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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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77話「基礎練」

咄嗟に剣を引き抜き、鎧の男の一撃を受け流した。


「何しやがる!!」


空振りの隙に蹴りを入れたものの、身体能力の差で俺がのけ反ってしまった。


「脆弱なり」


男は失笑しながら剣を振り払おうとしたその時、ポチが彼の横腹に突進し、吹き飛ばした。

彼は軽い身のこなしで地面を滑りながら着地し、マレーナを(にら)んだ。


「何の真似だ……!狂犬!!」


「狂ってるのはテメーだろ。このクソ爺め」


マレーナは凄まじい剣幕で彼を睨んでいた。

少しでも目を逸らせば、互いに飛び掛かりそうな状態だった。


「神罰の代行者たる私を愚弄するとは赦し難いな……!」


彼は早口でまくし立てながら剣を構え、マレーナに切先を向けた。


「コイツはな、ヴィリングから来て、尚且つケルスの側近だぞ。お前、信仰する神と戦争する気か?」


「ケルス様の……?我が神の何を知っている……!」


静かな怒りを漂わせながら、俺を見つめて来た。

多分この男は姉の信徒だ。アウレアで言う、法の守り手のような人物に思えた。


「さあな、羊のパイを焼くのは得意だったが」


それ故に腹が立った。


「貴様……!我が神を小間使いと言ったなっ!!」


男は殺意を露わにして再び走り出し、剣を振り出す。

二度目は流石に見切れた。

だが、それよりも先にマレーナが割り込み、彼女の払った大剣が、男の剣を弾いた。


「話聞いてなかったのか?帰れよ、罪人になって全部敵に回したいのか」


男は歯軋りをし、怒りの形相を浮かべた。

全ての顔の皺が中心によったその様は、魔物のようにさえ見えた。


「狂犬め……貴様も神の怨敵となると知れぇっ……!」


臓腑から絞り出したような語気で呟き、その場から跳躍し、背後の建物の屋根に乗った。

そして、剣を収めてその場から立ち去った。


「失礼なジジイだよな?私は親切で止めてやったのに」


「……アレはなんだったんだ?」


「ん?アイツはベルナール。ルナブラム様を信仰する宗派のトップだよ。何でもルナブラム様から剣を貰ったとかで、偉そうにしてるんだ」


マレーナはため息を吐き、ポチの背中に剣を格納した。


「ルナブラム様の教義とは真反対の事をしてる奴らさ。アイツらの偶像に比べたら、お前の皮肉の方がマシかもな」


マレーナは苦笑していた。

どうやら、彼女も姉を信仰していたようだ。


「信仰してたなら謝るよ。悪かった」


実際、姉は羊のパイを焼くのが得意だったのだが、信徒にとっては酷い侮辱だろう。

今になって、軽率な発言だったと思わされた。


「気にするなよ。あんなのに会ったら気持ちは……待ってくれ、ケルス様の側近って事は、本当にパイが得意だったのか?」


一転して彼女は目を輝かせながら尋ねて来た。


「……ああ、とっても美味かったよ」


そう言って空を見上げ、遠い記憶の姉を思い出していた。



シルヴィアとナトは向かい合って資料と睨み合っていた。


「魔力が気持ちによって力が上下するのは分かったんだけど……そもそも魔力って何なの?色だって変わるし」


そう言って、白色の魔力と黒の魔力を左右の手で放出した。


「それ、シルヴィアだけだよ。本来は一種類だけだから」


「えっ?」


初耳だった。

なにより、あまりに自然にできたので、そういうものだと思っていた。


「魂の種類は産まれた身体に依存するんだ。だから、だから、複数の機能を混ぜて改造できるのは神だけの特権かな」


気味の悪い話だった。

つまり、暗に私は魂を改造されたとの事だった。


「うん?……ああ、そんなに嫌がらなくて良いよ」


ナトはこちらの意図に気付いたようで、微笑を浮かべていた。


「魂はお母様から貸し出された記憶の容器だから。最悪取り替えても問題ないよ」


彼女は今、信心深い人が聞けば倒れるような事を言ってのけた。


「えっ、えっ?」


「神と人間の魂って、質の違いだけで、仕組みは一緒なんだ。魂そのものに特別さは無いかな」


「じゃ、じゃああたしは何なの?」


ナトは目を丸くした後、目を細めて考え始めた。

そして回答がまとまったのか、こちらを見つめ直した。


「あなたをあなたにしているものは、記憶だよ。記憶があるから考えを持てるし、記憶があるから、何が楽しくて、何が辛いのかを認識出来る。だから、魂っていう頑丈な殻にしまってあるんじゃないかな」


納得出来る事ではあったが、内容が内容なだけに、少しまだ混乱していた。


「で、シルヴィアの体質の話なんだけど……両親の魔法をイメージしてないのに使えるんじゃないかな?」


「あっ、うん」


改めて考えればそうだ。

しかし神の魔法である為、そういうものかと思っていた。


「そこで問題なんだけど……ケルスのくれた準備期間は一年。でも、実際の習得に掛かるのは要領が良くて十年なんだ」


「すごい頑張らなきゃ駄目って事だよね?」


「ううん。どれだけ頑張っても、フルオートで動いてくれる二人の魔法に勝てないと思うんだ」


ナトは人差し指を立てる。


「でも、シルヴィアの魂は、ソルクスお祖父様が使ってた特別製だから……地力の高さで、ズルが出来るんだ」


彼女は不敵に微笑んだ。


「シンプルに行こう」



ウェールの工房から少し離れた酒場に、マレーナを連れて訪れていた。


彼女は大量の肉とパンを注文し、既にテーブルの隅には、空になった皿が山のように積まれていた。

側から見ても気持ちの良い食べぶりだったが、会計を考えると笑えなかった。


「そう言えば疑問に思ったんだが」


彼女はパンを千切りながら尋ねて来た。


「どうした?」


「お前って何なんだ?ケルス様の側近で、ルナブラム様とも親しくて……でも何故かアウレア軍に居たんだろ?」


「あー……」


説明出来るような内容ではなかった。

恐らく、これまでの道程を話せば確実に、狂人と見做されるだろう。


「……丁度一年前にシルヴィアをアウレアで保護してな。ケルスに共々保護されて、気付けばこんなに立場が跳ね上がった」


エルウェクトや姉の事は、口が裂けても言えなかった。特に前者は、亜人ばかりのこの国で信じられても困る内容だった。


「へぇ……人生何があるか分からないもんだな」


彼女は口に肉を詰めたまま喋り、呂律(ろれつ)が回っていなかった。


「まあな……俺でも驚いてるよ」


そう言って陶器製のコップを取り、水を口に含んだ。


「というかお前ハイヒューマンじゃなかったか?」


含んだ水を戻しそうになり、むせた。


「憶えてたのかよ!」


「ああ、思い出したんだ。あの時は悪かったな。戦争だし、恨みっこ無しにしてくれよ?」


「俺もそんなスタンスだから気にしないさ……アイツらには悪いけどな」


マレーナは肉から骨を綺麗に剥がし、皿の上に置いた。

目の前に居る人物が、嬉々として戦友を殺していた人物だと思うと、どこか不思議な気持ちにさせられた。


「で、どうしてなんだ?」


痛い質問に眉を顰める。

これもまた、説明し難い事だった。

まさか、ソルクスと一騎討ちをしたなどと言える訳も無い。


「超域魔法って分かるか?」


「ああ、姉さんから聞いた事はあるぞ」


「アレを使ったら魔力が練れなくなってな。今じゃ普通の人間だ……正直、歯痒いよ」


掠れた笑いをこぼしながら、コップをテーブルに置いた。


「取り敢えず身体でも鍛えたらどうだ?」


「……は?」


盲点だった。というよりは、しても無駄だと諦めていた節があった。

シルヴィアに武力を行使させたくないと言うなら、真っ先にすべき筈なのに。


咄嗟(とっさ)にマレーナの手を取る。


「それだ……!ありがとう!」


彼女の手を振り回す勢いで握手した。

そして手を離し、一緒に注文していた肉を口に詰め込み、水を飲んで胃に流し込んだ。


光明が見え、天啓を得たかのような気分だった。

行動欲求が爆発し、身体が早く動かせと急かしているようだった。


「あ……ああっ、役に立ったみたいで良かったよ。その……良かったら私も手伝うぞ?」


彼女はやや引いた様子で、ひきつった笑みを浮かべていた。


「本当か!?」


テーブルから身を乗り出し、食い気味に尋ねると、彼女は少し困った様子で頷いた。

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