第一章4 「考える時間」
一之瀬 潤はこの職場はこういうことだってある、という情報を包み隠さず言った。それは今言っていたように、理解した上で入ってきてほしいからという願いからなのかもしれない。
だけど、一之瀬 潤の目は蓮をはっきり捕えている。それはまるで獲物を逃がさない、という感じのものを彷彿とさせる目だ。それほど蓮と真正面に向き合い、すべてを知った上で異能探偵事務所に入ってきてほしいと思っているのだろう。
「……それで、どうかな? うちの探偵事務所は。戦うことだってあるけど、それ以外は普通に依頼をこなす。社員の皆も良い人ばかりだ」
蓮は考える。蓮は化身に強い憧れを持っている。ここで承諾すれば念願の夢が叶う、自分の化身を出すことができる。だけどデメリットだってある。もし万が一危険な依頼を引き受け、死んだ場合、夢も何もなくなってしまう。
それに蓮はまだ十七歳の学生だ。大人の定義は成人した人。まだ蓮はそれに満たない。法的に言うなら蓮はまだ子供だ。なのに勝手に探偵事務所に入る、なんて決めていいのか。――父親にも相談していないのに。
「……少し、考えさせてほしい……です」
「うん、分かった。もしいつでも探偵事務所に入りたいと思ったら名刺に書いてある電話番号にいつでも連絡してきて。いつでも待ってるから。――あ、ご飯が届いたみたいだね」
横を見ると、蓮と一之瀬 潤が注文したオムライスとハンバーグがきていた。
それぞれ自分の頼んだものを貰う。
「さて、来たことだし食べようか」
そこからは探偵事務所の勧誘の件とは話が変わり、世間話や他愛ない話をして、その場を過ごした。
昼ごはんを食べ終わり、一息つく。
一之瀬 潤は財布を出し、会計の準備をしていた。
「食べ終わったし、会計してくるね」
「はい、俺も行きます」
会計を済まし、二人は店から出る。
「今日はありがとうございました。昼ごはんの件もそうですけど、探偵事務所の勧誘の件も。ちゃんと俺の中で決まったら、そっちに連絡します」
「うん、入る入らないは僕が決めることじゃないからね。じっくり決めるといいよ。僕はできれば入ってほしいけどね!」
そう話して、蓮と一之瀬 潤はその場で解散となった。
蓮は自分の家に戻るため、歩き出す。だけど、一之瀬 潤は蓮の後ろ姿を見つめていた。そして、ぽつりと呟いた。
「僕達はもう表舞台から降りた存在……だから僕達はあまり目立つような行動は出来ない。――最近闇勢力が動き出してる。表舞台から降りた僕が出来るのは、新たな新勢力を迎えること。とりあえずこれで二人……対抗手段は多くあった方がいいからね」
・・・・・・
お昼をご馳走して貰い、時間はまだ一時過ぎだ。今日は本当に色々あった。いきなりナンパのように話しかけられ、警戒しながらカフェに行き、そこでは勧誘をされたりと。
(もし俺が承諾していたら、さっきのカフェにいた時、俺がいつ探偵事務所に行くかみたいなやつも決めるんだろうな)
異能探偵事務所の勧誘を受けたときから、蓮の頭は化身のことでいっぱいだった。
(俺の化身ってどんなのだろうな。かっこいいのがいいって言いたいところだけど、俺自身がかっこいい訳じゃないからなぁ)
家に着き、そのままリビングにあるソファーに座る。やっぱり夢や熱意というのは簡単に消えることはなく、異能探偵事務所に入りたい、という思いはこの数十分で強くなっていた。
「もう俺も十七歳、まだ成人してないけど、どちらかと言えばもう大人だって言える存在だよな。……だったら、自分で決めてもいいのかもしれないな…………どうせお父さんは俺のこと嫌いなんだろうし、この事話しても、聞く耳を持ってくれなそうだ」
そう言って、誰も座っていない蓮の横を見つめる。この家は蓮にとっては広すぎる。何故か数個ある部屋、三人分の椅子が置いてあるダイニングテーブル。そして、大人三人は余裕で座れるソファー。
(けどもし俺が異能探偵事務所に入るってなったら学校に連絡してもらわなきゃ、そこはお父さんにやってもらわないとな)
そのまま何事もなく休日を過ごし、今は蓮は学校に通う日々に戻っていた。あれから探偵事務所の件は考えていない。名刺も今手元に持っているが、あの勧誘された日から見ていない。蓮は考えていた。このまま夢や憧れを求めるか、それとも普通に学校に行って、就職か進学して、大体の人が思う普通の幸せを求めるか。
だけど普通は訪れないチャンス、逃してもいいのか、それも考えていた。
(っていっても分かんないよなぁ。家では色々考えたけど、入るべきかどうかまだ悩んでるし……勧誘してきたってことはバイトとしてって訳じゃないんだよな絶対。多分正社員として入ってほしいって意味だと思うけど)
けどあの日、承諾していたら今頃……なんて考えると、やっぱり後悔が多少はあった。
今日は平日で学校だが、午前授業だから今日は早く帰れる。今蓮は帰路についていた。
街を数分歩けば住宅街に入る。そこに蓮の家がある。今は街を歩いていた。
街を歩く。そこには沢山の店が並んでいる。相変わらず人が多い。
そんな日常を噛み締めていると、何か硬いものが壊れる音、パリンというガラスが割れた音、そして遠くから甲高い悲鳴が聞こえた。
その悲鳴は蓮のいる場所から数十メートル離れている店から聞こえていた。
その店は、宝石を扱うジュエリーショップだった。
(なんだ……!? もしかして強盗とか)
そう思うも束の間、犯人と思わしき人物がそのジュエリーショップから出てきた。
「え」
それは、蓮にとって初めて見る光景だった。
犯人は男性、持っている袋は盗んだ宝石を仕舞っているんだろう。だけど男性の他にもう一人出てきたのだ。体全てを覆う黒い忍装束に、首には赤いスカーフ。それは忍者を彷彿とさせる姿をしていた。
「化身……」
ぽつりとその言葉が出た。化身オタクとも言っていい蓮にはその忍者を見た瞬間、『化身』という言葉以外何も考えられなかった。
「こんな近くで見たの初めてだ……!」
蓮は今強盗が起き、店もその周りも悲鳴で溢れているというのに、蓮の中にあるのは『化身をこんな間近で見れた嬉しさ』と『その嬉しさによる興奮』だけだった。
「すごい、いつも見るのは遠くにいる化身だけなのに、今俺の目の前にこんな近くにいて……! すごい! 忍者の姿の化身もいるんだ! すごくかっこいい!」
目の前の化身を使った強盗犯に夢中になっていると、その強盗犯が蓮の方を見た。
そして今になって蓮は気づく。自分もすぐに逃げないといけないということに。
その考えに気付いた瞬間、蓮の顔は真っ青に。見れば周りの人は既にいない。ほぼ全員逃げたようで、蓮たった一人がその場に残っていた。
「あ、これヤバいやつな気がする……」
周りには誰もいない静けさ、そしてそこにただ一人残っている蓮。そして蓮に目線を向けている強盗犯とその化身。蓮は容易に想像がついた、これは絶対ヤバいやつだと。
「もしかして俺ここで死ぬのかも……」
「――いや、そうはならないよ」
この状況では『死』以外の何も選択肢はないと、そう思った。だけど声がした。
ここら辺一帯は店などが多くあり、商店街のような場所になっていた。その商店街の建物の脇からあまり高くない低い声が聞こえた。男性だと予想できる。
そして、蓮にはどことなく知ってる声のような、最近この声をどこかで聞いたような気がした。
コツコツと、靴が地面に当たる音が、その建物の脇の方から聞こえてきた。
そして、その人物は姿を現す。
「僕はまだ君の返事を聞いていないからね」
「――え、一之瀬さん!?」
その男――一之瀬 潤は偶然にも、蓮と同じ場所に居合わせていた。