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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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80話「仲直り」

ナトの書庫で三人が揃い、ラウンドテーブルを囲って向かい合っていた。

ウェールは俯き、ナトは瞑目していた。

そして、シルヴィアは眉を(ひそ)めていた。


「……いい加減、喋ったら?」


彼女は呆れたように呟いた。

ウェールは(まぶた)を瞬かせ、ナトはため息を吐いた。


かれこれ10分は経過していた。

シルヴィアにしてみれば、我慢の限界だった。

ウェールが何かを喋ろうとする度に、ナトがやや強めの語気で返事をし、彼女は黙ってしまう。


やった事の重大さを(かんが)みて、ナトの肩を持つつもりだった。

しかし、流石にウェールが不憫(ふびん)だった。


「ナトさん……ウェールが苦手って分かってやってるでしょ?」


「何が?」


「その喋り方のこと。本当にあたしより年上なの?」


「私はケルスみたいに老けたくないから」


彼女は素っ気なく言いウェールを見つめた。

尋ねて言ってやりたい事はあったものの、話が脱線する為、シルヴィアは言葉を飲み込んだ。


「ネクロドール……まだ広めたいの?」


ナトは詰めるように尋ねた。


「ナトさん……!」


これでは返事が出来ない。萎縮(いしゅく)したウェールを庇う形で身を乗り出すと、彼女は冷ややかな眼差しを向けた。


「ウェールに聞いてるんだよ?」


彼女の目は()わっていた。

幼稚な嫌がらせをしたいのではなく、彼女の意志を、判断を確かめようとしていた。


「……ごめんなさい」


両手を軽く上げ、二歩下がった。

ウェールは手を小刻みに震わせながらも、意思の宿った眼差しでナトを見つめていた。


「その……失敗だって……諦めたくないんだ」


「だから沢山作るの?」 


「それは……」


ウェールは目線を落とす。


「ネクロドールは軍事需要しかないし、民用品を農民に卸しても、三日でレジスタンスの切り札にされた。沢山作ったらどうなるか分かるよね?」


「うぅう……」


彼女は頭を抱え、今にも泣きそうだった。


「泣いて終わるの?」


ナトは冷ややかに尋ねた。

しかし、それに反してナトの眼差しには、隠し切れない程の期待があった。

そして表情は少し崩れ、彼女を憂いているように思えた。


「……嫌だ」


ウェールは顔を上げ、目尻に涙を浮かべていた。

そして暫く固まった後、ナトを見つめた。


「その、どうすれば良いか……分からないんだ……ナト、知恵を貸してくれないかな……頑張って……憶えるから」


ウェールは彼女の手を取り、目を(うる)ませながら、縋るように言った。

ナトは彼女の手を引いて立ち上がると、書庫から大量の本を呼び出した。


「先ず優先すべきなのは、ネクロドールの先鋭化だよ。ネクロドールから万能性を奪い、次いでに生産性を伸ばすべき」


「猛獣対策を捨てるのか?なら、ヒトや獣型を捨てても良いかも……?」


「その調子、目処が着いたら、アンセルムに試作品を送って、村に配備してみよう」


「そんな事出来るのか?」


「話は通してる」


ナトはキッパリと言い切った。

それを見てシルヴィアは確信した。

恐らく、彼女は最初から力を貸す気でいた。


「そんな訳で、今度からシルヴィアのネクロドールには私も手伝うね」


ナトは振り返り、上機嫌にしていた。


「ナトさんって、めんどくさいね」


思わず口が滑った。


「えっ?」


彼女は心外そうに目を丸くしていた。


「会わない間、ずっとウェールの事考えてたでしょ」


ナトは目を逸らし、僅かに顔を赤らめた。


「えーっと……友達だから。和解したらどうしようかなって」


「そういうとこだよ」


目を細め、僅かに非難の眼差しを彼女に向けた。

ナトは乾いた笑いをこぼしながら、その場から数歩下がった。


「うん……でも自覚はあるよ」


彼女はそう言うと、懐から一冊の本を取り出し、それを憂うように眺めていた。

題名には、「プルーヴィア」と記されていた。



木剣が衝突し、草原に乾いた音が響いた。

クリフとマレーナは、改まって模擬戦を始めていた。


マレーナが素早い動きで翻弄し、重い一撃を受けれないクリフはそれを受け流し、耐えるのが精一杯だった。


だがしかし、クリフの心境は涼やかだった。

目の前に居る相手は、瞬きの一瞬に無数の斬撃を繰り出す訳でも無ければ、膂力だけで大地を引き裂いて来る訳でもなく、また無尽蔵の弾丸を全方位から放って来る訳でも無かった。


確かに、肉体は悲鳴をあげている。

だが常識の範疇(はんちゅう)だ。

少しでも集中が切れれば、頭を粉々に割られる訳でもない。


彼女の技量は精々、義父と猛特訓する前の自分自身と同じ程度に思えた。


攻撃を受け流す度に指が悲鳴を上げ、木剣が指先から剥がれそうだった。

しかし、それでも楽しいと思えた。


「よく耐えれるな!」


マレーナが振り抜いた木剣を仰け反って避ける。切先が喉元を掠め、身体中の細胞が沸き立つ。

カウンターを差し込むチャンスだった。

しかし、あえて木剣を鞘に納めた。

腰に捻りを加えながら、彼女へ接近する。


「ふざけてるのか!?」


マレーナは振り抜いた剣を戻し、袈裟に向かって振り下ろす。


今こそ、特訓の成果を披露すべきだ。


刀剣を筒から押し出される弾丸に見立て、鞘をガイドにして切先を引き抜いた。

鯉口から切先が飛び出す瞬間が、マレーナには見えなかった。


鋭い軌跡を描きながら木剣が抜かれ、彼女の右腕を打ち付け、技の起こりを潰した。


マレーナは冷や汗をかきながらも笑みを浮かべ、右手に持った剣を手放し、左手で受け取った。

実戦なら欠損した、そう考えてのことだろうか。


「全力でやるぞ」


彼女の動きが鋭さを増し、木剣を振るう速度が早まり始めた。

宣言通り、手加減が消えた。


木剣の切先が振れる。

その軌道を予測し、咄嗟に攻撃を受け止めて流す。

目で追えるものではなかった。

1秒にも満たない次の瞬間には、二撃目が訪れていた。

しかし、受け流す事は容易だった。

この剣は、世の(ことわり)を無視していない。


重い一撃を剣の側面で受け止め、攻撃を滑らせながら彼女の懐へと潜り込む。


その時、彼女の脚が高く振り上がった。

空気を巻き上げ、僅かに土煙が舞い、そして薪を割る斧のように振り下ろされた。


おそらく、アレが当たれば死ぬ。


「馬鹿野郎!!」


身体を捻り、鋭利な一撃を躱わす。

空気を割く音が耳元で響き、踵が胸鎧を擦った。

ベルトに強い力が掛かり、留め具が少し軋んだ。


次の一打で決めなければ、命が危うい。

彼女は、手加減を忘れている。


渾身の力を込めて、彼女の喉に切先を打ち込んだ。

全体重を乗せた一撃によってマレーナの身体が浮き上がり、重い手応えが返って来る。


しかしそれは、肉を突いた時の感覚ではなく、直後に木が裂ける音が響いた。


「マジかよ……」


見上げると、マレーナは木剣の切先に噛み付いていた。

肉食獣を思わせる、ぎらついた歯を見せながらそのまま木剣を食いちぎって落ちて来た。


マレーナは木剣を手放し、クリフの両腕を掴んだ。

足を振り上げようと試みるも、彼女の右膝がその初動を潰した。


「私の勝ちで良いか?」


彼女はにっと笑うと、クリフの脇腹を掴み、軽々と持ち上げた。


「……ああ、俺の負けだよ」


マレーナはクリフを降ろすと、子供のように彼の手を引いた。


「じゃ、お前の奢りな!良いメシ屋知ってるんだ」


眩しい笑顔を向ける彼女を前に、クリフは思わず苦笑した。


「ずっと奢らせる気か?」


「何言ってんだよ、勝てそうだったじゃないか」


彼女は少し嬉しそうだった。

その様は、シルヴィアの一件でささくれていたクリフの心に、これ以上なく沁みた。


彼女が居なければきっと、自身の力の無さを嘆いて日々を過ごしていた事だろう。

感謝している。

しかしだからこそ、何度も何度も彼女の姿にノイズが入る。


首を掲げて高らかに笑い、血みどろの戦闘を愉しむ。


あのマレーナは何だったのか?



妹が連れて行かれた。

私は納屋の隅で丸まっていた。


物が倒れる音が聞こえ、身体がびくんと跳ねた。

涙がとめどなく溢れ出し、押し殺した嗚咽が喉の奥から漏れる。


口を抑え、笑い声にもカエルの鳴き声にも似た不格好な声を出した。


私も巻き込まれてしまう。殴られてしまう。


大粒の涙を流しながら、必死に声を殺す。

その瞬間に、父親の怒号が聞こえ、妹の悲鳴が聞こえた。


落ち着きかけた心が再び暴れ出し、奥歯を噛み締めながら、両手を頭に抱え、近くにあったズタ袋に顔を埋めた。


「ごめ……なさい……」


誰かに向けた謝罪をこぼす。


自分の身惜しさに庇えなかった妹に対して?

或いは、両親の気を伺う為に出た免罪符だろうか?


怒声が激しさを増し、物音が激しくなる。

声が我慢できなくなったその時、音が止んだ。


そして納屋の扉が開いた。


「__っ!!」


ズダ袋から顔を離し、入口を見つめる。

癖になった笑顔を貼り付けようとしたその時、入り口に立っていたのが妹だと気付く。


「お姉ちゃん。終わったよ」


彼女は少し息を切らしながら、誇らしげに笑った。

その手には、温かな血が滴る薪割り斧が握られており、衣服に付着した返り血が、彼女が何をしたのかを雄弁に語っていた。


「一緒に逃げよう」


妹は身長に合わない斧を引き摺りながら、血塗れの手を差し伸べた。

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