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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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85話「銀の弾丸」

エミールがボルトガンを向け、滑車が素早く回転する。

シルヴィアの目尻にある血管が浮き上がり、木の枝のような模様を出現させた。


飛来した矢に対して拳を振り、叩き落とす。

続けて飛来する矢を次々と叩き落としながら接近する。

硬質な金属音が絶え間なく鳴り響き、火花を散らしながら迫るその姿は、衝突事故を起こした蒸気機関車を想起させた。


「つくづくハズレを引いたな」


エミールはそれに動じる事なく、ボルトガンを投げ捨て、シルヴィアへネクロドールを突進させた。


そして腰に提げていたもう一丁のボルトガンを引き抜き、発砲した。

彼の射線を迂回(うかい)する形で、側面からネクロドールが迫る。


「もっとガッカリしてくれないかな!嫌味に聞こえるよ!!」


素早く、そして的確な戦術の組み立てに、シルヴィアは、戦闘経験の差を感じずにはいられなかった。

だが、実力差で負ける気は断じて無かった。

彼にはない思考速度で戦術を組み立てながら、弾丸を弾き落とす。


「悪いが。確実に勝てないなら、それは全てハズレだと思っている」


そう言って彼はネクロドールに火を吹かせた。熱線ではなく、回避の難しい扇状に広く伸びた火炎だった。

そんな中、シルヴィアは戦い方が決まるも、自分の頭の悪さに思わず笑ってしまった。


「荒くやるから」


右脚に魔力を纏わせ、思い切り床を踏み砕いた

床が抜け落ち、勢い良く真下へ降下する。

頭上を通り抜けた炎が毛先を焦がした。


エミールは、真下の階へと降りたシルヴィアを前に一瞬、判断に詰まった。


「ならどう出る」


彼はネクロドールを随伴(ずいはん)させ、今も昏倒したままのアンセルムの元へと走る。

だが次の瞬間、目の前の床が隆起した。

1秒後には床が弾け飛び、そこから一本の石柱が飛び出し、天井に突き刺さった。


「正気じゃないな」


エミールは飛散する木片を片手で防ぎながら、周囲に意識を向け直した。

シルヴィアは、一階の柱をへし折り、槍として投擲していたのだ。


次いで背後の床が隆起し、再び石柱が飛び出した。

随伴していたネクロドールが咄嗟(とっさ)に回避した時、ネクロドールの足元に穴が空き、そこからシルヴィアが飛び出した。


「仕切り直しだ!!」


彼女は両拳を握り締め、ネクロドールに向かって振り抜いた。

ネクロドールもまた、それを迎撃する形で拳を振り下ろした。


二人の拳が激突し、床が歪む。

それは、拳の激突した音では無かった。


金属の軋む音が響いた後、ネクロドールの両腕が勢い良く砕け散った。

しかしそれと同時に、エミールがシルヴィアの頭に向けて剣を突き出していた。


「聞こえてるよぉ!!」


シルヴィアは真横に振り向き、大きく口を開いた。

竜を想起させる鋭利な牙が彼の剣を挟み込み、火花を散らす。

彼女の歯が刀身を捉えた瞬間、凄まじい圧力が掛かり、剣が停止した。

そして次の瞬間、規格外の負荷を受けた剣が爆散し、無数の鉄片を撒き散らした。


続けざまにエミールは蹴りを繰り出し、シルヴィアの脇腹を蹴って飛び退いた。


そして、彼は床に手を触れた。


〈__刑棘(アンパレ)


シルヴィアの足元にあるカーペットが膨らみ、隆起した。変形し、無数の棘となった床材がシルヴィアに迫る。


「こんなものっ……!!」


彼女は素早く棘を蹴り壊し、跳躍した。

そして次の瞬間、両腕を失ったネクロドールの外殻(がいかく)が内側から砕け飛んだ。


「……えっ」


竜の殻が軽い音を立てて地面に転がり、内側から黒色の粘性生物が出てきた。

シルヴィアはその生き物について、聞いた事があった。


スライム。

目撃例は極めて少なく、ナトの図書館やヴィリングの国庫にしか情報が存在しない生物だった。


スライムはその身体を蠢かせると、鋭利な棘を全身から放出した。

黒く、硬質なそれがシルヴィアを捉え、彼女は拳で棘を打ち据えた。


「柔ら、何っ……?」


だが棘は粉々になる事はなく、たわみ、弾んだ。水風船が割れるように、棘は液体となって飛散し、シルヴィアの右腕と頬に付着した。


次の瞬間、彼女の右腕から毒々しい煙が吹き出した。

頰に付いた液体が最も激しく反応し、彼女の頬を融解させていた。

鱗は無事だったものの、その隙間から侵入した毒素は、彼女の肉を焼き溶かした。


「……っぅ!」


慣れない痛みに思わず身体を硬直させてしまう。


「貰った」


エミールがボルトガンを再装填し、銃口を向けて弾いた。

シルヴィアは遅れて身体を動かすも、間に合うタイミングではなかった。

エミールが勝利を確信したその時、シルヴィアの目つきが変わり、鋭く彼を睨み始めた。


「……お姉ちゃんに任せて」


彼女は、首を振ってボルトガンを躱し、数発を胸当てで受けた後、残り全てを叩き落とした。


「エリソン!」


彼がネクロドールの名を呼ぶと、再び粘性のある身体から針を射出した。


「よくも妹を虐めてくれたな」


シルヴィアは大人びた声音で呟く。

瞳の奥底には、燃えるような怒りが激っていた。


彼女は、先程よりも素早く拳を繰り出し、全ての棘を打ち砕く。

液体が付着するよりも素早く拳を引き、更に次の拳を絶え間なく繰り出す事で突風が巻き起こり、彼女に液体が降り掛かる事は無かった。


「動きが……!」


エミールは驚いた様子でネクロドールを後退させ、自身の前に壁として撤退させた。

そして、彼は再び床に手を付き魔法を放った。


〈__刑棘(アンパレ)


その瞬間、部屋そのものが歪んだ。

床、家具、天井全てが形を変え、鋭利な棘へと変容する。

隙間なく揃えられた棘は牙のように見え、そのさまは巨大な怪物の口腔(こうこう)を想起させた。


「上等だ」


シルヴィアは跳躍し、真正面からエミールに迫った。

エミールは思わず眉を顰めた。

その行動は、自殺行為としか思えないものだったからだ。

ネクロドールからも棘が放たれ、彼女の背後は伸びた棘によって塞がれた。


絶体絶命の状況下の中。

シルヴィアは微笑んだ。


「お膳立てはしたよ」


彼女の目つきが再び変わると、決意を込めた面持ちで、右腕に銀色の魔力を纏わせた。


「ありがとうお姉ちゃん」


短く呟くと、右腕を振った。


〈__銀弾(シルヴァーバレット)


次の瞬間、大気が震えた。

拳の初速は空気を破り、乾いた炸裂音が響き渡る。

収束し、螺旋状にうねる魔力が彼女の右腕から飛び出し、さながら弾丸のように突き進んだ。

枯れ枝を手折るかのように次々と棘が折れ、ガラスの様に砕け散った。


「ぶっ、飛べぇっ!!!」


ネクロドールは、棘を瞬時に変形させ、格子状に重ねて圧縮し、織物のような盾を形成する。

しかし、銀の本流を前に、砂のように砕け散り、本体は跡形もなく爆散した。


エミールは回避する余裕すらなく、右腕を貫かれた。

彼は横に勢いよく弾け飛び、奔流は貴賓室の壁を跡形もなく吹き飛ばして霧散した。


「……っぅ」


シルヴィアの右腕が魔力の酷使によって赤い液体となって溶け、床に崩れ落ちた。

彼女は歯を食い縛りながら、横たわるエミールに近付く。


彼の右腕は消し飛び、腹部と胸の一部が深く抉れていた。

どう見ても助からない傷だった。


「……せめて、痛くはしないから」


彼の目の前に立つと、シルヴィアは脚を振り上げ、エミールもまた目を瞑り、自身の最期を悟った。


エミールはため息を吐いた。


「駄目だよ」


シルヴィアの隣には、魔物の姿をしたナトが立っていた。


「えっ」


シルヴィアは思わず後退(あとずさ)り、彼女に道を譲る。

その周囲からは燃えるような魔力が揺らめいており、表情のない彼女の顔に変わって、怒りを示しているかのようだった。


「よく頑張ったね」


彼女は柔らかな口調で呟くと、手首から一本の樹根が飛び出し、エミールの心臓に突き刺さった。


彼は声にならない悲鳴を上げ、激しく痙攣(けいれん)し始めた。そして樹根が根を張るように、瞬く間に彼の身体中に広がった。

そしてすぐにエミールの瞳から生気が失せ、動かなくなってしまった。


「犯人が分かったよ……けど、面倒なことになったね」


ナトは変身を解き、人の姿へと戻る。

しかしその面持ちは暗く、(うれい)いているようだった。


シルヴィアが彼女に声を掛けようとしたその時、劇場の方から怒声が聞こえた。


「そんなに殺してぇならやってみせろよ!ビビりのてめぇには難しいだろうがな!!」


それは、クリフの声だった。

右手を押さえながら貴賓席の前に向かうと、マレーナが彼に切先を向けていた。


「駄目っ、何してるの!!」


慌てて貴賓室から飛び降りようとしたその時、ナトに左手を引かれた。


「駄目、怪我してるよね」


「でもっ!!」


「大丈夫、クリフ君を信じて。きっと良い結果になるから」


彼女は柔和に微笑むと、シルヴィアを抱き寄せ、欠損した右腕に樹根を巻き付け、ゆっくりと魔力を流し込んだ。

ひとくち魔物図鑑

「スライム」

種目:粘体属

体長:不定

生殖方法:分裂

性別:性別無し

食性:水、魔力

創造者:魔神第10席アナキテスマット・レムラハマリアヌート


小さな生物の集合体であり、生きる上で溜め込んだ毒素や細菌を循環させ、猛毒として身を守っている。


思考回路は微生物程度で、明確な意思を持つ事はない。

しかし、より多く集まる事で脳の処理能力が向上する為、身体の一部を操作して武器のように扱うことも出来る。

だが、どれほど巨大化しようと、決して会話が出来る事はない。

この問題は、知能の問題ではなく、学習意欲が芽生えない事に起因している。

例えるならば、賢いミジンコである。


遥か昔には、世界中の下水道で大繁殖を起こし、都市インフラを破壊した事がある。

それが原因となって、700年ほど前に世界中で一斉に駆除され、その存在を確認できなくなった事で、殆どの国の文献から消えてしまった。

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