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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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73話「臆病者」

一週間が経った。

常軌を逸した詰め込み教育によって、目に見えて技量が伸び始めた。

しかし、剣の腕が伸びる程、戦いが上手くなる程、師との間に生じる力の格差をより強く感じていた。


1の力が4になった程度では、100を超える師匠には到底追い付ける筈が無かった。


「1分か……あと倍は伸ばせ」


アードラクトの庭で私は仰向けになり、転がされていた。

全身の筋肉が悲鳴を上げ、意識が飛びそうな中、師は無慈悲に言った。


「はいっ……」


右手が動かない為、左手で立ち上がると、右手が地面に落ちた。

痛みよりも先に、木剣で腕が切れるのだと感心し、落ちた腕の断面に見入っていた。


「痛みと疲労で気力が尽きたか?」


師は冷淡に尋ねて来た。


「まだ行けますっ!」


ひどく痛む右腕を押さえながら、元気よく答えた。

痛みにはもう慣れた。後は気合いだけだ。


「……オネスタ」


「ええ」


視界の外からやって来た巨大な蛸の触手に捕まれた。

オネスタの背中から伸びるそれに巻き取られ、そのまま彼女の体に吸い込まれた。


次の瞬間、赤い液体の中に沈められ、強烈な水流に流された。

最初の頃は混乱し、暴れたものの、今ではなされるままに流されていた。

息苦しい上に時折逆さになるので、鼻腔(びこう)から液体が入りもしたが、我慢できる範疇ではあった。


しばらくして、水中で触手に引っ張られると、彼女の外に出された。

触手が私を手放し、地面に放り投げられた。

両腕を使って前転し、綺麗に着地してみせた。


全身の痛みが引き、右肘からは新しい腕が生えて来ていた。

何ひとつ不自由なく動く腕を確かめた後、剣を引き抜いて構えた。


「お願いします……!」


アードラクトは木剣を握り直すと、視界から消失し、次の瞬間には眼前に現れていた。


木剣の激突音とは思えない程の高音を立てながら、彼と切り結び続けた。



月が昇り始めた夜、裏庭でナトは転移門の亜種を使い、小窓を出現させていた。


「俺の返事は変わらないぞ、ナト」


小窓の先に映るケルスは、やや苛立った口調で話していた。


「お願い。私には、打てる手が無いの」


「断る。お祖父様が生きていない以上、俺に介入の意思は無い」


「あなたの……奥さんの種族が滅びるんだよ?」


「滅ぶと良い」


ケルスは関心が無さそうに、きっぱりと言い切った。


「俺が妻を愛していたのは、姿形が優れていたからじゃない。侵し難く、高潔な精神を有していたからだ」


彼は右手に魔力を集め、転移門に干渉し始めた。


「奴らが滅びるなら結構だ。それに、事と次第によっては、俺はバルツァーブ側に着く」


そう言ってケルスは転移門を閉じた。


「ケルス……」


ナトは力なく呟き、うなだれた。


「ごめん姉さん。間が悪かったかな」


ゆったりとした旅装に身を包んだ金髪の青年が、暗闇から溶け出すかのように、ナトの背後にやって来た。


「アルバ……ううん、大丈夫」


「なら教えてよ……父さんを、どうする気なんだ?」


暫しの沈黙が続いた。


「封印するよ、絶対に」


ナトの返答を前にアルバはたじろいだ。


「……どうして?父さんと一緒に人間を倒して終わりで良いじゃないか、そうしたら元通りに__」


「ならないよ」


ナトは鋭く遮る。


「父さんは壊れて、母さんは死んで……1000年前の殺人の報いにヒトを全て殺したら、昔に戻れるの?」


アルバは黙り込み、思案した。


「あのアウレア人が勝算なのかい?彼女の成長よりも、父さんが力を取り戻す方が早いように思えるけど」


「魔神の妃とアードラクトが担保してくれてる。イネスは、バルツァーブに噛み付けるって」


「父さん憎しで頑張ってるみたいだけど……危険じゃないかな?」


「イネスは、そんなのじゃない」


「そっか、信じてるんだね」


アルバは弱々しく微笑んだ。


「でも姉さん、僕は力になれない。父さんに刃を向けるなんて、出来ないんだ」


彼は肩を落とし、俯いた。


「私の責任だから、気にしないで」


ナトはアルバの両肩を叩いて、微笑んだ。


「武運を祈ってるよ、姉さん」


アルバは重々しく呟くと、再び夜闇へと消え去った。

大きく息を吐き、家の玄関へと向かったその時、滝壺の近くの石の上でイネスが座っている事に気が付いた。


「イネス?」


彼女の側に近付くと、イネスは慌てて目元を拭い、真っ赤に腫れた目元を残したまま、私に笑いかけてくれた。


「あっ、ごめんね。サボってた訳じゃないんだよ?ちょっと、師匠にお客さんが来てるみたいで」


「……泣いてたの?」


「えっ、ああっ……修行が辛い訳じゃ無いんだよ!?ただ……両親が死んだから……ちょっとだけ」


その言葉に、心を抉られた。

あまり考えないようにしていた事が、思考から弾いていたものが、頭に浮き出ていた。


「……ごめんなさい」


責められないから、彼女が激昂していないからこそ、辛かった。


「ナトを恨んだりしないよ?だって……家族に会いたかったんでしょ?」


彼女は笑顔を浮かべてはいたものの、明らかに無理をしていた。


「……イネス」


「だから、思い詰めない__ふぇっ!?」


話すイネスの両手を握り締めた。


「絶対に、父さんを封印してみせるから。私の……心に誓って」


「……うんっ、絶対成功させよう!」


彼女もまた、強い意志を瞳に宿らせながら、そう言った。

イネスは私の手を離し、滝壺近くの岩場を軽い足取りで歩き始めた。


「ねぇナト、この戦いが終わったら……友達になろうよ」


彼女は屈託のない笑みでそう言った。


「うん……分かった」


私もまた、不器用に笑みを浮かべてそれに応じた。



灯りの消えた家の中で、アードラクトは片膝を着いて、目の前の女性に頭を垂れていた。


白金のような輝きを放つドレープに身を包み、仄かに光を発する金髪。

そしてその顔立ちは、聖母の如き慈愛を感じさせる、柔らかなものだった。


「久しいわね、アードラクト」


彼女は抑揚の無い声で呟く。

天使フラーテル。

古代人が作り上げた究極の兵器のひとつにして、エルウェクトが置いた生涯ただ一人の側近だった。


「はっ、ご壮健なようで何よりです」


イネスに応対していた陰険な老人とは思えない程に、彼は整った口調で話していた。


「私に礼節を尽くす必要なんて無いわ。結局、私はあの人の権能に刻む価値の無かった人形なのだから」


彼女は眉を落とし、自身を卑下した。


「では私はその資格を蹴った愚者でありますれば」


間髪入れずにアードラクトが卑下し、沈黙が続いた。


「止めましょう、悲しくなるだけよ」


「……はっ」


「皇城は、アウレアは今も貴方の力を求めてるわ。騎士として、帰還する決意が出来たのかしら?」


その語気は強かった。

当然だ。と、アードラクトは思う。

魔神の被害が出続ける最中、この火急の事態に、裏切り者がアウレアのトップを呼び出したのだから。


「エルウェクト様の剣を継がせるべき人物を選定しました」


彼がそう呟いた瞬間、フラーテルの右腕が虹色の炎が激しく燃え盛った。

そして彼女が腕を振ると、アードラクトの右腕が消滅した。


「老いて耄碌(もうろく)したのかしら?」


フラーテルは、怒りの感情を明確に彼へと向けていた。

その中には、殺意すらも織り交ぜられていた。


「恐れながら我が弟子には、その資格があると判断した次第です」


右腕の断面から多量の血が溢れ出すも、アードラクトは一滴の汗を流す事も無かった。

彼の情緒は、とうの昔に壊れていた。


「……力ならば貴方が居るでしょう」


「力ではなく、心を評した上での判断です」


その発言にフラーテルは苦い顔をし、顎に人差し指を当てて思案した。


「神の武具をあの少女が扱えると?」


「必ずや」


フラーテルは燃焼させた右腕を振り払って鎮火させた。


「良いでしょう。あの子にフォールティアを……勇者の剣を授けましょう」

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