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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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79話「仲直り」

「ナトさんっ!」


ナトの書庫に転移し、木の香りと(ほの)かに輝く魔力が漂う部屋に脚を踏み入れた。

彼女は中央に植えられた古木の下で、空飛ぶ本達を呼び寄せ、指示を飛ばしていた。

淡い光を受けながら本を指差すその様は、彼女の見目(みめ)の良さも相まって、名画の一枚を眺めているかのようだった。


「どうしたの?」


急いでやって来た私を前に、彼女は目を丸くし、首を傾げた。


「ウェールさんと何があったの!?」


「あー……あれね」


彼女は眉を落としながら歯切れの悪い返事をし、目を逸らした。


「ネクロドールはね、私とウェールで完成させたんだ」


「そうだったの?」


意外であると同時に、納得のいく事だった。

半神が作ったのであれば、あの完成度になるのも不思議では無いと。


「ああ、でも誤解しないで。ウェールが主導して作ったものだし、私も専門外の事で手探りだったから、私だけの成果じゃないよ」


彼女は訂正しながら、重々しくため息を吐いた。


「私がネクロドールの増産をせき止めたの」


「えっ?どうして」


「ネクロドールの生産目的は、農耕の補助や魔物の狩猟だった。つまり、貧困にあえぐ都市周辺の村を助けたかったんだ」


彼女はため息を吐き、天井を見上げた。


「でも、ネクロドールの性能が良すぎてね。真っ先に発注が入ったのは、軍隊と憲兵隊……もう分かるよね?」


掠れた笑いを漏らし、彼女は私を見つめた。


「うん……」


相槌を打った。

ネクロドールの性能は、ウェールから嫌と言うほど聞いた。

ボルトガンを通さない装甲。動物を紙屑のように引き裂く力。

国への憎悪を募らせ、銃器で武装している村民達が、何故反乱を起こさないのかが分かった。


「ウェールは努力を無駄にしたく無かったんだろうね。皆に行き渡るようにすれば良いって聞かなかったから……」


彼女は瞑目し、眉間に(しわ)を寄せた。


「アンセルムからの伝手で村にネクロドールを下ろしたんだ」


「うん」


「反政府組織が村人から徴収(ちょうしゅう)して行ったよ」


「……そっか」


この国の露悪(ろあく)さが滲み出た、嫌な話だった。


「だから、ネクロドールの心臓部を、できるだけ複雑にして、真似できなくしたんだけど……」


ナトは三度目のため息を吐いた。


「あの子が簡略化して広めたよ」


絶句し、言葉を失った。

それではウェールが悪人としか思えなかった。


「ナトさんはどうしたの?」


「片っ端から圧力を掛けて止めさせたよ。それで、あの子に絶交されたの」


ナトの声音は重く、(わず)かに痛みが混じっていた。

私はそんな彼女の手を握り、引っ張った。


「シルヴィア?」


彼女は目を丸くし、私の名を呼ぶ。


「ウェールさんのとこに行こう!ちゃんとお話ししないと、二人とも後悔するよ!!」


快活にそう言って彼女を連れ出した。

その最中、心に棘が刺さり自虐的な気持ちが湧き出た。

話さないと後悔する?よく言えたものだ。

私は納得いくまでクリフと話せていないのに。



「……今度は何処だ」


木に頭をぶつけた後、渓谷の中に居た。

小さな滝が(つつ)ましげに水音を立て、なだらかな清流が日の光を反射し、水面を輝かせていた。


腰を上げて立ち上がる。

身体が羽根のように軽い。どうやら身体能力が元に戻っているようだった。


周囲を見渡すと、見慣れない木々が立ち並び、雑草もそこまで繁茂(はんも)していないようだった。

滝の側には桃色の葉を実らせた木が生えており、思わず目を奪われた。


「おお、来てくれたか!拙者は空千代(そちよ)と申す。城主に担ぎ上げられそうな所をエルウェクト殿に拾われた……浪人だな!」


桃色の樹の下には、青い肌をした女性の鬼が居た。

彼女は快活に右手を振り、左手を腰に当てて駆け寄って来た。


「ああ……エルの__」


彼女との距離が縮んだその時、空気が変わった。炎のような殺気に包まれ、圧迫感によって息が詰まるような感覚に襲われた。


身体の筋肉が震えたその時には既に、彼女は腰に差したカタナを引き抜き、俺の首を捉えていた。


「クソ」


そして、首を切り飛ばされた。

視界が転がり、飛んだ首が弧を描いた。

軌道が頂点に達したその時に、視界が巻き戻り、首がくっ付いた。


「挨拶が過ぎると思わないか?」


眉間に皺を寄せ、空千代を見つめる。


「いやぁ……値踏みした事は詫びさせて欲しい。すまなかった!」


彼女は合掌し、頭を下げた。


「……しかし無警戒が過ぎるな。拙者が仕向けたのは事実だが」


顔を上げた彼女の目つきは鋭かった。


「荒削りなもんでな。道すがらに達人に襲われたのは今日が初めてだよ、先生」


「先生か……懐かしい響きだな」


空千代は感慨深そうに微笑むと、刀を引き抜いた。

それに呼応して、腰に差したオムニアントが反応し、空千代と同じ刀へと姿形を変えた。


「早速実戦か?上等だ」


そんな質問に、彼女は目を丸くしていた。


「何を言っておる。型を教えずに斬り合う者が何処に居るのだ」


至極真っ当な事を言われた。

それと同時に、頭の中で義父とクレイグが笑顔で親指を立てていた。

憎たらしい。


「……じゃあ、ひとつ指南を頼めるか?」


「おうとも」


空千代が刀を正面に構える。

その所作は、奇しくもクレイグのものと似ていた。



渓流の下で、基礎を教わって一日が経っただろうか。

義父の時もそうだが、時間の流れがない為、飽くまで所感だ。

また数十年修行漬けだろうか。

シルヴィアの為とはいえ、正直辛い。


「うむ、明日は実戦と行こう!」


「……明日?」


困惑し、目を瞬かせる。


「気を詰めても仕方がない。幸い、ルナ殿が一年程猶予(ゆうよ)があると言っていたのでな。クリフ殿が眠った時に、拙者や皆が相手をしてくれる筈だ」


「皆?」


彼女の言葉が引っ掛かった。

そんな折、突然後ろから肩を叩かれた。


「ソルクスを倒す為とはいえ、付け焼き刃だったからな……お前にはまだ教えたい事が山ほどある」


義父の声だ。

振り返ると、彼が嬉しげに口角を少し上げていた。


「親父……!」


思わず語気が明るくなった。

続けて、ガウェスが空から落ちて来た。

彼は砂粒ひとつすら巻き上げる事なく、直立したまま着地してみせた。


「エルウェクト様の集めた魂の中では、我々三人が上澄みです。飽くまで戦闘は、ですが」


「そういう事だ。俺たち三人が日替わりでお前を鍛える。まあ、暇な老人達の相手をしてくれ」


「その前に良いか?」


「体の事か?」


義父には見透かされていた。


「そうだ。なんであんなに弱くなってる」


彼は腕を組み、少し俯いて言葉を選んでいた。


「点検中……と、あの女は言っていたが、どうもあてにならん。打つ手は無いが、用心はしておけ」


彼がそう言うと、空間全体に高音が響いた。


「あの女?姉さんの事か……?」


「ああそうだ、お前はともかく、俺はあの女を信用していない__」


瞬きした瞬間に景色が切り替わり、木製の天井が視界に入った。


クレイグ、ソルクスと戦った後に散々見た景色だ。

俺は倒れた後、またしてもベッドに連れて行かれたようだ。

当然ながら、身体と頭が再び重くなっていた。

全く以って鬱陶しい。


しかし以前と違って、トマトを煮込んだような、香ばしい香りが部屋を漂っていた。

重い体を起こし、ベッドから出る。


「おっ、起きたか」


マレーナがかまどの上に乗った鉄鍋をレードルを使って混ぜていた。

所々に漆喰が使用され、日用品が転がったそこは、かつて燃やした俺の家とよく似ていた。


「情けないとこ見せたな」


「指示したのは私だ。気にすんなよ」


彼女は朗らかにそう言って、木皿にスープを少しだけよそって味見をしていた。


「うん。私にしては及第点だ」


彼女は微笑をこぼし、別の木皿にスープを注いだ。並々に注がれたスープを、俺の前に差し出した。


「ほら、食ってけよ」


彼女は白い歯を見せて、笑っていた。


「……ああ、いただくよ」


彼女の姿が、幼い頃見た姉の姿と重なった。

誰かの料理を食べるのは、オネスタが家にいた時以来だろうか。


スプーンの入った木皿を受け取り、湯気の上がる赤いスープを口に運ぶ。

旨みではなく、渋みが口に広がった。

スパイスの香りが強烈に広がり、少し辛かった。灰汁を取っていないのか、肉のえぐみもきつかった。


だがそれでも、美味かった。

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