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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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81話「許す訳ないでしょ」

ニールはセジェスの街を離れ、郊外にある書店に訪れていた。

隣に並ぶイネスは、外套を深く被っており、その表情は窺い知れなかった。


「無理にヨリを戻そうと思うな。あんたは、ケジメを付けに来たんだ。過去が全てじゃない」


「……私には、全てなの」


彼女は深く深呼吸をしてドアノブに手を掛けた。


__俺が居るだろ。

そう言えないのが情けなかった。


彼女の後に続き、埃被った本棚の間を進む。


「ここかな」


イネスは立ち止まり、懐から一冊の本を取り出し、差し込んだ。


次の瞬間、景色がすり変わり、広大な図書館へと置き換わる。

その中央には、全身に刺青を入れた女性が、ラウンドテーブルの上に座っていた。


イネスは外套を脱ぎ、彼女の元へと歩く。


「久しぶり……ナト」


少し怯えた声音で喋る。そんな彼女の態度に、漠然とした不安を感じた。


「喋らなくなったね。昔の元気は何処に行ったの?落としちゃった?」


ナトは淡々とした口調で話す。

そのさまは、イネスへの関心が無いように思えた。


「えっ……その、ナトは元気になってて、良かった」


ナトの顔が険しくなる。


それは失言だ。

思わず口出ししたい衝動に駆られるも、ただ見守る事しか出来なかった。


「あなたには、元気に見えるんだ」


彼女は語気を強め、脚を組んだ。


「……ごめんなさい」


イネスは俯いてしまった。

そのまま、沈黙が続く。

その時に確信した。彼女はもう喋れない。

止めるべきだ。そう判断してイネスに近寄ろうとした時、ナトが口を開いた。


「他に尋ねる事は無いの?どうして、貴方を殺さなかったとか、フォールティアを没収しなかったとかさ……ここに来た理由は分かるから良いよ。あの爺さんめ……」


彼女は恨めしげに天井を見上げた。


「謝りに……来たんだ。あの時、すぐに身体が動かせなくて。ごめんなさ__」


イネスの謝罪をナトの舌打ちが遮った。


「謝りに来た?違うでしょ。そこの男を勘違いして襲って、アウレアに居られなくなったから、私の所に来たんでしょ?」


イネスの肩が小刻みに震え、呼吸が浅くなり始めていた。


「この100年間。あなたは何をしてたの?私に会いに来る訳でも、戦争を終わらせる訳でもない……」


ナトはテーブルから降り、彼女を嘲笑(あざわら)った。


「昔っから、言葉だけは雄弁だね。アウレアの英雄だからかな?」


ナトはイネスの肩を押して通り過ぎる。


「結局、あなたには意思が無い。父さんを倒したのだって、周りがそうしたからでしょ?」


イネスは膝から崩れ落ち、過呼吸になっていた。

そんな彼女に駆け寄ると、ナトは軽蔑の眼差しをこちらに向けた。


「ニール君。だっけ?その子を支えても報われないと思うよ。さっさと捨てた方が幸せに生きられるよ」


彼女の態度に、腹の底が煮え始めた。

この場で今すぐに剣を抜き、叩きのめしてやりたい程に。


「黙っていろ」


ナトを睨みつけながら、イネスを片手で抱きしめて立ち上がる。

彼女の腰に刺したフォールティアを握り締め、転移門を起動させた。


「イネス、なんで泣いてるの?悲しいのは私だよ」


クイドテーレを呼び出し、彼女と俺の間にあった大気を叩き割る。

ガラスの割れる音と共に、風が吹き荒れた。


「言葉が通じないのか?黙っていろと行ったんだ」


ナトは鼻で笑うと、その場から背を向けた。


「そう……まあ、彼氏君に傷でも舐めて貰いなよ」


ナトの言葉を無視して転移門を潜ると、本屋の入り口に飛び出した。


外の風が吹いた瞬間、イネスは声を出して泣き始めた。


クイドテーレを消滅させ、彼女を強く抱き締めた。


戦場で、恐慌状態になった仲間にもやった。

パニックになった人間の行動を抑制し、同時に安心感も与えられる。

これ以上ない手段であると思っている。


「私っ……何もっ、何も分からなくてっ……」


震える彼女の背中を撫でる。

イネスの力が強まり、少し痛かった。


「……ここまで来たんだ。無駄なんかじゃない」


彼女の嗚咽を聞く度に、幼少の頃思い浮かべていた勇者の姿が崩れ始める。


俺は、英雄として生きるのが嫌だった。

たった一人の親友や家族を除いて、ニールとして見てくれる者は居なかった。

だが、俺もまたイネスをを勇者としか見ていなかったのだと思わされた。


「……ニール君は……私を、捨てないよね」


声にならない言葉を発し、涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔をこちらに向けた。

その姿に、胸が締め付けられた。


「ああ……信じてくれ」


彼女を抱き抱えながら、外套を被せた。


一先ずは、隠れ住むところを探さなくてはならなかった。

だが__


「あれっ?ニール……さん?」


書店の側に、シルヴィアが立っていた。

一瞬だけ、心拍数が跳ね上がった。

この国で、自分が生きている事を知られるのは何としても避けたかった。


「見つかったか……実は生きていてね。セジェスに逃げ込んだ所なんだ。君は?」


少し砕けつつ、丁寧な口調を組む。


「えっと……魔法を練習してるんです」


シルヴィアは目を逸らした。

恐らく、ナトからだろう。だが、口にすればイネスの様子が酷くなるのは目に見えていた。


「そうか、クリフは元気かい?」


「うーん……最近は魔力が使えなくなって、ちょっと微妙です。あっ、でもね。マレーナって人とすっごく仲が良いんですよ」


思わず、笑みがこぼれる。

アウレアで戦って以来、彼の近況を知れなかった。

会う事は無いかもしれないが、かつての戦友が幸せに生きていると知り、安心できた。


「ニールさん、良かったらナパルク邸に顔を出してみて下さい。あなたが死んだと聞いて、クリフは落ち込んでて。きっと喜んでくれる筈です」


思わず、その言葉に苦笑する。


「戦争で大勢のエルフを殺した。とてもじゃないが、ナパルク殿の元には行けないさ。この都市に根を下ろすつもりだ。きっと、また会えるさ」


そう言って手を振り、すれ違った。


「待ってますからね!」


シルヴィアは後ろから元気に呼び掛けた。


半神としての生理機能を使って、自身の耳の形を鋭く伸ばした。


「……ひっそりと生きよう。俺たちはもう、充分頑張ったさ」


耳元で短く呟くと、イネスは小さく頷いた。



セジェス首都のバロン北部には、四人の国祖の内が一人、カーリという男が建てたフランドラ邸と呼ばれる屋敷が存在していた。


淑やかな美しさを放つナパルク邸とは違い、煌びやかな美術品が並び、昼夜問わず酒の香りと笑い声が屋敷に響いていた。

さながら歓楽街の様相を呈しているこの場所は、腐敗した評議員たちの遊び場と化していた。


太陽の都と称されるこの場所は、セジェスという国家を食い潰しながら、訪れる者に無上の快楽を提供し続けていた。


そして、フランドラ家の当主にして、軍拡派の代表者であるセザールの部屋に、アルバが訪れていた。

執務机に座る彼の前に、神父服の彼が突然現れていた。


「初めまして、セザール・フランドラ殿。僕は魔神バルツァーブの息子、アルバ・クアリルだ」


セザールは彼の姿を見ると、ため息を吐き、執務机の端を指先で叩いた。


「ああ……あえて光栄だよ。アルバ殿」


「知ってたのかな?」


アルバは人の良い笑みを浮かべ、一歩前に踏み出す。

しかし、机に座る小太りの男は、気怠げな表情を崩す事なく、濁った眼差しを彼に向けていた。


「アンセルムを押し退け、この国の代表をしている身だからね。君の足跡は何度かなぞった事がある」


「ああ、なら話は早いね。僕達は、この世界を滅ぼそうと考えている。君達も一枚噛まないかな?」


「そうか……まあ構わないよ」


セザールは関心が無さそうに答えた。

信じていないのか。そう捉えたアルバが右手に魔力を纏わせると、セザールは両手を軽く上げた。


「アルバ殿の実力を疑っている訳ではないよ。けれど、あなたは私達を生かすつもりなど無いのだろう?」


アルバは目を見開き、感心している様子だった。


「交渉決裂かな?」


「いいや、全面的に協力させてもらうよ」


セザールは指を組み、再びため息を吐いた。


「君達の行いを咎める手立てを、私たちは持ってはいないのだよ。だから一つ、お願いをさせて欲しい」


「構わないよ。君達は憎いけれど、対価も無しに協力を求めるのは心が痛む」


どの口が。と、セザールは思っていた。だが彼には、悔しさを抱ける程の活力さえ無かった。


「私たちを、処刑台の最後尾に並べてくれると助かるよ」


「……承ったよ。修飾は不要だね、ベルナールがクリフ君を襲う気で居る。彼に協力を取り付け、アンセルムを殺害して欲しい」


セザールは眉を顰めた。


「ああ、任せて欲しい。いつか手を打つべきとは思っていたんだ」


アルバは微笑を浮かべると、転移門を召喚した。


「後日部下を送るよ」


「ああ、待っているよ」


アルバが消えた後、セザールは三度目の溜息を吐いた。


「師よ……あなたは、まだ戦い続けるのですか」


一枚の紙を取り出し、ペンを取って慣れた手つきで言葉を綴る。

宛先は、アンセルムだった。


「責任逃れのデマゴーグを吐く政治家。それに踊らされ、無茶な戦争の継続を望む市民……山のように積み上がる死体。止まらない財政破綻……何故、なぜ貴方は戦い続けられるのですか」


言葉に抑揚は無かった。しかし、流れるように吐き出されたその言葉達は、彼の悲鳴であり、涙だった。


「この国は、とうに救えないのです。だからどうか……」


彼は最後の言葉を言おうと、綴ろうとした時にペンの動きを止め、短く息を吸って沈黙した。

引き出しに書きかけの手紙を納め、ペンを置いて立ちあがった。


「……私は、自身の為なら恩師すら売れるようになってしまったようだ」


セザールは、声を振るわせながら部屋を歩き、ドアノブに手を掛けた。

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