左に戻るよ~」
蓮達から見てまた二段目の左の机に戻る。その机にいたのは香織の前にいる女性。橙色の髪で、長さはミディアム。メガネをかけており、瞳の色は黄色。
「私は九条 睦月。探偵事務所での私の担当は事務全般かな。見学者達よろしく!」
ニカッと笑い、好印象を残した睦月。そして一之瀬 潤は睦月の隣にいる黒髪に赤眼、髪が少し長いのか耳に髪をかけている男性に目を向けるが、その男性はずっとカタカタとパソコンを打っており、よく見ると目元にクマがある。社員が自己紹介しているのにも、蓮達がこの場にいることも気付いていないようだった。
「涼くんは無理そうだね。仕事に夢中になってるや」
そう一之瀬 潤は言っているが、あまり驚いてはいない。これがこの人の普通だからなのかもしれない。
「だね。だったら私が代わりに自己紹介しておくよ。私の隣にいるのは本田 涼。涼くんの仕事は私の事務仕事の手伝い。涼くん夢中になると途端に周りが見えなくなるから、気を付けてね」
代わりに涼の隣にいた睦月が彼の代行で自己紹介をした。
「まだ社員はいるけど、全員依頼で今はいなくてね~。とりあえず今いる社員の自己紹介は終わり!」
これで、この部屋を見れば全員の自己紹介は済んだ。