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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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72話「苦い記憶は」

そこは、森の奥にあった。

深い渓谷の底で、巨大な滝が激しい水音を鳴らし続けるその場所は、どこか幻想的で、ある種の神秘性を放っていた。


「ここがそうなの?」


滝の麓にある、廃墟にも見えるボロ屋を見て、ナトに尋ねる。


「うん。上手く隠してるけど、あの人の魔力がある」


「確かに、英雄の隠遁先としては、好都合かもしれないわね」


湿った土と落ち葉を踏み締めながら、ボロ屋の前に立つ。

やや傷んだ木で作られた玄関階段を登り、取れ掛けのドアノッカーを鳴らした。


「留守……じゃないよね?」


そう言ってナトを見つめると、彼女は頷いた。


「確かに、居るよ」


彼女がそう言って扉を開く。

傷んだ壁に、少し腐食した床。

古びた家具と割れた食器が並んでいた。中央には安楽椅子が置いてあったものの、人の居た気配が無く、外で流れる滝の音だけが響いていた。

そこは正に廃墟だった。


「アードラクト・イスウィック。貴方の力を借りたい」


ナトは誰も居ない部屋で呟いた。


「「えっ」」


私とセシリアは、思わず声を出した。

誰も居なかった安楽椅子の上に、一人の老人が座っていた。


「何の用だ、半神」


老人は、しゃがれた声で呟く。

声量に反し、力強さと威厳の籠ったその声質は、彼がそうであると感じさせた。


「バルツァーブの封印を手伝って欲しい」


アードラクトは、鼻で笑った。


「意味が無いだろう」


「はぁ……?」


その返答に、反感を真っ先に覚えたのはセシリアだった。


「今この瞬間も、何人が死んでいると思っているの!??どれだけの兵士たちが……身を捨ててると思っているのよ!!あなたそれでも……」


彼女は激昂し、アードラクトに近付こうとする。しかし、それをナトが制した。


「何を……」


「殺されるよ」


彼女は短くそう言い、アードラクトは椅子から立ち上がった。

屋無しの放浪者のような見窄らしい衣服に、痩せ細った身体。

英雄とは思えないその姿にも関わらず、直視できない程の闘気を放ち続けていた。


「エルウェクト様亡きアウレアに、何の価値がある?(しゅ)が死んだのだ、我々も死ねば良い」


気が付くと、彼は剣を握り締めていた。

所作が見えなかった。

彼が現れてから瞬きはしていない筈なのに、次の瞬間にはナトの前に立っていた。


「それでも……と言ったな、続けてみろ」


魔力ではなく、彼の放つ気迫によって、家屋が震えたような感覚を覚えた。

瞳の奥には、燃えるような殺意が宿っていた。


そんな二人の間に、ナトが立った。


「お願い、やめて」


そう言った瞬間、二人との間で何かが弾け、幾重にも重なった金属音が響いた。


いつの間にかナトは、右手に黒い木で出来た杖を握り締めていた。

杖の先が僅かに熱を帯びており、彼の一撃を防いだのだと伺えた。

それを見て、アードラクトは嘲笑し、剣を床に突き刺した。


「バルツァーブの娘がヒトを守るか」


「何ですって……?」


セシリアが真っ先に顔を歪め、怒りの形相を浮かべながら、腰の剣に手を掛けた。


そんな彼女の手を掴み、制した。

彼女は振り返り、私に殺意を向けていた。


声を出さないままに、鞘で腹を突かれた。

脇腹を掠める形でそれを躱し、力任せに彼女の足を払った。

セシリアがその場で倒れ、その直前に剣を取り上げた。


「貴方っ……!!」


彼女を無視し、驚いた様子で振り向いたナトを見つめた。

きっと、彼女にも理由がある筈だ。セシリアを止めないと、後悔する気がした。


「話してよ」


彼女に微笑み掛けると、ナトは苦い表情を浮かべた。


「私はナト・クアリル。バルツァーブの娘、エルウェクトが死んだから、彼女に封印されてたお父さんを助けたの」


彼女は息を吐き、目を瞑った。


「でも……別人みたいになってた。凄く怒ってて、人間を、エルの遺したものを全て消し去るって」


「元はっ、貴方達魔神がこの世界に攻め入ったせいでしょう!?被害者のフリをしないで!!」


セシリアが叫んだ瞬間、ナトは怒りの形相を浮かべ、彼女の腹を思い切り蹴り飛ばした。

セシリアの体が浮き、壁面に勢いよく激突した。


「私達はっ、アウレアの隅で平和に暮らしてた!!家族や友達と皆で!!それをっ……エルが、お前達人間が皆……殺したせいで!!」


危険な気配を感じて一歩踏み出すと、彼女はこちらを見つめ、肩の力を抜いた。


「本当なの?」


「うん……多分お父さんは、お母さんが殺された事を、許せないんだと思う」


「ナトは、お父さんを封印したいの?」


家族はつい最近殺された。

けれど、ナトを恨む気にはなれなかった。

そして、家族との離別を経験して間も無いからこそ、彼女の決断が信じられなかった。


「私が起こしたから、私で決着を付けないと」


ナトの真っ直ぐな眼差しを見て、決意が決まった。

彼女を横切り、剣を引き抜いた。


「アードラクトさん、手合わせ願えますか?」


剣を構え、切先を彼に向けた。

瞬きはまだしていない。目の乾きに抗いながら、彼の一挙一動を見計らっていた。


彼がため息を吐くと、床から剣を抜き、一歩踏み出した。

その瞬間、頭の中の危険信号が警告を発し、考えるよりも先に身体が動いた。

咄嗟に首元を防御すると、強烈な手応えが指先に伝わり、地面に倒れていた。


恐らく、首を狙うと同時に足を払われた。


「何の真似だ」


アードラクトは苛立った様子で、私の首元に切先を向けた。


「力が欲しいんです」


「動機は何だ」


「バルツァーブに、両親を奪われました」


アードラクトは剣を下ろし、踵を返した。


「凡庸だな。一人でやれ、復讐に他者を介入させるな」


「だから、私みたいな人を無くしたいの」


彼は、足を止めた。

大きく溜息を吐き、片手で顔を覆いながら天井を見上げていた。


ゆっくりと身体を起こし、彼を見つめる。

返事を待った。


気怠げな所作でこちらに振り向くと、彼はやや恨めしげな眼差しを向け、私を指差した。


「変わらず、俺に戦う意志は無い。だがお前に剣を教えてやる」


彼が手を叩くと、ボロ屋の景色が歪み始めた。

木とレンガで造られた、温かみのある一軒家へと一変し、リビングの向こうにあるキッチンでは、一人の女性が鍋で何かのスープを煮ていた。


「おお、入れたんだな」


彼女は関心が無さそうに呟くと、裏にあったオーブンからパンが乗った鉄のトレー引き出していた。

素手で。


「多めに作って良かった。食べていくと良い」


青白い髪の女性は、パンとシチューを皿によそい始めた。


「オネスタ、俺が引き受けると分かっていたな」


アードラクトは不機嫌そうに言うと、彼女は苦笑していた。

周囲を見ると、セシリアは居なくなっており、ナトと目が合った。


「食べる?」


頷き、二人の元に歩いた。


「あのっ、お世話になります!」



昼食を食べ終え、アードラクトの家から出ると、再び家がボロ屋へと戻り、振り返ると廃墟があった。


「話は済んだかしら」


古びた階段に、セシリアは座っていた。

その声は掠れており、彼女は俯いていた。


「うん、アードラクトさんに剣を、バルツァーブを倒す術を教えて貰うの」


「そう」


彼女は立ち上がると、彼女は来た道を戻り始めた。


「行くの?」


彼女は気怠げに振り向く。

酷く疲れた面持ちをしており、その裏には、微かな怒りも感じられた。


「ええ、最前線であなたが抜けた穴を埋めて来るわ。一先ずは戦死扱いにしておくから、時が満ちたら合流しなさい」


「ありがとう」


「犬死だとしても、誰かがやらなくちゃならないのよ」


彼女は返事をせずに呟いた。


「力を付けて、絶対戻って来るから」


景色に溶けて行くセシリアに、そう言って背を向けた。

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