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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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71話「苦い記憶は」

ジレーザの国境を越えると同時に、チペワと名乗るウェンディゴの幼体に包囲された。

彼らはその場で超域魔法を起こし、無制限に等しい頻度で増殖しては、私達に襲いかかった。


幸い、ニールの超域魔法によって一掃する事に成功したものの、その間を縫うように、次の刺客が超域魔法を携えてやって来た。

それを打ち倒しても、また次の刺客が現れては撤退し、休みを与えない為か、チペワが次々と転移門から現れ続けた。


陽が二度昇った。


その間、彼は一睡もせず、休憩すら挟まずに超域魔法を扱い続けていた。

その間にずっと私は、庇われていた。


そして今、周囲に無数の樹木を浮遊させながら、空を飛翔していた。

彼のすぐ側に私は浮かされながら、ジレーザを目指していた。


彼の正面には、池から汲み上げたであろう水が傘のように展開されており、殺人的な加速によって生じる突風を受け止める傘の役割を果たしていた。


「ねぇ、ニール君……私も」


二日間の間、極限まで集中を高め続けている彼の顔色は悪く、生気が薄くなっていた。

しかし、それでも魔力が衰えずに戦い続けられるのは、彼が半神である証左でもあった。

それ故に、彼だけに任せ続けているこの状況は心苦しく、絶え(がた)かった。


「邪魔だ」


彼は、少し苛立った声音で呟いた。

今の彼に、取り繕う余裕がない事は分かり切っていた。そして、自分が代わった所で、状況が悪化するだけという事も。

しかし、その返事は辛かった。


一瞬、彼がフォールティアに目配せした。

扱えるようにしろ、という意味だろうか。


「……っ」


胸が締め付けられる思いの中、頭の中で最強の自分をイメージする。

しかし、それをイメージすればする程、目頭が熱くなり、涙が止まらなくなった。


「フォールティアっ……あの、あのお薬出して……じゃないと私っ、何もっ」


『身体の副作用は消せるけど、あなたの心が壊れるから駄目、ニールを信じて』


私の頼みを無視した彼女に、やり場のない怒りを覚えた。


「粘るっスねぇ。もう、俺が呼ばれたじゃないっスか」


フォールティアを罵ろうとした時、私達の真上に一人の青年が現れた。

音速に加速しているであろう私達の真上を浮遊しながら、彼は右腕を振り上げた。


「飛ばすぞ!黙ってろ!!」


声でニールが荒々しく叫び、指示すると、周囲を浮遊していた木々が方向を変え、青年に向けて一斉に放たれる。

しかし、青年は右腕に玉虫色の魔力を纏わせると、それを思い切り振りかぶった。


「味見するっスよ」


次の瞬間、拳から放たれた玉虫色の魔力が木々を押し潰し、そして、こちらに迫った。


次の瞬間、強い衝撃が全身を叩き、視界が揺れた。

そして、意識が遠のいた。


「イネス!!」


ニールの叫びが聞こえる中、視界が上を向き、完全に沈んだ。



「……ネス……イネスっ!!」


聞き慣れた声に呼ばれ、瞼を開く。

体が重い。

関節が痛む。

口の中からは血の味がした。


「ごめん……気絶してた」


そう言って上体を起こし、目の前の人物を見上げた。


「しっかりしてよ、イネス。まだ敵が居るかも」


軽鎧に身を包んだ女性が手を伸ばし、それを取る。

混乱する頭を整理しながら立ち上がる。


そうだ、私は……魔神の討伐に向かっているんだった。


周囲を見渡すと、鬱蒼(うっそう)とした森の中だった。


「状況は……?」


軽鎧を着た女性に尋ねる。

彼女はセシリア。代々軍人を輩出して来た家系の息女にして、当代きっての実力を持つ、ハイヒューマンだった。


「襲撃された時に、私達の馬車が吹き飛ばされたのよ」


彼女が遠方を指差すと地平線の向こうで森が激しく燃え上がっていた。


「あの距離から投げられたの……?」


「ええ、木の巨人にね。あなたは運が良いわ……」


セシリアは近くで崩れた馬車を見下ろし、その下敷きとなったものを見て祈っていた。


「生き残ったのは私だけ?」


「ええ、恐らくはね。一先ず、幸運だったと思っておきましょう」


彼女が立ち上がり、手を叩いた。


「一先ず私が尉官殿の代理を務めるわ。」


「……承知しました」


たった二人きりでこんな事をする意味があるのだろうか?

そう感じるものの、徴集時に教わった敬礼を使って従った。


「形式上よ、そんなに畏まらないで良いわよ。そもそも、あなたは冒険者だったでしょ?」


セシリアは苦笑すると、遠くを見上げ始めた。

それを不思議に思い、私もまた、目の上に手をかざして遠くを見た。


「本隊に合流するの?」


「そうよ……というか、それしか無いでしょう」


彼女は少し呆れた様子でため息を吐き、山の斜面を駆け降り始めた。


「ああ待って」


そう言いながら、彼女の後を追って斜面を駆け降りた。


「走るわよ。もし接敵したら私達だけじゃどうにもならない」


彼女は少し焦った様子で、斜面を駆け降りて、森の中を走る。


「ああもう、どうして初陣でこんな事に」


苛立つ彼女に並走していると、セシリアは足を止め、片手で進路を遮った。


「……早速来た」


彼女がそう呟くと、素早く剣を引き抜いた。

それに合わせて、私も剣を引き抜いた。


すぐ側で生えた木々が蠢き始めた。

樹木が一斉に背を伸ばし、地面を踏み締めた。


「さっきの巨人……だよね」


樹木に擬態していたそれは、ヒトと同じ手足を持ち、全身に無数の木の葉を被った、生きる植物だった。

それは数十にも上る群れであり、絶望的と表現するしかない状況だった。


「……逃げるわよ」


セシリアの右手から青い魔力が生じ、魔力が起ころうとしたその時、巨人達の葉が一斉に枯れた。


「何?」


セシリアが困惑していると、巨人達は糸が切れたように倒れ、巨体を地面に叩きつけ、揺らした。


死んだように動かなくなった巨人の間を一人の女性が歩いていた。

その長いブロンドの髪は、間違いなくアウレア人のものであったが、彼女から漂う独特の存在感が、普通の人間ではない事を暗に示していた。


「あっ」


彼女は短くそう呟き、こちらに気が付いた。


「逃げるわよ!!」


セシリアに手を引かれ、彼女は魔法を発動した。


〈__舞風(テイルウィンド)


足元から強烈な風が生じ、それによって脚が浮いた瞬間、謎の女性は既に目の前にやって来ていた。


彼女に足を掴まれ、その場に引き留められた。

しかし、セシリアの魔法は既に発動しており、彼女は空高く打ち上がってしまった。


「イネス!!」


セシリアは叫ぶも、魔法を制御出来ず、そのまま遥か遠くへと飛び去ってしまった。


彼女に足を掴まれたまま持ち上げられ、逆さ吊りになっていた。

髪が地面に付いた状態で彼女の顔を見つめると、不思議そうにこちらの様子を伺っていた。


「初めまして。私はイネス、あなたは?」


下手な作り笑いを浮かべた。

怖かったが、尋ねない訳には行かなかった。


「ナト」


彼女は薄く微笑むと、手を離した。


「いたっ」


頭から地面に落ち、軽く転がった。

少なくとも、襲って来るような人物ではない。そんな気がした。


「討伐隊の人?」


横になった私を見下ろしながら、矢継ぎ早に尋ねて来た。


「えっと、うん」


「そっか」


彼女は質問に満足したようで、関心が無さそうに踵を返し、その場から去り始めた。


「えっ?ねぇっ!ちょっと待って!!」


「どうしたの?」


彼女は振り向き、不思議そうな顔をしていた。


「貴方は誰なの!?」


その場から立ち上がり、彼女に向かって歩く。


「え……ナトだよ」


彼女は趣旨を理解していなかった。


「そうじゃなくてっ……えー、何をしてる人なの?」


尋ねられたナトは顎に手を当て、空を見上げて考えていた。


「バルツァーブを止めに来てる」


そう答えた彼女は、再び背を向けようとした。

しかし、彼女の両肩を掴んでそれを止めた。


「ならさ、一緒にやろうよ!」


彼女は驚き、ほんの少しの間、目を輝かせていた。しかしすぐに顔から表情が失せた。


「私だけの問題だから」


彼女がそう言って突き放した瞬間、空からセシリアが降って来た。

鋭くその場に着地し、彼女は剣を構えた。


「貴方は何者!?目的は!!」


ふとした時に、ナトがこちらに目配せした。

瞳の奥に、殺気が宿っている気がした。


「やめて、ナト」


「分かった」


彼女は短くそう答えると、軽く手を払った。

何気ない動作に反応できなかったセシリアは、剣を弾き飛ばされてしまう。


「なっ……!?」


飛んだ剣に目を奪われた彼女の喉に、ナトは指先を当てた。


「何処に行くの?」


その場から動けなくなったセシリアはこちらに目配せした。


「信じて良いと……思う」


彼女は恨めしげに顔を歪めた後、ナトに向き直った。


「本隊に合流するつもりよ。場所は言えないわ」


「南に進んだとこ?みんな死んでたよ。ブラックラインで立て直すって」


そう言ってナトはポケットから血の付いた書類を取り出した。


「落ちてた、それじゃあ」


書類をセシリアに握らせると、彼女は踵を返して去り始めた。


「何処に行くの?」


最後に彼女を呼び止めると、ため息を吐いた。


「アードラクト・クレゾイルの所。あの人なら、バルツァーブを倒せるだろうから」


アードラクト。

その名前は知っていた。

アウレア最強の英雄にして、女神エルウェクトの騎士。

しかし彼は、彼女が死んだ時にその後を追ったという話だった。


「……私もついて行かせて」


もしそれが事実ならば、行く価値は大いにあった。

所詮私は一兵卒で、魔神を押し留める肉壁にしかならないと分かっていたからこそ、だ。


「ちょっと!何勝手に決めているの!?あの人は死んだでしょう!!私達は作戦行動中なのよ!」


セシリアは怒り、私の手を引っ張って制止した。


「隊長も、本隊も死んだ。セシリア、私達が今出来る1番のことをやろうよ」


逆に彼女の手を引き、ナトの元に歩いた。


「人間が居た方が聞いてくれるかな……来る?」


彼女はそう言って手の差し伸べた。


「うん、お願いっ!」


そんな手を取り、後に続いた。

ひとくち魔物図鑑

「グリーンマン」

種目:植物族ヒト系

平均体長:21m

生殖方法:有性生殖、胎生

性別:オス、メス有り

食性:肉食

創造者:魔神第六席、バルツァーブ

大量の木の葉を全身に纏った樹の巨人。

普段は樹木に擬態しており、通常通り光合成によって暮らしている。

しかし、周辺に動物が接近すると動き出し、大抵は丸呑みにしてしまう。

そして、体内で破砕した生物の死骸をそのまま排泄し、それを土壌の養分にしてから吸収するという、奇妙で非効率な生態をしている。

数は少ないものの、女性型の遭遇事例も存在しており、男女共に不自然に生殖器が備わっていた事から、人間をモチーフにして創造されたものだと考察されている。

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