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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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92話「これがそうだったのか」

電気。

それは、今の俺たちが扱うにはあまりにも抽象的な力であり、事実アウレアではこの力に用途を見出せる者はほぼ居なかった。

発光することを活かした客寄せや、あまり意味のない研究物を作る程度に留まった。

ああ、拷問器具としては優秀だったな。


ともかく、雷の要素を含んだ魔石をアウレアでは持て余しており、大した価値はなかった。

だがセジェスでは別だった。


首都内にある小さな工場で、一人のエルフが巨大なケトルのような炉に手を直接入れ、目を瞑り、集中していた。


そして彼が目を見開いた次の瞬間、炉の中で青い光が弾けた。


彼は再び目を瞑り、魔法の発動を試みていた。

しかし、長時間の集中を維持していた為、既に息を切らし、疲労しきっており、思うように魔力を出せていないようだった。


「ファビアンさん、そろそろ交代して下さい。俺はもう充分休憩出来ました」


新兵時代の心境を思い出しながら、好青年の声音を作る。

明るく、しかし耳障りにならない程度に調整した。


「すまないね、ジュピテール君。君が来てくれなければ、どうなっていた事か」


初老の男は額に滲んだ汗を拭い、不器用に笑った。

俺は今、ニールという名を置き、ハイエルフのジュピテールと名乗っていた。


「俺みたいな根なし草のハイエルフを雇ってくれたのは、あなただけですよ」


そう言って炉に手を入れた。

実際の所は世辞だ、身元がハッキリしていなくとも、ハイエルフであるだけで引く手は数多だ。

そんな中、潰れかけの工房に押し掛けたのは、衆目を引かない為。

そして何より、俺の魔法の価値が高かったからだ。


〈__磁雷(マグネス)


掌から魔法を放つと、炉の内側が光で満ち続け、その眩しさに、隣に居たファビアンは片手で光を遮っていた。


アウレアに、雷の魔石の価値は低い。

しかしセジェスでは、ネクロドールと呼ばれる兵器の主要部品として用いられており、天然での生成過程の希少さもあって、高い価値を付けられていた。


アウレア人からすれば、ネクロドールはあまりに異質な技術であり、百年以上先の技術としか思えない代物だった。


「無事、出来ましたよ」


炉の上部を鍋蓋のように開くと、炉の内側には、びっしりと紫の魔石がこびりついていた。

ファビアンはその光景に思わず笑みをこぼす。


無理もない。

俺が何気なく作ったこれだけで、ひと家族が一週間暮らせる資金が手に入るのだから。


そんな事もあって、一日に二度が限界だと嘘をついている。

その気になれば、1時間で魔石の相場を破壊できる量を生産できたが、金の卵を産むガチョウにはなりたくなかった。

俺は、英雄ニールではなく、ただのジュピテールとして生きると決めたのだから。


「相変わらず、惚れ惚れする腕だね。我が家の婿に欲しいくらいだよ」


「……心に決めた人が居るんです。すいません」


「無理を言ったね。君のお陰で、この工房は何とか立て直せたんだ。もう充分過ぎるくらいさ」


ファビアンは乾いた笑いをこぼし、その場に腰掛けた。


「ささ、今日はもう帰っても大丈夫だよ。出荷作業まで手伝わせたら、俺たちの立つ瀬が無くなってしまうからね」


「そうですか、ではお先に失礼します」


なるべく快活に答え、工房を後にした。

扉を開くと、彼の娘が箱いっぱいに詰められた石塊を運んでいた。


「あっ、ジュピテールさん!もうお帰りになられるんですか?」


彼女は汗水を垂らしながらも、眩しい笑顔を浮かべていた。

幼さの残る端正(たんせい)な顔立ちをしていながらも、力仕事によって、体つきはしっかりとしており、働く女性といった姿をしていた。


「ファビアンさんがもう帰っても良いと。良ければ、手伝いますよ。」


正直言って、彼女は好ましく思えた。

もしイネスを介護していなければ、ファビアンの提案を受け入れたかもしれない程に。


「いえっ、父がそう言ったなら、家でゆっくりして下さい!ジュピテールさんにばかり無理をさせられませんから!」


彼女は力強く息を吐き、木箱を持ち直して、工房の扉を開いた。


「じゃあ、お疲れ様です!」


「ああ、お疲れ様……」


足取りが少し重くなる。

正直、自宅に帰りたくはなかった。

が、イネスを放置すると彼女の精神は刻一刻と悪化してしまうだろう。


「帰るか……」


ため息をこぼし、大通りに踏み出した。


「よう、元気してたか?」


その時、背後から聞き慣れた声に呼び止められた。


「……わざわざ探したのか」


振り向くと、クリフが冒険者らしき女性を連れて立っていた。

彼女は少し緊張した様子で、こちらを凝視していた。

その顔立ちにどこか見覚えがあったが、思い出せなかった。


「ああ、大怪我をしたアンタがどうしてこんな場所に居るのかと思ってな。良かったら聞かせてくれよ」


感動的な戦友との再会。

そう思っていたのは俺だけだったようだ。

クリフの身体は僅かに脱力しており、鞘に手が掛かっていた。


「やる気か?」


クリフが俺を殺しに来る理由が無数に思い浮かぶも、それらをすぐに振り払った。


彼の立ち居振る舞いで分かった。

最後に戦った時とは、比べ物にならない程に強くなっている。

それは、クレイグやイネスのような剣豪が放つ、独特の存在感を備えていた。


おそらく、斬り合いでは勝負にならない。

即座に距離を取り、超域魔法で削り合いをするしかない。


「あんたが俺の知り合いそっくりの偽物ならな」


クリフの言葉を聞き、()に落ちた。

肩の力が抜け、思わず口元が綻んだ。


そうだ、俺は死んだ事になっているんだった。


「悪いな、ジレーザで一度お前を見たから失念していた。俺はお前の知り合いで間違いないよ」


親指で遠方に(そび)え立つ防壁を指差した。


「人気のない所に行こう」


「……ああ」


そうして都市の端、巨大な防壁のそばに寄り掛かりながら、クリフ達と情報を共有していた。


「はぁっ!??お前っ、あのマレーナだったのか!」


「ああ……その、いろいろあるんだよ」


マレーナは少したじろぎ後ずさるも、クリフに手を繋がれ、引っ張られた。

彼は彼女を片手で抱き寄せると、屈託のない笑みを浮かべた。


「今じゃこういう仲だ」


彼女はその場で俯き、耳を赤くしていた。


「人生、どんな巡り合わせがあるか分からないものだな」


感慨深く呟くと、クリフは苦笑した。


「そうだな。隊長も出会いはあったか?」


そう尋ねられると、イネスの姿が脳裏に浮かび、思わず口角が下がった。


「ああ……イネスが俺の家に居る。いろいろあってな、少し精神を病んでる」


クリフは目を細め、僅かに固まった。


「俺を逃したせいか?」


「いいや、発端はそれだが、軽い事情聴取に向かったら殺し合いになってな。一年前の死因はそれだ」


「おいおい、殺し合いになった奴と同行してるのか?ぶっ飛んでるな」


クリフが苦笑しながらそう言った途端、マレーナが不機嫌そうに彼の脇腹へ肘を入れた。


「はは……お前も人のことを言えないみたいだな?」


彼の人助け精神を鑑みれば、恐らく彼女と剣を交えたのだろう。

月日が経っても、彼の心情に陰りが無いようで、つい笑みがこぼれた。


「ああそうだよ、昔っから後悔しない方を選びたいんだ」


「そうだな、お前はそういう奴だった」


久しぶりに、心が安らいだ気がした。

見知らぬ土地、息をつく間もない殺し合い。

心を病んだパートナー。

それらに疲れた心に、かつての戦友との会話は、心に沁みた。


「そういえば隊長」


「隊長はよせ、ニールで良い」


アウレアを見捨てて逃げた身としては、その称号は少し嫌だった。


「じゃあニール。あんたは誰との息子なんだ?」


思わず眉が上がった。

クリフがエルウェクトの転生者とすれば、彼は叔父になる。

数奇な運命と言えるだろう。


「ああ、ケテウスだ。よろしくな、叔父さん」


そう答えた瞬間、クリフとマレーナが固まり、身体の筋肉が、僅かに戦闘態勢に移ろうとしている事が分かった。


「……魔神なら良かったか?」


少し腹が立ち、皮肉を吐いた。


「ケテウスと交流はあるのか?」


疑問が二つに増えた。

彼の口ぶりはまるで、ケテウスが生きているかのように話していたからだ。


「ある訳ないだろう。どういう意味だ」


話の空気が壊れ、少し腹が立った。


「……ジレーザに現れたソルクスは、ケテウスが体を乗っ取ったと言っていた」


クリフは重々しく答えた。

その瞬間、頭の中で違和感となっていた事が全て繋がった。


俺が遅れて産まれたこと、皇城でケルスが現状と噛み合わない情報を伝えていた事も。

確かに、彼が皇帝達に言える筈が無い。


主神ケテウスが人間を滅ぼそうとしているなどと。


「……嘘じゃないんだろうな」


軽い立ちくらみに見舞われる。

これまでの人生の半分を英雄として過ごして来た。

不服や苦痛は数えきれない程あった。

だが意義はあったと信じていた。


しかし、もしクリフの言葉が事実ならば……俺は父の悪趣味なジオラマの上で踊っていた事になる。


「ソルクスの言う事を信じるならな」


「じゃあなんだ……俺がこれまでしてた事は……茶番だったのか?」


柄にもなく、弱気な言葉を吐いてしまう。


「そんな事ない。あんたは、確かに皆を救った。背景なんてオマケだ、卑下する事ないだろ」


「……ああ、そうだな」


クリフの言葉を受け止めた訳ではない。

ただ、喋る気力が消し飛んでしまった。


「まぁ……俺の方でも探っておこう。幸い、ケテウスの武具を二つ持っている」


寄りかかっていた壁から背を離し、空を見上げる。


「ああ、頼んだ」


「頼まれた。じゃあなクリフ、久しぶりに戦友と会えて良かったよ」


そう言って左手を差し出した。


「俺もだ。またな」


クリフは気の良い笑みを浮かべ、握手に応じた。



クリフと別れ、セジェスの端にある自宅に向かっていた。

切り出された木材のみで作られたその建物は、正規に依頼したものではなく、超域魔法で周囲の木材を引き裂いて半日で組み立てたものだ。


イネスを(かくま)う都合上、人の多い都心部に暮らせる筈は無く、そもそも土地代も高かった。


大量の切り株が並ぶ砂利道を踏み締め、家の前に立つ。

思わず、ため息が出た。


煙突からは煙が上がっており、窓の隙間から漏れ出た夕食の香りが、食欲をそそった。

だがしかし、気は少し重かった。


玄関の前に立ち、ドアノッカーを独特のリズムで叩いてから扉を開ける。

隠れたり、逃げなくても良いという合図だ。


部屋の奥から走る音が聞こえ、キッチンのある部屋からイネスが飛び出した。

平服に身を包んだ彼女は俺の姿を見ると、唾を飲み込み、満面の笑みを浮かべた。


「お帰り、ニール君。遅かったから心配してたんだよ!もうご飯も作ってあるから……あっ、荷物持つね!」


快活に話す彼女を見て、胸が痛む。

それは元来のものでは無く、俺に見捨てられないよう必死に取り繕って用意した、歪んだものだったからだ。


「ああ……ありがとう」


そう言って腰に提げた財布袋と上着を彼女に預ける。

自分で出来るから。と、断ってはならない。

彼女が自己を肯定できなくなってしまう。


荷物を渡す間に、何度も俺の顔を見ていた。

恐らく、クリフと話して帰るのが遅くなったからだ。

俺の顔色を伺っている。


「遅れて悪かったな」


笑顔を作り、彼女を優しく抱き締める。

その身体は小刻みに震えており、服に大きな(しわ)が出来る程きつく抱き締められた。


「……うん」


彼女は弱々しく返事をした。

情緒が壊れそうだった。


確かに、俺は彼女に恋していた。

幼い頃から、少し前までずっと。

しかし、それは彼女の毅然(きぜん)とした生き方に、太陽のように眩しい在り方に焦がれていたからだ。


だが現実は違った。

彼女はただの人間だった。感情のまま行動し、英雄として祭り上げられ、最後に心を壊した、ただの犠牲者だった。


人類史最高の英雄は、俺の同類でしかなかった。


「夕飯が冷える前に行こう。久しぶりに、クリフと会ったんだ」


そう言って彼女と離れ、手を引いてリビングに向かおうとした時、彼女がその場で立ち止まった。


「……そう、なんだ」


彼女は光の失せた瞳で俺を凝視していた。

涙腺が綻び、今にも泣き出しそうな顔を見て、失言だった事に気が付く。


「イネス」


訂正しようと彼女の名を呼ぶも、彼女は凄まじい速度で駆け寄り、俺を壁に向かって押し付けた。

肘で胸を圧迫される中、

しかし、すぐに正気に戻ったのか、数歩下がった。


「……っ、ごめんなさい。嫌いに……ならないで」


堪えていた大粒の涙を流し、謝罪された。

拒絶すれば、そのまま死んでしまいそうな予感さえするほどだった。


「ああ……嫌いになったりしないさ」


右手を差し伸べ、言葉に気を付けながら彼女を励ます。

だがしかし、愛している。と口に出来なかった。


「ねぇ、ニール君」


彼女は俺の手首を掴むと、自身の胸にそれを押し当て、掴ませた。

暖かく柔らかな手応えを感じ、指先からは彼女の鼓動が伝わった。


「……」


言葉に困り、彼女の顔を見つめると、その行為に反して、今にも生気が失せそうな面持ちだった。


「私の事、好きだよね……?」


「ああ……」


彼女の濁った瞳を見つめながら、彼女の左手を掴んだ。


「……あのね、好きにして良いよ」


儚げに笑いかけたそれは、命乞いのようにさえ思えた。

__断れる筈が無かった。


思わず乾いた笑いがこぼれ、彼女をその場に押し倒した。

彼女の衣服を脱がせながら、昔読み聞かせてもらった勇者の話を思い出していた。

童話の中の彼女が粉々に砕け散り、イネスの姿に上書きされて行く。


気が付くと、俺の頬から一筋の涙が滴っていた。


最後に恋心を抱いた時の情景が思い浮かぶも、それに蓋をして心の奥底に沈めた。


ああ、これはそうじゃなかったんだな。


そう心の内で呟いた。

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