9話「再会」
クリフは、シルヴィアが居るであろう離れの塔へ確実に近付いていた。
警備が妙に薄く、上階に集中しているように思えた。恐らくもう既に、ヴィリングからの来訪者がこの城に訪れている。
その状況は、あり得ないほどの幸運であると同時に、不運でもあった。
__もし万が一、シルヴィアが会談場所に着いてたら、死ぬな。
会談場所には、ニールとレイが居ることは確実で、下手をすればイネスも居る可能性があった。
シャンデリアの上を渡り、確実に彼女の居るであろう場所へと向かい、部屋の前に辿り着いた。
そしてシャンデリアから降り、ドアノブに手を掛けた瞬間だった。
「よく来たな」
マイルズが扉を蹴破って突然現れ、扉ごと蹴り飛ばされる。
戦友との嬉しくない再会に顔を歪め、即座に壁へ受け身を取ろうとするも、激突したのは壁ではなく、窓ガラスだった。
ガラスが砕ける音と共に、外に放り出される。
「このっ!クソぁっ!!」
思わず叫び、落ちる場所を見下ろす。
そこは城の中部にある庭園。その中心にある、大理石で作られた円形の舞台だった。
その四隅には四つの柱が立っており、やや奇妙な見た目をしていた。
落下の最中、舞台に勢いよく着地する。
骨がひび割れそうな衝撃に、歯を食いしばり耐えた。
追って、マイルズも目の前で軽やかに着地した。
「マイルズ!!あんたよくも……!!」
目的地の手前で邪魔をされ、頭に血が昇る。
「かつて神がいた頃、戦士たちはこの闘技場で互いを競い合ったそうだ」
マイルズは興味が無い様子で言葉を無視し、円舞台の床に触れる。
「あの子なら陛下の元に向かった。お前はここで死ね、英雄たちが血を流した場所で果てるんだ、望外だろう」
マイルズは独特な見た目をした、孔の空いた剣を引き抜く。
「俺にノスタルジックな趣味は無い……クソ食らえだ」
こちらも剣を抜き、構える。
「魔法も無いお前が勝てると思うな」
「やれば分かるだろうが」
「はっ、そうだな!」
マイルズの剣に空いた孔から炎がゆっくりと噴き出す。
〈__火照薪)〉
剣から噴き出る炎は激しさを増し、建物程の高さを持つ火柱へと形を変えて勢いを増す。
マイルズは炎で巨大な大剣を作り上げ、それを振り下ろした。
横に飛び退いて、その一撃を避ける。
「クリフ、忘れてないだろうな!!」
大剣は接地と同時に形を崩し、闘技場の床を全て炎で飲み込んだ。
迫り来る炎を前に、柱を伝って退避する。
火は、マイルズの周囲を避ける形で燃え広がっていた。
懐からボルトガンを引き抜き、狙いを定め、引き金を引く。直後、持ち主の魔力を吸い、銃身に埋め込まれた緑色の石が輝く。
「誰が忘れるかよ!」
巻き締められた歯車が解き放たれ、凄まじい勢いで一斉に矢が放たれた。
しかし、燃え広がっていた炎が隆起して壁となり、矢を吹き飛ばした。
役に立たないと判断し、ボルトガンを投げ捨て、柱から柱へと飛び移り、炎の壁を回り込む形で、マイルズ目掛けて飛び降りる。
__魔法には集中力が要る、ニールやレイならともかく、あんたはまだ頭が回らない筈だ。
想定通り、近接戦闘に移行する為にマイルズは魔法を解いた。
先ほどまで燃え盛っていた炎が霧散し、彼は煩わしそうに歯を鳴らしていた。
着地と同時に素早く踏み出し、突きを繰り出した。それをマイルズが防いだことによって剣戟が繰り返される。
その内容はこちらが優勢であり、技術、身体能力のどれを取ってもマイルズは劣っていた。
__このまま戦えば順当に勝てる、だが。
マイルズは読み合う気など無いだろう。
「終わりだ」
マイルズは鋭い突きを剣でいなし、左手から凄まじい量の爆炎を放った。
「だと思ったよ!!」
その場で勢い良くしゃがみ込み、立ち上がる時の勢いに任せて剣を振り上げる。
__取った!
剣の軌道は、確実に彼の首へと向かっていた。
しかし次の瞬間、互いの足元から巨大な火柱が巻き上がった。
「__っ!?」
咄嗟に炎から飛び出そうとするも、それより先に両足が焼け焦げて動かなくなった。
その勢いは止まることはなく、煙や火の粉すらも起こさない程強烈なものだった。
眼球や皮膚を溶かし、身体から突起が消え去った時、完全に動けなくなり、膝から崩れ落ちてしまった。
骸骨のような姿へと変わり果て、身体のほとんどが溶けた。
電撃は気合いで耐えたが、物理的な欠損には、流石になす術が無かった。
その直後に炎は消え、業火から解放される。
「剣から炎を出したのも、剣戟に付き合ったのもブラフだ。この二年でどこからでも出せるよう練習した。″弱すぎる″と、隊長から苦言を貰ってな」
辛うじて焼け残った片方の目で見つめる。
マイルズは煤一つ被る事なく、無傷で炎から出ていた。
苦しげな呼吸を途切れ途切れに漏らし、彼の言葉に耳を傾ける。マイルズは目の前でしゃがみ、冷たく見下ろす。
「そこから死ぬまで五分だ。せいぜい、苦しんで死ね」
マイルズの表情は怒りが篭っていたが、何処か悲しげでもあった。
「あの子には、来なかったと伝えるさ」
寂しげな物言いで彼は立ち去る。
それを最後に、火傷によって視界が潰れた。
爛れた皮膚が外気に触れ、激痛が走る。息も辛うじて出来る程度で、ただ生きるだけで想像を絶する苦痛を味わった。
しかしその感覚が突然、プツリと途切れた。
恐らく、死んだのだろう。
楽になった呼吸が心地よかった。
__奇妙だな、死って……
率直な感想を述べながら、志半ばで倒れた事を悔しく思いつつも、諦めはついていた。
__シルヴィアはどの道救われるんだ。俺みたいなストーカーが消えて……好都合だろうさ。
諦めの混じった微笑を浮かべる。
「クリフ、起きて」
女性の声が聞こえ、思わず体を起こし、目を開く。
すると、目の前に死んだ筈の姉が居た。
どうやら、姉に膝枕をされたまま眠っていたようだ。
「おっ、姉ちゃんだ。なぁ俺、死ねたのか?」
先の戦闘で負った傷は、全て治っていた。
そして周囲を見渡すと、純白の大理石で構成された神殿に居た。
「まだ生きてるよ。死に掛けてるだけ」
その返答に、思わずため息を吐く。
「じゃあこれは夢か」
姉はその返答を聞き、口元を押さえて苦笑した。
「そうかも、じゃあ、お姉ちゃんとお話ししよ?」
その言葉に、心が少し躍った。
「ああ、良いよ」
「クリフは、死んじゃいたいの?」
「……ああ、みんな死んでばっかだからさ。それでみんなの元に行けるなら、最高じゃないか」
それは姉を責める言葉だ。
「ごめんね」
彼女は優しく頬に触れ、一粒の涙を落とした。
雫が頬に落ちて来る。
姉の泣く姿を見て、不思議と涙が出た。
「でも、これからは姉ちゃんと一緒だろ?良いんだ、やり直して__」
彼女に口元を押さえられ、言葉を咎められる。
「クリフは、あたしの分も生きてよ」
先程のお返しと言わんばかりに、きつい言葉を返された。
「きっとこれから、辛いことも沢山あるだろうけど。でもっ、それでも、最後には楽しかったって、あたしに教えに来てよ」
「……出来るかな」
身体を起こし、姉を見つめる。
「クリフなら出来るよ」
優しく、抱きしめられた。
温もり。長らく忘れていたそれに触れ、涙がとめどなく溢れ出した。
「負けっぱなしの人生なんて、つまらないじゃない」
姉に突き飛ばされ、突然強烈な光に包まれて後方に引っ張られた。
地面から足が離れ、踏ん張る事すら出来ず、距離が離れた。
「姉ちゃんっ!!」
姉に手を伸ばす。
「行ってらっしゃい!」
シェリーは満面の笑みを浮かべ、伸ばした手にハイタッチをした。
◆
闘技場を中心に、凄まじい量の魔力が立ち昇る。マイルズは振り返り、確かな緊張感を覚えながら、魔力の発生源へと駆け出した。
「お前っ……なんで、なんだそれは!?」
魔力の発生源には、先程殺した筈のクリフが立っていた。
焼け落ちた筈の身体に光子が纏わりつき、晴れると同時に傷が癒えており、凄まじい速度で身体の再生を行っていた。
次に起こったクリフの変化にマイルズは気付く。紫の瞳が青色へと変わり、真っ黒な髪の色が徐々に抜け始め、眩い金色に変わって行った。髪を染めていた黒は、胴体へと流れて行き、全身に刺青のような模様を描く。
「姉ちゃん、ありがとう。俺、生きるよ」
クリフは変容した自身の身体を眺めながら、少し考えていた。
「……っ!化け物が!!」
マイルズは再び魔法を発動し、火炎をクリフに噴射する。クリフは一歩足を踏み出すと、その場から消えた。
目標を失った炎は闘技場の床を炙り、役目を果たせないまま霧散した。
「何処に!」
マイルズは周囲を見渡した瞬間、側面から現れたクリフに首を掴まれた。
彼は目を大きく見開き、笑う。
「身体が、ビックリする程軽いんだ。クソ重い鎧脱いだ後みたいによ」
「ふざ……けるな!」
マイルズは絞首から脱すべく、再び手から炎を出す。
「返礼だ」
クリフはそう囁くと首から手を離し、右拳を固めて振りかぶる。空気が弾ける音が鳴り、拳の風圧で炎が消し飛ぶ。
規格外の速度で放たれた拳は、マイルズの頬を打つ。マイルズは宙を舞い、激突した柱さえへし折り、城の壁面に打ち付けられる。
「魔力が練れる、纏えるっ!!今まで出来なかった事が!出来てる!!」
クリフは、拳を掲げ叫んだ。
「見ててくれよ姉ちゃん!!俺やってみせるからさぁっ!!!」
全身から発せられた黄金色に輝く魔力の柱が、天を貫いた。